第27話 「ちょっとだけ、アタシに勇気をください」
登校。
誰とも話すこともなく自分の席へ。
これが乃亜の日常だった。
ほとんどの生徒は乃亜に目も向けない。
最近では男子から声をかけられることもなくなった。
一部のギャルたちからは見世物のようにあざけ笑われている。
すべて乃亜の不躾な言動に起因している。
全方向へ悪態をつき続けてきた結果だ。
クラスメイトたちも「彼女はひとりを望んでいるのだろう」と認識していた。
だからこそ朝のHR前、乃亜がとった行動には誰もが驚いた。
「神楽坂」
「え、あっ……」
1人で佇み、遠巻きにあらゆる視線を受けていた神楽坂に、話しかける乃亜。
「昨日は、いろいろごめん」
神楽坂は乃亜が目の前に現れたことにも、謝罪されたことにも驚愕していた。
それでも慌てて応える。
「あ、いや、こちらこそ……」
「そっちが謝ることなくね?」
「いや、ビッチとか言っちゃったから……」
「あ、そうだ。ふざけんな誰がビッチだし」
「だから今謝ったでしょ……」
周囲の奇異な目に乃亜は平然。
神楽坂はオドオドしつつも、会話をやめるつもりはないようだ。
「タクトくん、初対面なのにすごい遊んでくれたよ」
「タクトは誰にでもそうだよ。ヤツは人類皆友達マインドだよ」
「それは良い子だね。キャバリアだよね?」
「そうなんじゃない?拾ったらしいから詳しくは分からないけど」
「そうなんだ。梶野さんって良い人だね」
「キサマに何が分かる、神楽坂」
「昨日も香月さんが心配で、私に話しかけてきたみたいだし。大事にされてるね」
「分かってるじゃん、神楽坂」
ごく自然なやり取りを続ける2人。
それはまるで本当の友達のような雰囲気だった。
しかし不意に、暗雲が立ち込める。
「今、私に話しかけてるのも、梶野さんから言われたからなんでしょ?」
神楽坂は冗談のつもりだった。
だが乃亜は思いの外、動揺してしまった。
「えっ……いや、そんなわけっ……」
この反応に、神楽坂は表情を凍らせる。
乃亜は慌ててフォローする。
「いや違うからっ、ほんと……」
「あ、あはは……そう、だよね……」
だが結果として、ぎこちない空気が2人を包んでいた。
神楽坂はどこか悲しそうな顔だった。
そこへ、2人の間に割って入ったのは、神楽坂の『親衛隊』的な女子たちだ。
「神楽坂さんっ、数学の宿題やった?」
神楽坂が絡まれていると思ったのか、強引に乃亜を押しのける彼女たち。
「あ、えっと、いや……」
突然の展開に神楽坂は狼狽していた。
乃亜をフォローすることも、彼女たちの相手をすることもない、曖昧な態度。
それが乃亜にはむしろ、一層不快だった。
「…………」
「あっ、香月さん……」
乃亜は無言で離れていった。
◇◆◇◆
時間は過ぎ、昼休み。
授業が終わった途端、乃亜はスマホだけ持って教室を出た。
中庭のベンチにて、すぐさま電話する。
「もしもし、どうしたの乃亜ちゃん」
昨日話したのに、やけに久々に感じた梶野の声。乃亜の肩からふっと力が抜ける。
「カジさん……いま昼休みですか?」
「うん、そうだけど」
「すみません、ちょっと話したくて……」
「そっか。良いよ」
迷わず了承してくれた。
それだけで、乃亜は瞳を潤ませた。
「アタシ……無理かもしれません」
「なにが?」
「友達の作り方、忘れちゃったかも……」
梶野は、その言葉の意味を深く聞かない。
あるいは察したのかもしれない。
「器用に振る舞えないし、オドオドされるとかムカつくことがあったらすぐ態度に出ちゃって……ダメなんだアタシ。同い年の友達なんて、もう絶対できないかも……」
「そんなことないよ」
食い気味に、梶野は否定する。
「僕もどちらかといえば、乃亜ちゃんにムカつかれるタイプだと思うんだ」
「……どういうことですか?」
「ウジウジ考えてハッキリしない人間だってこと。だからこそ『その態度がイラつく』とかズバッと言ってくれる友達がいて、助けられたって自覚あるよ」
「……そうなんですか?」
「そうだよ。だから乃亜ちゃんも、思ってることをハッキリ言いなよ。器用にやろうとしてウソをつくより、そっちの方がよっぽど信頼されるはずだよ」
そうだった。
乃亜は改めて思う。
自分のこと、梶野のこと。
アタシはありのままでいいんだ。
自分らしくいられる場所がほしくて、もがいて、そうしてたどり着いたのが、あの温かい梶野家だった。
カジさんはありのままのアタシを、受け入れてくれたのだ。
「……カジさん、もうひとつお願い」
「なに?」
「ちょっとだけ、アタシに勇気をください」
「いいよ。好きなだけ持ってきな」
電話の向こうで何をしているのかは分からないが、梶野の「むーーっ」という声が聞こえる。乃亜は思わず笑ってしまった。
「それじゃアタシは、アタシが思うようにやるね」
「うん、がんばって」
「でも、アタシけっこう過激派だからさ、うまくいかなかったらヤバいことになるけど、そうなったらカジさんの責任てことで」
「えっ」
一方的に電話を切る乃亜。
ひとつ深呼吸し、教室に戻っていく。
するとそこは、なんとびっくり修羅場と化していた。
「神楽坂さんが何したっていうのよ!?」
「その態度が気に入らないんだよ!ちょっと目立つ顔立ちだからって!」
神楽坂を慕う女子の一団と、神楽坂を嫌うギャルの一団。
これまではジリジリとした冷戦状態だったが、その鬱憤が溜まりに溜まってか、今まさに目に見えて対立していた。
「(これまた見事にガキのケンカだ……)」
ゲンナリする乃亜。
正直、巻き込まれたくない。今まで通り傍観して見下している方が楽だ。
ただ、ひとつ気づいてしまった。
神楽坂の状況は、中学の頃の自分に近い。
自分をめぐりクラスが対立。
その結果乃亜は、友達というものに興味がなくなった。
ならば、今の乃亜がすべきことは何か?
あの時、自分に必要だった存在は?
「痛っ、なに!?」
「ちょっとなんなのっ?」
乃亜に無理やり押しのけられ、対立する女子らが怒りの声を上げる。
それらを無視し、乃亜は当事者である神楽坂の前に立った。
「え、香月さん……?」
涙目でオドオドする神楽坂。
そんな彼女へ、乃亜がとった行動は―—。
ぺしっ。
高いところにある頭を、はたいた。
つづく
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