第28話 ぼっちが2人。たい焼きは別腹。
ぺしっ。
教室の中心で、乃亜は神楽坂の頭をはたく。
静まり返る教室。
呆然とする神楽坂。
真っ先に声を上げたのは、神楽坂を慕う女子たちだ。
「ちょっと何してるの!?急に出てきて!」
「神楽坂さんに謝ってよ!」
「あーあーうるさいなピーチクパーチク。このぼっちがムカつくからシバいただけだし」
オブラートに包む気もないド直球の回答。
神楽坂は「うっ……」とショックを受け、女子たちは余計に怒りを増幅させる。
「最低!何なのあんたホント!」
「神楽坂さんのどこがぼっちなのよ!友達なら私たちがいるじゃない!」
「アンタらのどこが友達だよ」
乃亜は必死な彼女らへ、面倒臭そうな目を向ける。
「アンタらはアレだろ。自分の推しアイドルが少しちょっかい出されただけで、敵のアカウントを炎上させて守った気になってる痛いファンみたいなもんだろ」
「いや長っ……てかそんなことないし!」
猛烈な反論を受けても乃亜は平然とする。
「そんで痛いファンのせいでアイドルのパブリックイメージまで悪くなって、また別のところから反感を買うんだよ。そこにいる定期的にまつげを購入してる方々とかからね」
「はあぁ!?何言ってんだし!」
「アンタだってつけま付けてんだろうが!」
「残念ほぼナチュラルで〜〜す」
今度は神楽坂を嫌うギャルらまで煽る乃亜。
無論彼女らも憤りを隠さず喚く。
「まぁどうでもいいんだアンタらは。好きにやってよ。ただそっちでビビってる男子たちのためにも、早めに終わらせなよ」
女の戦いを前に恐れをなし、教室の端で縮こまっている男子たち。
めざとく見つけた乃亜の言葉にビクッと震えるのだった。
「用があるのはアンタだって言ってんじゃん、神楽坂」
再び神楽坂の前で仁王立ちする乃亜。
神楽坂は精悍な顔立ちにそぐわない、怯えた表情だ。
「神楽坂。自分を中心にこんだけ揉め事が起きてるのに、まだ知らん顔してんの?」
「え……し、知らん顔なんて……」
「言いたいことあるならハッキリ言いなよ。こいつらには、余計なことするなとか。こっちには、うるせぇアホギャルとか」
「そ、そんなこと……」
「昨日アタシにはあんなにキレてたじゃん」
「え……」
「初絡みのアタシにはビッチとか言えるクセに、こいつらには何も言えないの?」
目を伏せていた神楽坂が、顔を上げる。
今の乃亜には昨日のような猛烈な怒りはない。先ほど他の女子に向けていた小馬鹿にするような表情でもない。
どこまでも真摯でまっすぐな瞳で、神楽坂を見つめている。
すると、神楽坂も――。
「……だって」
呼応するように、震える声で答えた。
「そんなことしたら……嫌われるから」
「……ん?」
乃亜は数秒間、考え込む。
「……いや、嫌われてるじゃん、あの辺に」
乃亜はギャルたちを雑に指差す。
神楽坂は「うぅ」と呻きながらも、珍しく大声で反論した。
「嫌われないように振る舞った結果、嫌われただけだから!」
魂の叫びだった。
教室全体から「お、おう……」という声が聞こえてくるようだ。
「私はただでさえデカくて目立つから、昔も男子から反感を買って……だからできるだけ目立たないように生きてきたの!」
「いや現在進行形で目立ってるじゃん。めっちゃ騒動の渦中にいるじゃん」
「目立たないように振る舞った結果、目立っちゃってるだけだから!」
「なんだこいつ!ただのアホじゃねえか!」
「アホじゃないもん!」
スマートで華麗な容姿と相反する、物柔らかで気弱な内面。
そのギャップが神楽坂を苦しめた結果、自己主張の乏しい性格を形成したのだ。
今まで誰にも言えなかった、情けなくも人間味あふれる心の内。
それを聞き、神楽坂を王子様と慕ってきた女子たちはポカンとしていた。
対して神楽坂を嫌っていたギャルは、我が意を得たりといった口調で言い放つ。
