第72話 第1回タクトを一番理解してるのはワイや選手権

「おい神楽坂、これ分かんね。答えを写させろ」

「ダメだよ。自分で解かないと」

「んだよー、友達だと思ってたのにー」

「えっ……そ、そっか、じゃあ……」

「騙されないで神楽坂ちゃん。そこは乃亜ちゃんの掌の上だよ」


 夏休みも終盤。

 乃亜、えみり、神楽坂の3人は揃って梶野家に集合していた。その理由は、夏休みの宿題を終えるため。


 特に乃亜は、夏休み前半はほぼ手をつけていなかったため、まだまだゴールまでは遠かった。


「んがーしんどー」


 乃亜はシャーペンを咥えながら、パタリと仰向けに倒れて脱力。

 するとそこへ、甘えん坊がやってくる。


「あははータクトやめれー、アタシの腹で寝るなー」


 乃亜の腹に顎を乗せ、タクトは「ちょうどいい枕があったもので……」とご満悦の様子。

 

「こいつぅーアタシのこと大好きかよー」


 寝転びながらじゃれ合う乃亜とタクト。

 するとそんな様子を、えみりはじっと見つめる。


「……タクト、こっちー」


 えみりの呼びかけに、タクトは「はい、なんでしょう」と即座に立ち上がり、彼女の元へ歩み寄る。


「わータクトー、そんなに舐めないでー。そんなに私のこと好きー?」

「…………」


 タクトを抱きしめるえみりは、時折乃亜を見て、どこか勝ち誇ったような表情。

 乃亜は挑発的に微笑みながら、その視線を受け取る。


 するとさらに、もうひとり。


「タクトーおいでー」


 神楽坂の声に、タクトは「はい、今度はこちらですね」といった顔ですぐさま彼女の元へ歩み寄る。


「はーい、よしよーし、いい子だねー。タクトって、実は私のことが一番好きなんだよねー、わかるわかるー」

「…………」

「…………」


 穏やかな梶野家リビングに、突如として飛び散る火花。

 三つ巴の視殺戦が勃発する中、当事者であるタクトはいまだそんな状況には気づかず、大きなあくびをしていた。


 ◇◆◇◆


 梶野は帰宅するとまず、玄関に並べられた自分のものでない3足の靴を確認。


「今日は勢揃いか」


 しかし、迎えにきたのはタクトだけ。

 リビングの明かりはついているが、静まり返っている。


「ただい、ま……」


 恐る恐る覗き込むと、異様な光景が広がっていた。


『第1回タクトを一番理解してるのはワイや選手権』


 壁に貼られた断幕には、こう書かれていた。

 そして乃亜、えみり、神楽坂の3人は横並びで座り、じっと梶野を見つめている。


 労働の義務を全うしていた間に、自宅のリビングが謎の選手権の会場と化していた。


「えっと、これは……」

「カジさん、アタシたちは今から第1回タクトを一番理解してるのはワイや選手権を開催します」

「うん、それは見れば分かるかな」

「了くんには審査員長をしてもらいます」

「えっと、よく分からないけど……僕まだ仕事が残ってるし、お腹も空いて……」

「梶野さん。審査員長の自覚を持ってください」

「えげつない順応性を求められるんだね、審査員長って」


 ひとまず3人は事の経緯を梶野に説明する。


 ひょんなことからタクトの奪い合いになった乃亜たちは口論の末、タクトを最も理解している人間こそタクトを最も愛している、という結論に至った。


 そこで飼い主である梶野が、タクトに関するクイズを出題。最も正解数が多い人間が、第1回タクト王の座を手にするというわけだ。


「分かったよ……ちょっとだけね」


 しぶしぶ梶野は了承。

 そもそもタクトを最も理解しているのは飼い主である自分では……という疑問は、口にすれば更なる火種になりかねなかったので胸の奥にしまった。


「それでは……第1回タクトを一番理解してるのはワイや選手権、開幕ッ!」


 乃亜のかけ声に、タクトは「僕のせいでこんな争いが……なんて罪な犬なんだ」といった切ない顔でソファの上から戦況をうかがっていた。

 

「じゃあ第1問、タクトの犬種はなんでしょー」


 梶野のこの問いを聞くと、3人はすぐさまマジックでノートに回答を書き出した。


「あ、ちなみに捨て犬だったから正式なのは分からないけど、見た目で判断して答えて……って、簡単すぎたか」


 補足している間に、3人とも書き終えていた。

 乃亜は余裕の表情で一言。


「カジさーん、1問目だからって簡単すぎ〜。アタシらのことナメ蔵でしょ〜」

「はは、そうかもね。それじゃ3人とも、答えをどうぞ」


 3人はそろって回答をオープン。


乃亜の回答

『キャバリア』

えみりの回答

『キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル』

神楽坂の回答

『キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル』


 きょとん、とするのは乃亜だ。

 対戦相手2人のノートには、目がチカチカするような謎の文字列が並んでいる。



「……は?キング……なんて?」

「キング・チャールズ・スパニエル。キャバリアの正式名称だよ」

「えー乃亜、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルも知らないのー?常識じゃーん」

 

 きちんと説明するえみりと、途端にマウントを取り出す神楽坂。

 乃亜はいまだ混乱していた。


「えええっ!タクトおまえっ……キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルなの!?バチくそカッケェじゃん!」

「ちなみにキング・チャールズは英国王の名前からきていて、キャバリアは騎士って意味なんだよ」

「カッケエェェェッ!!!」


 乃亜から驚愕の目を向けられ、タクトは「そうです。僕は騎士なのです。それよりごはんはまだですか」と誇り高き目をしていた。


「と、いうわけで第1問は私とえみりちゃんが正解だね」

「えっ」

「そうだよね。キング・チャールズ・スパニエルくらい書けないと。ね、了くん?」

「うーん、まぁ確かに……」


 と、話が進みかけたが、乃亜が電光石火でゴネ出した。


「異議あり異議あり!キャバリアだけでも正解じゃん!正式名称で書けなんていってないじゃん!」

「難癖つけるなよー」

「諦めなよ乃亜ちゃん。無知なのが悪いんだよ」

「無知って言うなぁーーー!こんなのおかしい!ねっ、カジさん!私も正解だよね!?」


 梶野に詰め寄り涙目で訴える乃亜。

 気圧されながらも梶野は整然と答える。


「いやでも、2人は乃亜ちゃんより詳しく書いたんだから、その分のアドバンテージは無いと……」

「んんんじゃあコレ使うから!」


 そう言って乃亜が取り出した紙、それは……。


『カジさんが一度だけ、可能なことに限り、ちゃん乃亜の言うことを聞くため、最大限の努力をする券』


「えええっ!コレもう使うの!?」


 先日の月クリスマスのプレゼントである。

 えみりと神楽坂は「なにコレ」「はっきりしない券だな」と言って呆れる。


「僕が言うのもなんだけど……これもっと重要な局面で使うものじゃ……」

「いいっ、ここで使う!だからアタシも正解にして!」


 荒ぶる乃亜の圧に押され、梶野はため息。


「分かったよ……それじゃ3人とも正解ってことで」

「えええ梶野しゃん!そんなバカな!」

「だって仕方ないでしょ。可能なことに限り、ちゃん乃亜の言うことを聞くため、最大限の努力しなきゃいけないんだから」

「一体どういう経緯で生まれて、どれほどの効力があるの、その券」


 というわけで、第1問は全員正解。

 いきなりアクロバティックな裏ワザが飛び出した、第1回タクトを一番理解してるのはワイや選手権。


 その結末やいかに。



 つづく

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