第26話 乃亜のJC時代&オンライン女子会

 神楽坂との衝撃の邂逅を経て、梶野家に戻ってきた2人と1匹。

 乃亜はいまだプリプリしていた。


「乃亜ちゃん、ダメじゃん。クラスメイトのあんなことしちゃ」

「むーんっ」

「あんな良い子を怒らせて……聞いてる?」

「むーんむーんっ」

 

 そのままふわふわと飛んでいきそうなほど、頰を膨らませている。


「そんなに謹慎したいのか君は」

「ええぇっひどいよ〜!がんばって赤点回避したのに〜!」

「それとこれとは別です」


 乃亜は怒りに身を任せジタバタ。

 それを見て興奮したタクトのボディプレスを顔面に喰らい「ふぐぅ」と唸っていた。


「神楽坂さん、なんかクラスで困ってるみたいじゃん。助けてあげれば?」

「知らないよー。なんでアタシが子供のケンカに混ざらなきゃいけないんすか」

「子供って……」

「子供だよ。くだらないことで争って、恥ずかしく無いのかって思う」


 あくまで俯瞰的にクラスを見続ける乃亜。

 それはそれでひとつの個性だが、何故そこまで彼女らを見下すのか。


「乃亜ちゃんはなんで友達を作ろうとしないの?過去に何かあったの?」

 

 図星のようで、乃亜は口を歪めた。

 梶野はじっと答えを待つ。


「……つまらない話ですよ」


 少しの沈黙の後、語り始めた。


「中学の終わり頃、何故か急に女子グループから嫌われましてね。どうやらリーダー格の女が片思いしてる男子が、アタシに好意を持っていたらしいんです」


 それだけなら、悲しきかな良くある人間関係のこじれ方である。

 だが、事態はそこから更に最悪の方向へ発展していく。


「そしたらその男子のグループが、アタシにちょっかいかけてた女子グループへ文句を言うようになったんです。アタシを助けようとしたつもりでしょうけど、マジで鬼大きなお世話ですよね」


 女性同士の諍いに男性が介入すればロクなことにならない。

 だが中学の時分でそこまで頭が回る男子はいないだろう。


 その結果、地獄絵図だ。

 怒鳴る男子たちに泣く女子たち。


「そんで最終的には、クラスの空気を悪くしたのはアタシ、全部アタシが悪いみたいになって。そのまま卒業ってわけです」


 きっとその時も今と同様の家庭環境で、母親を頼ることもできなかったのだろう。

 そこで初めて乃亜は孤独を経験したのだ。


 麦茶を一気飲みすると、最後に乃亜は吐き捨てた。


「だから、子供は嫌いなんですよ」

「……そっか」


 黙って最後まで聞き続けた梶野。

 乃亜のそばによると、無言で、柔らかな微笑みを湛えて、彼女の頭を撫でる。


「……子供扱いしないでください」

「子供扱いじゃ無いよ。大人でも、こうされたい時ってあるから」

「……子供ですね、大人も」


 乃亜は梶野の手を捕まえる。

 梶野の手のひらで自身の目を隠すように、顔に近づけた。


「……日菜子さんの香水くさい」


 不満そうに、そう呟いた。


 ◇◆◇◆


「カジさんにナデナデしてもらっちゃった」

「「…………」」


 梶野家から帰宅後、乃亜の部屋にて。

 乃亜の第一声に、スマホ画面に映るえみりと日菜子は辟易した表情である。


「……まさかそれ言うために呼んだ?」

「社会人のアフター6を何だと思ってるの?」


 2人の不平不満を耳にしても、乃亜はニンマリし続けていた。


 乃亜から突然ビデオ通話しようと呼びかけられたえみりと日菜子。

 今では断れば良かったと後悔していた。


「頭ナデナデくらいも、ていうか今でもよくされるし」

「まぁ〜えみり先生はね〜」

「私も梶野さんにナデナデされたことあるよ。頭じゃないけど」

「ウソ!頭以外のどこをナデナデされたって言うんですか日菜子さん!?」

「教えな〜い」


 同僚ら数名での宅飲みにて、悪酔いした際にトイレで背中をさすってもらっただけ、とは口が裂けても言えない日菜子であった。


 ただ乃亜が2人に連絡したのは、当たり前だが自慢のためだけではない。


 土手での梶野と神楽坂の密会について、意見を仰ぐためだ。


「キョーコちゃんはカッコいい系だったけど、背はそこまで高くなかったよ?」

「あ、そうなんだ。日菜子さんはキョーコさんのこと知らないんですか?」

「知らないなぁ。少なくともウチの会社にキョーコって名前の人はいないよ」


 えみりだけが知っているキョーコさん。

 その謎の存在にやけに執着する乃亜だが、えみりと日菜子は異論を唱える。


「了くんって外見で付き合う人選ぶタイプじゃないと思うよ。ほら、私も別にじゃん?」

「うーん……」


 今日もえみりは元カノ感フルスロットルである。


「前に飲み会で言ってた好きな女性芸能人も、別にカッコいい系じゃなかったよ」

「そうなのっ?誰なの日菜子さん!?」

「女優の金子穂高だって」

「へーそうなんだ!」


 タヌキ顔を代表する女優の名前が出て、途端に上機嫌の乃亜である。


「でも顔が好きとかじゃなくて、映画での演技が良かったからって言ってたけど」

「…………」


 後半は聞かなかったことにした乃亜である。


「まぁ少なくとも、了くんが神楽坂さんって人とお話した目的は、別にあるよ」


 えみりはやけに確信めいた口調で告げる。


「たぶんだけど、乃亜ちゃんとその人が仲良くなればって思ってのことでしょ」

「えー、うーん……」

「了くん、乃亜ちゃんが学校に友達がいないこと、気にしてるみたいだし」

「……むぅ」


 えみりの予想には日菜子も「あぁ、それだ」と合点がいった様子。

 ただ乃亜は複雑な表情だ。


「でも乃亜ちゃん、別にその子と無理やり仲良くしようとは思わなくて良いと思うよ?相性ってあるし。梶野さんもそれくらい分かってるだろうから」


 この日菜子の助言も理解できる。

 あれだけ悪態をついた以上、明日から神楽坂と突然仲良くできる気はしない。


「(でも、それでも……カジさんがそれを望むのなら……)」


 梶野の期待に応えたい。

 それが乃亜の生活において大きな軸になっていることは、とっくに自覚していた。

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