「やっぱ私らが言った通り、しょーもない人間だったじゃん、神楽坂。悔しいねぇ、香月なんかに暴かれてさ!」
ただしその神楽坂は現在、それどころではなかった。
「そんなにアホのくせにっ、カジさんに気に入られてんじゃないよマインドぼっち!」
「香月さんと違って梶野さんは良い人だからっ、私の気持ちも分かるんだよ!」
「昨日1回話しただけじゃん!デ○ゴス○ィーニ『カジさんと仲良くなろう』創刊号を買ったくらいでカジさんを理解したと思うなし!」
「そんなの買ってないけど!?そっちこそ分かった気になってるだけでしょ!」
「はぁ〜?そんな訳ないんですけど〜〜?定期購読中なんですけど〜〜〜??」
乃亜とサシでやり合うのに夢中で、神楽坂は周りに気を取られずにいた。
神楽坂も、実は乃亜に相当イラついていたらしい。
強烈な悪口を言ったつもりのギャルたちは、完全に蚊帳の外。
呆然としていたが、すぐに憤慨する。
「ちょっと聞きなさいよ!」
「カジさんって誰なんだよ!」
こう言ってギャル2人がそれぞれ神楽坂と乃亜に突っかかった。
しかし両者ともすぐに追いやられる。
「ごめん、今忙しいからさ、後でもいい?」
1人は、高身長の神楽坂による見下ろすような目線、しかもキレ長の鋭い目つきで睨まれた結果「わ、分かったけど!」と言ってさっさと引き下がった。
「うっせ、オラァ!」
「ギャアッ!」
もう1人は、乃亜に普通に頭突きされていた。
クラスが異様な雰囲気に包まれる中、乃亜と神楽坂は2人だけの世界を展開する。
「しかもタクトまで手なづけて……これ以上お友達増やしたら、あいつカジさんのこと忘れちゃうでしょうが!」
「タクトくんがそんなアホな訳ないでしょ!飼い主を忘れるなんて!」
「カジさんは最近忙しいから、散歩どころか家でも遊べていないんだよ!この前ついにタクト、帰宅したカジさんを迎えにも行かなかったんだぞ!ごはんに夢中で!」
「それは梶野さんが悪いでしょ!」
「なんだと!カジさんの悪口を言うなー!」
ついには取っ組み合いにまで発展。
そこでタイミング悪く、教師が廊下を通りかかる。
「おい!おまえら何してんだ!」
そうして乃亜と神楽坂はいがみ合ったまま、生活指導室へ連れて行かれた。
神楽坂派と反神楽坂派の対立など遠い昔の話。
教室に残された女子たちは、唖然としたまま2人の背中を見送るのだった。
昼休み終了直前。
お叱りを受け、トボトボと教室へ戻る2人。
「……私、生活指導室なんて初めて入った」
「生活指導処女、卒業おめでとう」
「嬉しくない……」
もはや乃亜の声には力がない。
ボソボソと恨み節が口から湧いて出る。
「お腹すいた……アンタのせいでお昼食べ損ねたんですけど」
「なんで私のせいっ……あぁもう、無駄にエネルギー使うのやめよう」
再び沈黙が流れる。
不意に、神楽坂があちこち視線を泳がせたのち、緊張した声で尋ねた。
「……放課後、ファミレスとか行く?」
「……んぁ」
受け入れたのかどうなのか。
乃亜は要領を得ない返事をした。
◇◆◇◆
今日もまた、梶野はタクトを連れて土手を歩く。
「タクト、おまえの飼い主は俺だぞ。おまえの苗字は梶野だぞ。忘れてくれるなよ」
語りかける梶野にタクトは「たかだか2日、散歩してるくらいでねぇ?」と挑発的な顔をしていた。
ふと、正面から見覚えある2人がやってくる。
カップルほどの身長差がある女子高生2人。
タヌキ顔のギャルと、キツネ顔の王子。
じゃれ合っているようにも見えるし、いがみ合っているようにも見える。
おかしな雰囲気の2人は、共にたい焼きを食べているようだ。
2人が梶野とタクトに気づくまで、時間はかからなかった。
ギャルは真っ先に、満面の笑みで、駆け寄ってくるのだった。
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