第80話 梶野了にゃんこナデナデ裁判

 カンカンッ。

 法廷(リビング)に、木槌の音が鳴り響く。


「これより、梶野了にゃんこナデナデ裁判を開廷します」

「…………」


 正座させられている梶野は、当たり前のように何も聞かされていない。

 梶野は裁判長(姪)へ告げる。


「あの、えみりさん。僕まだ仕事があるんで……」

「静粛に!」

「リビングは好きに使っていいから、2人でやってもらえると……」

「被告人は静粛に!」

「あ、やっぱり被告人なんだ僕……」

 

 そんな被告人の態度に、検察官(ギャル)は感情的に叫ぶ。


「被告人!なんだその腑抜けたマインドは!罪を犯した自覚はあるのか!」

「乃亜ちゃんは最近、ずっと変なキャラ入ってるね」


 ワンッ!


「傍聴人も静粛に!」

「あ、タクトは傍聴人なんだ。そこ傍聴席だったんだ」


 傍聴席(ソファ)に座る傍聴人(犬)は、被告人をじっと見つめていた。

 法廷が落ち着きを取り戻したところで、裁判長がひとつ咳払い。


「ではまず、人定質問をしていきます」

「本格的だな……」


 1枚の紙を手に、裁判長は述べる。


「主文、被告人を死刑に……」

「えっ……」

「あ、間違えた。これ最後に読むヤツだった」

「嘘でしょ!?」


 思わぬ事態に梶野は動揺を隠せない。


「ちょっと待って死刑のネタバレ食らったんだけど!?」

「静粛に!」

「ていうか裁判始まった時すでに判決出てるの色々ヤバいでしょ!八百長でしょ!」

「ツッコミは静粛に!」

「そもそも僕がいつ死刑になるような犯罪を犯したというんだ!僕は何もやってない!無実だ!」

「カジさんもノリノリやないか」


 梶野のエンジンもかかってきたところで、改めて検察官が起訴状を読み上げる。


「被告人、カジさ……梶野了はタクトという国宝級の可愛さを誇るワンコを飼っていながら、自宅マンションの前でにゃんこをナデナデするという悪行を働いた」

「えぇ……その程度のことで……」

「よって死刑を求刑します」

「いや早いっ!求刑までが早いっ!」

「主文、被告人を死刑に処する」

「判決も早いっっ!忙しい人のための裁判みたいになってる!」


 なんとか死刑は免れたいと、被告人は論述する。


「そもそも、犬飼ってるからって猫を撫でちゃいけないなんて法律はないでしょ!」

「そうだね、普通の犬ならね」

「ど、どういうこと?」

「ほら見てカジさん、タクトを。国宝級に可愛いでしょ?」


 つぶらな瞳で梶野を見つめるタクト。

「お腹すいたんですけど……」と訴えかける視線に、梶野は胸を打たれる。


「あ、どうしよう、超可愛い」

「そんなタクトの前で、猫を撫でたら?」

「死刑かもしれない……」


 閉廷。


「はい、じゃあ電気イス用意してー」

「えっ、米国式なの!?」

「ツッコミどころ、そこなんすね」


 どうしても死刑はイヤらしい。

 梶野は理路整然と、意見を述べる。


「じゃあ聞きますけど裁判長、検察官。あなた方が散歩中、目の前で猫が無防備に寝転んでいても、撫でないというんですか?」

「うっ……」

「裁判長いま揺れましたね!?ていうか裁判長、あなたこの前猫カフェ行ったって、写真見せてきましたよね!?」

「や、やめて了くん!タクトの前でそれを言わないで!」


 えみりを見つめるタクトは「あの、だからお腹すいたんですけど……」とジト目をしていた。


 そもそも動物全般が大好きな裁判長(小6)は、被告人の追及にタジタジである。

 しかし、検察官は違った。


「いや撫でませんねぇ!猫なんて見つけたらゴリラみたいな声で威嚇しますねぇ!」

「ゴリラの声ってどんなの?」

「乃亜ちゃん、自分のことワンコ系女子って言ってなかった?」


 乃亜が猫を毛嫌いする理由は明白。

 いまだに梶野猫派疑惑が胸に渦巻いているからだ。


「(カジさんが猫派=猫っぽい女子が好き=犬っぽい私は眼中オブザデッド……そんなことあってはならない!!!)」


 猫の可愛さを認めることは乃亜にとって、自身の恋路を自ら閉ざすことに他ならないのである。


「てか、断然犬派の私でも、猫を見たら普通に可愛いって思っちゃうよ」

「だね。僕も犬派だけど、関係なく……」

「ファッ!?」


 さらっと重要事項が飛び出し、変な声が出た乃亜である。


「カ、カ、カジさん今なんて……?」

「え、犬派?」

「カジさん、犬派なんですか?」

「そりゃそうでしょ」

「きゃ〜〜〜〜〜!!!」


 歓喜の瞬間である。

 乃亜の頭の中で「勝訴!!!」と書かれた紙を持った小さなおじさんが駆け回る。



「信じてましたよカジさ〜〜〜ん!!!」

「うわっ、この前もあったヤツだ!」


 飛びかかろうとする乃亜だが、不意にその足が、テレビのリモコンを踏む。それにより、突如電源がついた。

 流れるように3人の視線がテレビへ。

 その時、画面に映っていたのは……。


『可愛い猫ちゃん動画100選!まずはご飯をおねだりするミーちゃん3歳!ほら、よく聞くとゴハンって言ってますよ〜〜可愛いですね〜〜〜!』


「「「…………」」」


 見惚れる、とはまさにこのこと。

 乃亜とえみりと梶野はその時『ゴハン……』と鳴く猫のミーちゃん3歳を前に、言葉を失うほどメロメロになっていた。


 しかし、刹那――。


「……ハッ!」


 梶野が視線に気づく。

 タクトが、猫に夢中の3人をじっと見つめていた。


「いや、あの、タクトさん……」

「これは違うんです、タクトさん……」

「タクト……おまえが一番だーー!!」


 そう叫びながら、まるで何かを誤魔化すようにタクトに抱きつく乃亜。えみりと梶野も続いてタクトに寄り添う。


「タクトー!僕らのタクトさーーん!」

「私にはもうタクトしか見えねーー!」

「愛してるぞタクトーーーーー!」


 3人に抱きつかれたタクトはというと「何でもいいのでご飯をくれませんか?」と、うんざりした表情を浮かべるのであった。



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『パパ活JKの弱みを握ったので、犬の散歩をお願いしてみた。』

5月18日、ガガガ文庫さまより発売。


持崎湯葉Twitterにて乃亜のキャラデザを先行公開しましたので、ぜひ見に来てください!

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