第6話 JKと唐揚げとハイボール
改札を出る梶野の足取りは、珍しく軽やか。
久々に会社の『宿題』を持ち帰ることなく退社できた。しかも本日は金曜日。梶野を束縛するものは何ひとつとして無いのだ。
感情が高揚した梶野は柄にもなく、駅ナカの有名店でケーキを購入していた。
どうしてか、2人分。
「(僕1人で食べていたら、乃亜ちゃんに悪いしなぁ……)」
もはや乃亜が家にいること前提の思考になっていた。
帰宅すると、タクトがリビングからズザザザザーッとカーブしながら元気いっぱいで突っ込んでくる。
だが、出迎えたのは彼だけだ。
「あれ?タクト、乃亜ちゃんは?」
もちろんタクトが答えるわけもない。
梶野が持つケーキの袋を前に「何ですかこれ!僕が食べるヤツですか!?」といった顔で興奮していた。
「……来ない日もあるか」
明かりの灯ったリビングからひょこっと笑顔をのぞかせ、「おかえんなさーい」と告げる乃亜。昨日までこの家にあった光景だ。
彼女がいない今、リビングは暗く、家中がシンと静まり返っていた。
「……んじゃ、この時間から飲んじゃお」
いつもは『宿題』の後、乃亜がとっくに帰宅した時間に1杯飲む程度。
未成年の前で飲むのはどうかと思っていたので、この状況はむしろ好都合だった。
ウイスキーを炭酸で割り、コンビニ弁当やサラダをつまみながらチビチビとグラスを傾ける梶野。
「(揚げ物買ってくれば良かったなぁ……唐揚げとか)」
ハイボールには唐揚げ。日本の常識だ。
「(……こんな静かだったっけ、ウチ)」
テレビをつけていても、タクトがじゃれていても、不思議と感じる静けさ。
乃亜不在の違和感が、如実に表れていた。
「(なんか、寂しいな……)」
「あー、お酒飲んでるー!めずらしー!」
乃亜、参上。
突然の登場に梶野はむせ返る。
「の、乃亜ちゃん!?どうしたの!?」
「いやぁこれ作ってたら遅れちゃって。揚げ物って大変だね〜」
取り出したのは大きめのタッパー。
中身は、唐揚げだ。
「乃亜ちゃん、料理できたの?」
「んや、これが初めて」
「初めてが揚げ物って……だいぶチャレンジャーだね」
「それがアタシのマインドっす。チャレンジングマインドっす」
言葉の意味はよく分からないが、とりあえず美味しそうには出来ていた。
「ささっ、食べてみてくだせえ。あっ、タクトは食べちゃダメー!」
匂いにつられて暴れているタクト。
乃亜が封印している隙に、梶野が一口。
「あ、めっちゃ美味しい。すごいね、初めてなのに」
「んふふ、でもレシピ通りだから〜」
謙遜するが、乃亜の頰は嬉しそうに緩みきっていた。
乃亜も持参したごはんとサラダを広げて食べ始める。「んー、天才!味が天才!」などと興奮しながら舌鼓を打っていた。
「カジさーん、ハイボールって美味しいんすか?一口くださいよー」
「ダメダメ。ジンジャーエールで我慢しな」
「むー、ズルい!イジワル!」
「イジワルとかじゃないから。コンプラだから。コンプライアンスマインドだから」
「あっ、それアタシの面白いヤツー!」
瞬く間に、梶野家に賑わいが戻る。
タクトも先程までよりウキウキしているようだ。唐揚げのせいでもあるが。
「こりゃダメだ。タクトにも何かあげないと、鎮まらないや。オヤツとってくる」
「いってらっさーい」
ここで、梶野が重大なミスを犯す。
梶野がそれを知ったのは、トイレで用を足し、オヤツを持って戻って来てからだ。
「おすわり、おすわりー……よし!」
タクトにビーフジャーキーを与えたのち、異変に気づく。
何やら、乃亜が静かだ。
「乃亜ちゃん、どうしたの」
ソファにもたれかかり、顔を伏せている乃亜。
顔を上げた瞬間、梶野はギョッとする。
「ん〜や〜?飲んでないっすよ〜」
ほんのり赤い顔、弛緩している目元や口元。何よりそのヘロヘロな口調。
「乃亜ちゃん、まさか……」
見れば梶野のハイボールのグラスに、うっすらリップの跡がついていた。
刹那、梶野の頭に優しくない未来がよぎる。
『高1女子を自宅に連れ込み、酒を飲ませたとして29歳会社員を逮捕。男は「唐揚げを持って勝手に入ってきた。酒も勝手に飲んでいた」と容疑を否認。ネットでは男に対し「ちょっと何言ってるか分からない」「唐揚げのせいにするなんて最低」「唐揚げは悪くない」などの意見が挙がっている』
「んふふ〜カジさ〜ん、手ぇ貸して〜?」
乃亜は梶野の右手を捕まえると、自らの頰に当て、ご満悦。
「ひんやり〜、気持ちいぃ〜」
梶野の右手のひらに頬ずりする乃亜。想像以上にもちもちすべすべのJKの頰……梶野は声にならない呻きを漏らす。
「あむっ」
「ひぃっ……!」
ついには人差し指を咥え出した。梶野は情けない悲鳴を上げる。
ハイボール一口で酔っ払った乃亜は、一発で理性が吹き飛んでしまったらしい。
いつも以上に積極的に、梶野に迫っていく。
果たして梶野は、耐えられるのか。
それとも『変態唐揚げ男』としてネットのおもちゃになってしまうのか。
つづく
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