第20話 えみりちゃん(小6)は元カノ
平日の夕方。
勉強がひと段落したところで、えみりが乃亜に尋ねた。
「乃亜ちゃんは了くんのどこが好きなの?」
唐突な恋バナスタートに、乃亜はもじもじする。
「え〜そんな急にさぁ〜」
「いいじゃん教えてよ。ウチのお父さん厳しくてさ、漫画とか映画とか、恋愛モノは一切見ちゃいけないんだ。だからせめて生の声を聞かせてよ」
そこまで言われると断りにくい。
わざとらしく身悶えしながら、乃亜は答えていく。
「好きなところねぇ。うーん例えば〜」
「うんうん」
「服のセンスは良いのに靴下だけダサいところとか〜」
「好きなところだよね?」
「土下座が意外とキレイなところとか〜」
「なんで了くんの土下座見たことあるの?」
なははー、と笑う乃亜。
つい照れ臭くて、妙な答えばかりが口から出る。
「もー冗談ばっかり言ってー」
「アタシはバカだから、うまく言葉にできないんだよねぇ」
その後ものらりくらりとかわす乃亜。
えみりは「むー!」と頬を膨らませる。
「じゃあ、告白しようとか思わないの?」
この質問に、乃亜は苦笑を浮かべる。
「告白なんてできないよ。だって今の関係でもギリギリでしょ?世間様から見たら」
「うーん、まぁ」
乃亜の声色から、どこか大人な雰囲気が漂い始める。
「カジさんはそこ気にしてるからさ、いま告白したらたぶんフラれる。そしたら恋人どころか今の幸せまでなくなっちゃうじゃん?だから今は、我慢の子なの」
「……そっか」
「でもだからこそ、いずれ告白する時のために今めちゃくちゃ誘惑してるの。カジさんに悪い虫が付いたら、全力で潰すしね」
冗談めかしてるが、目は本気だった。
えみりは思わず吹き出す。
「こわーい。乃亜ちゃん意外と打算的だね」
「うふふふふ」
するとえみりは頬杖をつきながら、何やら遠い目で呟いた。
「良かったー。乃亜ちゃんともっと早く出会っていたら私、潰されてたかも」
「そうね、ちゃん乃亜プレスで潰して……」
ん〜?
聞き間違いかな〜?
「でも分かるよ。了くんって私の時も変に気を遣ってたもん」
んん〜〜??
今のどういう意味だ〜〜??
「……えみり先生、それどういうこと?」
「うんとね、なんて言うか……私って了くんの元カノみたいなもんだからさ」
んんん〜〜〜〜〜〜?????
耳がハジけ飛ぶほどの爆弾発言である。
乃亜は頭から次々とハテナマークを生やす。
えみり先生がカジさんの元カノ?
歳の差以前に、姪と叔父だよね?
ゴリゴリに血繋がってるよね?
いや逮捕でしょ、カジさん。
秒速でアルカトラズ行きでしょ。
ならカジさんの恋人は、親戚のJSからお隣のJK(予定)にジャンプアップって訳だ。
目覚しい成長だね。伸び盛りだね倫理観。
「(……いや、これもしかして、えみり先生なりのボケなのか?そうだわ、きっと。さっきのアタシの冗談に対する仕返しだ)」
自分なりの解釈に行き着き乃亜は一安心。
そうして、ふわっとツッコんでみる。
「なんでやね〜ん」
「え、何が?」
ヤバい、マジだこれ。
すげぇ真顔で聞き返された。怖っ。ボケかと思ったらマジだった時の顔、怖っ。
乃亜はあくまで平静を保ちながら、尋ねる。
「元カノって、えみり先生の、荒巻ジャケ、何がなの?」
「そっちが何がなの?」
動揺が限界突破し、乃亜は自分が何を言ってるのか分からなくなっていた。
えみりは何となく察したのか、説明する。
「去年ね、了くんはキョーコちゃんと別れて数日後にタクトを拾ったらしくて、その時私にこう言ったんだ。『タクトを見に来れば?』って」
「ふむふむ」
「それってつまり、寂しいから私に会いたいってことでしょ?」
「んん……んん?」
えみりは赤く染まった頬に両手を当て、身悶えするように体を揺らす。
「仕方ないからたまに来てあげたの。犬も好きだから別に良いかなって思って。でもヘコんでる了くんがなんか可愛くてさ。最初は週1で来るか来ないかだったのが、いつの間にか週3で来るようになっちゃって。いわゆる半同棲ってやつ?」
「んんん〜〜??」
「でも、言っても私たち親戚同士だからさ。了くんもダメって気づいたんだろうね。今年の3月に、私が受験だからって優しい理由を作って、距離を取ったってわけ。優しいけど不器用だよね、了くんって」
「んんんーん・んーんん???」
ふぅ、と何やら妖艶なため息を漏らすと、えみりは麦茶をチビッと飲んだ。
ぼんやりと、乃亜は理解した。
ひとまず言えるのは、梶野とえみりはどこまでも普通の叔父&姪だということ。
ただ唯一、少々妄想力に富んだえみりにだけ見えている世界では、何かしら発展していたようだ。
「まあでも、あくまで元カノみたいなものだから、気にしないで」
「……ちなみに2人でどういうことしたの?」
「え〜聞いちゃう?乃亜ちゃんって意外と好きな人の過去とか気になっちゃうタイプ?」
えみりは口元を緩ませながら朗々と語る。
「ごめんね、一緒にカラオケは行っちゃった。その後カフェでパンケーキも……でも夜には帰ってきたから!ほんとだよ?」
「……そっかぁ。手とか繋いだ?」
「あ〜繋いだと言えば繋いだかな〜?だって繁華街とかで人が多くなると、了くんがいきなり繋いでくるんだもん……結構大胆なところもあるよね」
「そうだね〜人混みは危ないもんね〜」
乃亜は微笑ましそうに目を細めながら、会ったこともないえみりの父親へ、心の中でメッセージを送るのだった。
お父さ〜ん、ちゃんと恋愛モノ見せておいた方がいいですよ〜。
お宅の娘さん、恋愛観バグっちゃってますよ〜。
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