第78話 【お知らせ】香月乃亜は本日より猫になります。

「カジさんは、猫派かもしれない……」

「…………」


 ファミレスに呼び出された神楽坂。

 重苦しい雰囲気から、大きな問題に巻き込まれたのではと心配した神楽坂だったが……蓋を開ければコレである。


「どうしよう……カジさんが猫派だったら、アタシもう生きていけない……」

「なんでだよ」


 どうしたらそんな思考になるのか。

 乃亜はほんのり涙声ながら、順序立てて説明していく。


「だってさ……アタシって犬じゃん」

「そなたは人間だよ」

「黙れ小僧!犬っぽいってことだよ!」

 

 その言葉には神楽坂も「あ〜」と納得する。


「ていうか自覚してるんだね」

「だってさ、アタシの行動ってよく考えたらタクトと一緒なんだもん。カジさん見つけたら突っ込んでいくし、構ってほしい時はウザ絡みするし、嗅ぐし」

「あぁ、完全に犬だね」


 ただ、それが最初の話と繋がるかどうかでいうと、微妙なところだ。


「仮に梶野さんが猫派でも関係ないでしょ。異性の好みと動物の好みは違うって」

「嘘だ!猫派の男性は猫っぽい女子が好きって、ネットに書いてあったし!」

「ネットの情報を鵜呑みにすんなよ」


 何事も素直に信じてしまう。

 そんなところも乃亜の犬っぽさを形成していた。


「そもそも、梶野さん=猫派ってのはどんな根拠があっての話なの」

「実は昨日……ちゃん乃亜エロ本探索隊の活動中に、こんなもの見つけて……」

「それまだやってたのか」


 乃亜が見せたスマホ画面には、1冊の画集が写っていた。表紙には星が煌めく宇宙をバッグに、惑星に佇む少女のイラストが描かれている。


 それを見た瞬間、神楽坂は意外な反応を見せた。


「え!これみんちょす先生の画集じゃん!」

「え、知ってるの?」

「イラストレーターさんだよ!へー、梶野さん持ってたんだ!今度貸してもらお!」

「いやこれが誰の本かなんて、どうでも良いんだよ!」


 乃亜は無理やり話を戻す。


「この子、見て!」


 乃亜が指差した表紙の少女。

 猫耳だった。


「ね!ね!分かったでしょ!?」

「……つまり、猫耳の女の子が表紙の画集を持ってるから、梶野さんは猫派だと?」

「そう!そうに決まってる!」


 乃亜は「カジさんは猫派なんだ〜〜〜びえええええん!」と号泣。

 対する神楽坂の顔は、冷ややかだ。


「なんかもう……うん、そうだね」

「おいなんだその投げやりな対応は!もっと寄り添ってよアタシに!」

「絶対早とちりだもん。梶野さんが眠ちょす先生のファンで、画集の表紙がたまたま猫耳だったってだけでしょ」

「分かんないですけど!?本屋でこの表紙見て『ウヒョ〜猫耳じゃ〜』って思って買ったかもしれないじゃん!」

「なんでそう、全部悪い方に捉えるの」

 

 マインドを分かってくれない神楽坂に乃亜はイライラ。

 ついには、不思議な結論に行き着く。


「――そうだ。別に、猫派でも良いわ」

「え?」


 乃亜の瞳は、怖いほど純粋に輝く。


「アタシが、猫になれば良いんだ……」

「…………」


 こりゃまた変なことになってきたゾ〜。

 神楽坂はそう思いながら、静かに紅茶を啜った。


   ◇◆◇◆


「ただいまー」


 いつものように帰宅した梶野。

 しかし、いつもとは少し異なる状況に首をかしげる。


「あれ、乃亜ちゃんいたの」

「……おかえりっす」

「返事がないから、いないのかと」


 普段なら「おかえんなさ〜い♪」と出迎える乃亜だが、リビングですんっと背筋を伸ばして座っている。

 声も、妙に落ち着いていた。


「外、地面が濡れてたけど散歩中は大丈夫だった?」

「大丈夫っす。それよりお腹が空いたなぁアタシ」

「そうだね。じゃあお弁当温めて……」

「その前に、タクトの耳ハムハムしてもいいですか?」

「え?う、うん、良いけど……」

「やっぱ良いです。ご飯食べたいです」

「???」


 梶野が困惑するのも無理はない。

 何故なら乃亜は今、猫なのだから。


 梶野猫派疑惑を受け、猫になることを決意した乃亜。真っ先に始めたのは猫っぽい女子の特徴の調査だった。

 そうして今、またしてもネットの情報を参考にし、乃亜猫化計画を実行していた。


【猫っぽい女子の特徴①】

 マイペース


「そういえばさっき電車の中で、赤ちゃんが……」

「カジさん、このシシトウ食べます?」

「あ、うん、もらおうかな」

「今日も暑かったですね」

「え、うん」


 乃亜なりにマイペースになろうと、ひいては猫になろうと、必死なのだ。


「シシトウってたまに超辛いのありますよね。はむっ」

「え、食べるの?くれるんじゃないの?」

「すみません、やっぱりタクトの耳ハムハムしてもいいですか?」

「いや食事中はやめた方が……」

「宇宙っていつ終わるんでしょうね」

「?????」


 ただ、マイペースな人間の気持ちが分からないせいで、再現しようとしてもただの変な人になってしまうことに、乃亜は気づいていなかった。


 さらに、問題がもうひとつ。

 現在、乃亜の心の中はというと……。


『あーーーーカジさんにおかえりなさいって言いたかったーーーー!カジさんの話聞きたいーーーーー!カジさんの近くに行きたいーーーーー嗅ぎたいーーーーー!カジさんカジさんカジさーーん!わふわふわふーーー!!』


 犬マインドが、だいぶ限界だった。

 果たして乃亜は、猫になれるのだろうか。



 つづく


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【お知らせ】

『パパ活JKの弱みを握ったので、犬の散歩をお願いしてみた。』

5月18日、ガガガ文庫さまより発売決定です!


イラスト担当は、れい亜先生です!

持崎湯葉のTwitterにて乃亜のキャラデザを先行公開しましたので、ぜひ見に来てください!


今後とも『パパ活JK〜』をよろしくお願いします!

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