第7話 続・JKと唐揚げとハイボール

〈前回のあらすじ〉

 乃亜が酔っ払い、梶野が社会的に頓死寸前。


「んふふ〜。カジさ〜ん、セクハラしていいですか〜?」

「ななな、何を言うんだ君は!」

「だいじょぶ、ちょっと耳の裏の匂いを嗅ぐだけだから……」

「どんなフェチ!?やめて来ないで!」

「よいではないか〜」


 酔って顔が真っ赤のJKと、別の意味で顔が真っ赤のアラサー。

 異様なじゃれ合いを見せる2人に、タクトは「えぇ何してんすか……」という顔で引いていた。


「(まずい、この状況は非常にまずい!)」


 セクハラを仕掛けてくるこのJKからは一刻も早く逃げたい。

 何故なら、理性を保つ自信がないから。


 ただこの酔っ払いを放っておけば、何をしでかすか分からない。

 家に帰らせたとて、もしこの状態の乃亜が親に見つかれば一発でグッバイ俗世だ。


 よって、相手をするしかない。


「カジさんは〜アタシとタクトどっちが好き〜?」

「いや好きとかそういうのは……」

「答えないと前歯折りま〜す」

「怖っ!」


 乃亜とタクト、どちらが好きか。

 ここは実際どうかというより、乃亜がお気に召す回答を用意すべきだろう。

 梶野は悩むそぶりを見せ、答える。


「うーん、乃亜ちゃんかな」

「ほんとっ?やった〜嬉しみのたみ〜!」


 言葉の意味はよく分からないが、満足したようで一安心。

 ちなみにタクトはというと「まぁ……いいですけど」と言いたげな、ジトッとした目をしていた。


「じゃあ〜アタシと唐揚げならどっちが好き〜?」


 え、対戦相手それでいいの?


「そりゃ乃亜ちゃんでしょ」

「いえ〜ポンポ〜ンッ!じゃあ〜唐揚げとお漬物だったら?」


 え、唐揚げが残るの?


「唐揚げかな……」

「ぶ〜!正解は、ご飯と味噌汁があれば最強、でした〜」


 クイズだったの?


 翻弄され続ける梶野。

 乃亜は一向に酔いが醒めず、現在はタクトの垂れ下がった耳をハムハムしていた。


 しかしふと、思い立ったように言い放つ。


「甘ぇもん食いてえなぁ」

 悟空みたいな口調になってる。


「あ、そういやケーキ買ってきたんだ」

「ほんとっ?食べたいの民〜!」


 駅ナカの有名店、そのいちごタルトを一口。乃亜はとろけそうな表情で体を揺らす。


「んん〜舌があって良かった〜」

 感想は独特だが、喜んでいるようで何より。


「あ〜あ、カジさんがパパだったら良かったのに〜」


 際どい発言に、梶野は一時停止する。


「パパって……どういうパパ?」

「何言ってんの、パパはパパでしょ」


 それはそうである。

 が、乃亜が言うと少しニュアンスが変わってくる。


「乃亜ちゃん、今もパパ活してるの?」

 梶野が乃亜と触れ合う中で、常に心の奥にあった不安。それを、初めて尋ねた。


 クッションを抱く乃亜は、どこか眠そうな表情で答える。


「ん〜今はしてない。カジさんいるし」


 カジさんいるし。

 どういう意味での言葉なのだろう。


「(僕との時間も、パパ活と同じ感覚なのかな……?)」


 つい、顔に苦笑がにじむ。


「でも連絡は来てて……どうしようか迷ってる人はいる」

「迷ってる人?」

「吉水さん……吉水さんは優しい人で……前のアタシは、吉水さんに助けられてたところもあって……」

「……そう」


 梶野は思案する。


 パパ活で女の子と交流したいと思ったことは、無い。まるで知らない世界だ。


 そこには純粋な触れ合いを求める人もいれば、いかがわしいことを考えている人もいるのだろう。

 きっと事情は様々で、何も決めつけることはできない。


 ただその中で乃亜が救われてたなら。

 何から助けられていたのかは分からないが、その時間が大切だったと言うなら……考えを改める必要があるのかもしれない。


「でも、やっぱカジさんは、パパじゃなくて……」

「え?」

「アタシの……お嫁さんがいいなぁ」

「嫁!?僕が嫁なの!?それを言うなら乃亜ちゃんが……」


 途端に口をつぐむ梶野。

 おそるおそる乃亜の方に目を向けると、


「んん……ん〜……」


 ソファで横になり寝息を立てていた。


「まったく、もう」

 梶野はため息をつくと、乃亜にかける毛布を取りに、立ち上がった。




「…………んがっ!散歩っっ!」

 乃亜がこんな声をあげて起きたのは、小1時間が経った頃。


 隣で寝ていたタクトとケーキを食べていた梶野は、その声に仰天する。


「おはよう、どうしたの」

「カジさんすみません!今日散歩に行ってなかった!唐揚げ作るのに夢中で……」


 すっかり酔いは醒めたらしく、乃亜はハッキリした口調で告げた。


 散歩にそこまで義務感を持っていたとは。

 梶野は思わず吹き出してしまう。


「変な子だなぁ」

「え、ソレどういうことすか……え、ケーキ食べてる!ずるい!」

「いや、乃亜ちゃんさっき食べたじゃん」


 いちごタルトの食べカスがのっている皿を指さすと、乃亜はキョトンとした。


「あ、なんかうっすらそんな記憶が……」


 飲んだら記憶が曖昧になるタイプらしい。

 今後乃亜の前での飲酒は絶対にやめようと、梶野は心に誓った。


「でも!ほぼ覚えてないんだからノーカン!一口ちょうだい!」


 乃亜は「あーんっ」と大口を開けて、待つ。

 梶野は「仕方ないなぁ」と笑いながら、大きめの一口を乃亜の口に入れてあげるのだった。

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