第73話 第1回タクトを一番理解してるのはワイや選手権 完結編

 突如として開催された、第1回タクトを一番理解してるのはワイや選手権。


 第1回タクト王の栄冠を目指す乃亜、えみり、神楽坂。

 一部不正のようなものはありながらも、1問目は3人とも正解した。


 そうして横並びのまま次の問題へ。

 審査員長の梶野が出題する。


「第2問。タクトの名前の由来は何でしょう」


 1問目の時とは対照的に、3人のペンは動かず。どうやら誰も知らないらしい。


「カジさん、いきなりムズいよー」

「聞いたことないから、当てずっぽじゃないと……」

「それじゃあヒント。僕の趣味に関係してるよ」


 にこやかに告げる梶野。

 それを聞いて3人は「あーはいはい」「なるほどー」などと適当な相槌を打つ。


 しかし心の中の叫びはみな共通していた。


「カジさんに……」「了くんに……」「梶野さんに……」

「「「趣味なんてあったの……!?」」」


 当たり前のように言った『僕の趣味』というワードに、3人は衝撃を受けていた。


「(カジさんの趣味ってなんだ……?)」

「(仕事してるところしか見たことないけど……)」

「(仕事が趣味で生きがいなのかと……)」


 梶野の趣味。それはもはやタクトの名前の由来よりも気になる事柄であった。


「さあ、そろそろ答えを書いてー」


 3人の胸の内などつゆ知らず、梶野はそう促す。

 それぞれ心の中が騒然とする中、回答を書き込んでいく。


 乃亜の回答

『散歩』

 えみりの回答

『サウナ』

 神楽坂の回答

『記念切手集め』


「いや、僕の趣味は何でしょう、じゃないよ、問題」

「はっ、そうだった……」

「ていうか3人とも、僕の趣味も知らなかったんだね……」

「す、すみません……」


 クイズ大会とは思えぬ、猛烈に気まずい空気が流れる。

 梶野は悲しそうなため息をつくと、まずは趣味を答える。


「ゲームだよ。乃亜ちゃんとえみりは一緒にやったこともあるでしょ」

「あ、あー……やりましたね。VRの」


 乃亜はそういえばと、梶野が嬉しそうにVRゲームを買ってきた日を思い出す。

 えみりは呆れるように一言。


「趣味だとは思わなかったよ。別にそんなにゲームしてるところ見たことないし」

「そ、そっか。でもなんか異様にショックだったよ」

「それで、なんでゲーム趣味が『タクト』に繋がるんですか?」


 神楽坂が話題を元に戻し、尋ねる。


「あぁ、えっとね。僕、ゼルダの伝説が好きで。そのシリーズの中に『風のタクト』ってタイトルがあるんだ」

「へー」

「あと、ペットって動物病院とかで苗字付きで呼ばれるでしょ。例えばうちの子は『梶野タクト』って」

「……ほう」

「風のタクト、梶野タクト……ていう、ね」

「「「…………」」」


 静まり返る、選手権会場。

 不意に、乃亜はスッと立ち上がる。


「すみません、トイレ借ります」

「あ、うん」


 乃亜は廊下に出て、トイレに入る。

 すると何枚も壁を隔てたリビングにまで、声が響いてきた。


「ダジャレかーーーーーい!!!!」


 直後、水の流れる音、扉の開く音。

 そうして戻ってきた乃亜。


「すみません。お待たせしました」

「なんで今ツッコミをトイレに流してきたの?」

「気にしないでください、カジさんは何も悪くありません。悪いのはこの世の中ですから」

「よく分からないけど、そこまで言わせたら多分もう僕が悪いよね。ごめんね、なんか」


 生温かい雰囲気が4人を包む中、次の問題へ。


「時間もアレだから、次で最後ね」


 梶野がそう前置きすると、乃亜・えみり・神楽坂の3人は改めて気を引き締める。


「最終問題。タクトが現在できる4つの芸、すべて答えてください」


 最後の問題にふさわしい難問だ。

 一斉にペンを走らせた3人だが、えみりと神楽坂は途中で頭を抱える。


「うーん、3つしか知らない……」

「私も……あとひとつ、なんだ……?」


 それを聞き、乃亜は得意げに笑う。


「マジか!アタシ分かるよ、4つとも!これは勝てるし!」


 そうして出揃った回答。

 

 えみりの回答

『おすわり、お手、おかわり、おまわり』

 神楽坂の回答

『おすわり、お手、おかわり、バキューン』


 えみりと神楽坂は3つ目まで同じ回答。

 4つ目は2人とも分からないながらも絞り出したらしい。


 そして自信満々の乃亜は……。


 乃亜の回答

『おすわり、お手、おかわり、ライトニング』


「ライトニング……?」

「犬の芸にそんなのあったっけ?」


 キョトンとしているのはえみりと神楽坂だけでなく、梶野もだった。


「え、何ライトニングって、怖っ……」

「えっ、カジさん、これが正解じゃないの!?」

「いや、みんな3つ目まで当たってるけど……」


 キョトンとする梶野、えみり、神楽坂がするのを見て乃亜は混乱する。


「えーー、みんなライトニング知らないの!?」

「知らないよ。何ライトニングって。どんな芸か、まったく絵が浮かなばいよ」

「じゃー見せるよ」


 乃亜は立ち上がると、ソファでぐっすり眠っているタクトに向かい、叫んだ。


「タクト!ライトニング!」


 するとタクトはカッと目を見開く。

 そして電光石火のごとく駆け出し――。


「ぐふぅっ!」


 乃亜の腹部めがけて頭から突っ込んだ。

 食らった乃亜は苦しそうに呻きながら、一言。


「こ、これが、ライトニングだよ……」

「えぇ……」


 衝撃の光景を前に、他の3人はドン引きである。


「なんでこんな芸……ていうか芸なのコレ」

「ほ、本当はアタシが指差した方向へ突っ込むよう訓練したつもりなんだけど……なぜかこっち側突っ込むようになっちゃって……」

「ポケモンじゃないんだから、うちの子に変な必殺技を教えないでよ……」


 呆れる梶野やえみりとは裏腹に、神楽坂は興味津々といった様子だ。


「でもすごいじゃん。私もやってみたい」

「いいけど、気をつけろよ神楽坂。容赦なく来るぞ」


 神楽坂は立ち上がり、叫んだ。


「タクト!ライトニング!」


 再び、タクトは駆け出す。

 そして勢いよく、頭から突っ込んだ。


「えっ……ぐふぅっ!」


 神楽坂でなく、乃亜の腹部に。

 完全に不意を突かれた乃亜は膝から崩れ落ち「ぐおおぉぉ……」と呻く。


「な、なんでアタシに……?」

「……もしかして」


 何か思い立ったらしい。えみりは立ち上がるとすぐさま叫ぶ。


「タクト!ライトニング!」

「えっ、ちょっ……ぐふぅっ!」


 またもタクトが突っ込んだのは乃亜である。

 えみりは「やっぱりそうだ」と納得する。


「ライトニングは誰が言ったかは関係なく、乃亜ちゃんに突っ込む芸なんだよ」

「なるほど。じゃあ今後乃亜ちゃんが悪さしたら、その呪文を唱えればいいんだね」

「さながら孫悟空の頭に付けられた緊箍児きんこじのごとし。これは便利」

「便利なもんかーーーっ!」


 タクトの新必殺技『ライトニング』。

 これから幾度となく自身を苦しめることになろうとは、この時の乃亜は夢にも思っていなかった。


 話題が大幅にズレてしまったが、再び神楽坂が軌道修正する。


「それで梶野さん、正解は何ですか?おすわり、お手、おかわりと、あとひとつ」

「あぁ、あとはチンチンだよ」


 この答えにえみりは「へー」と関心。

 乃亜は「チンチンって何?」と首を傾げる。


 しかし神楽坂は、ひとり神妙な面持ち。

 

「……梶野さん、トイレ借りていいですか?」

「あ、うん」


 神楽坂はトイレに入ると、リビングにまで響く声で叫ぶのだった。


「下ネタかーーーーい!!!!」

「だからなんでツッコミをトイレに流すの?あと別に下ネタじゃないからね。正式名称だからね」

「カジさん。カジさんは悪くないです。悪いのは世の中なんです。気にしないで」

「さっきからそのフォローは何なの?」




 第1回タクトを一番理解してるのはワイや選手権。

 全問題が終了。


 結果、第1回タクト王は――。


「うおおおアタシじゃーーーい!!!」


 乃亜となった。

 タクトを抱きしめながら乃亜は、勝利の雄叫びをあげる。


 だがえみりと神楽坂からはブーイングの嵐である。

 

「こんなのおかしい!意義を申し立てる!」

「不正の温床だ!この選手権は腐りきっている!」


 そもそも1問目は謎の券を使い、疑惑の正解。

 そして横並びで迎えた3問目に関しては、梶野が用意していた模範回答とは異なったが……。


「ライトニングできたじゃん!アタシだって正解じゃん!ポコチンは知らなかったけどライトニングだって正解じゃんかーーー!!!」

「ポコチンじゃなくてチンチンね!」


 驚異的の粘りを見せ、結果として梶野から正解をもぎ取った。

 3問中2問正解で、乃亜が優勝というわけだ。


「これで優勝賞品はアタシのもんだし!」

「え、優勝賞品なんてあったの?」

「もちろん。これだよ」


 乃亜が手に取ったのは、1枚の紙。


『カジさんが一度だけ、可能なことに限り、ちゃん乃亜の言うことを聞くため、最大限の努力をする券』


「いや行って来いじゃん!」

「絶対今決めただろそれ!」

「なんとでも言うがいい〜、第1回タクト王の言うことは絶対で〜す」


 そうして再び、梶野に何がしか命令できる券は乃亜の懐に戻る。

 すべてが乃亜の思うがままの展開になってしまった。

 

 ただひとつ、乃亜にとって予想外の出来事があったことを忘れてはいけない。


 えみりと神楽坂は不満そうに呟く。


「……それじゃ、タクト王に大会を締めてもらおうか」

「えー締めるって何〜?スピーチとか〜?」

「いや、ウイニングライトニングで」

「ウイニング……え?」


 えみりと神楽坂は力一杯、叫ぶ


「「タクト!ライトニング!」」

「ちょっ、カジさん助けてっ……」

「因果応報だね」

「そんなっ……ぐふぅっ!」


 タクトからの愛あるライトニングを浴び、乃亜は苦しみ悶えるのであった。

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