第74話 仲直りしなきゃね日菜子さん!
どうも皆さん、おはようございます。
花野日菜子、24歳です。
大人同士の『仲直り』って厄介だと思いませんか?
子供の頃は喧嘩しても次の日にはケロっとしていたものですが、大人になるとそれは少し困難です。
2人の関係性や、社会的な立場も絡んできます。
どの程度の諍いから『仲直り』というイベントが必要なのか、線引きも難しいです。あまり仰々しく謝りすぎるとその後の関係もギクシャクしてしまいますし。
何より、諍いの内容によっても話が変わってきます。
ましてやそれが、色恋に関するものであれば……それはもう呆れるほどに、面倒くさいでしょう。
◇◆◇◆
お昼過ぎ。やっと仕事が一区切り、といったタイミングでディスプレイから目を離します。
すると少し離れた営業部署の方向から、ちょうどこちらを覗き込んでいた、エマ先輩と目が合いました。
気づかれた彼女はどこか気まずそうに笑いながら、近づいてきます。
「日菜子お疲れ。梶野はどうした?」
「お疲れ様です。ついさっき、総務の人たちとランチに行きましたよ」
「あーそっか。うーん、分かった」
そうポツポツ呟いて、エマ先輩は去っていきました。
「…………」
きっと梶野さんと私と、3人でランチに行きたかったのでしょう。少し寂しそうな表情をしていました。
こういう時「じゃあ日菜子、今日は2人で行こうか」と誘ってくれるのがエマ先輩という人でした。
しかし最近は、私と2人きりのランチを敬遠しているようです。そしてその理由は、明白でしょう。
『……先輩、あんまりナメんでくださいよ』
『だから――恋くらい、自由にさせてくださいッ!』
福岡の居酒屋でのあの一件。
若気の至りとはまさにこのこと。思い出すだけで「ぬおォォォ……!」と頭を抱えたくなります。
酔っていたせいで……いや、社会人に「酔っていたから」なんて言い訳は通用しません。
そこにあるのは、上司に盾をついたという事実のみ。
その後、なんとなく手打ちのような雰囲気にはなりましたが、そう簡単なものではないでしょう。
福岡出張を終え、表面的には日常に戻ってきました。
しかし私たちはいまだにあの居酒屋での一件を引きずっているのです。
「大人でもそんなことで悩むんだねぇ〜」
スマホから聞こえてくるのは、そんな呑気な声と、ボリボリと煎餅のようなものをかじっている音。
声の主は乃亜ちゃんです。
「人が真剣に悩んでるのに、煎餅かじりながら聞くなや」
「煎餅じゃないです〜芋けんぴです〜」
似たようなもんだろ。
夜8時ごろ、夏休み満喫中の女子高生からかかってきた電話。
「ヒマだから話そ」と言うので付き合っていたところ、「声が疲れてる」と指摘を受け、半ば強引にその理由を白状させられ、律儀に話せばこの対応。
この女子高生、いよいよ本格的に、私をナメ始めているのではないでしょうか。
「まぁでも仲直りしたいなら、プレゼントの一つ二つあげればいんじゃね?」
「えぇー、なんかおざなりじゃない?」
「でも言葉で言うより行動で示したほうが、意志が伝わるでしょ」
まぁ、乃亜ちゃんにしては正当な意見かもしれません。
「じゃあ乃亜ちゃんなら、仲直りする時にはどんな物をプレゼントする?」
「そんなの決まってるじゃん」
乃亜ちゃんは即答します。
「iTu○○sカードでしょ」
「一番体温を感じないプレゼントだよね、それ」
ほぼ現金渡してるようなもんじゃねえか。
「んじゃ、○℃のネックレス」
「一番メ○カリに出品されるヤツだよね、それ」
クリスマス後の風物詩じゃねえか。
「じゃあフラッシュモブでもすればいいじゃん!」
「ぶっちぎりでいらない迷惑なヤツ!まずどうやって参加者を用意するの!?」
「1人でやればいいじゃん!」
「頭おかしくなったと思われるわ!」
乃亜ちゃんは何故かプリプリとした口調で叫ぶ。
「てかなんで日菜子さんっ、エマ公と仲良くなろうとしてんの!?カジさんの元カノでしょ!?」
「エマ公ってなに……関係修復を図るのなんて当然でしょ。上司なんだし」
「かーっ!相手が上司だからって尻尾振って媚を売るんだー!本当は気に入らないくせにー!」
「それが大人の世界なんです。それにエマ先輩のこと嫌いじゃ……」
「かーーーっ、これだから大人はしょーもない!ヒナミチのマインドはどこ行ったし!」
「そんなものはもうどこにもありません」
乃亜ちゃんは「キーッ!」と喚きながら、またボリボリボリボリ音を立てます。芋けんぴをやけ食いしているようです。
こうなればもうラチがあかないので、今日の通話はここまででしょう。
「それじゃ、もう切るね」
「へんっ!せいぜい悪い夢を見るがいいヒナミチめ!」
「はいはい。あ、最後にひとつだけ」
「なにっ!?」
「芋けんぴって実は糖質バキバキの高カロリーおやつだから、食べ過ぎには注意してね」
「えっ……」
乃亜ちゃんの不安げな声を耳にしたところで、私は通話を切るのだった。
◇◆◇◆
翌日の夜、今度は神楽坂ちゃんから連絡があった。
通話を始めると彼女は開口一番、尋ねてきた。
「乃亜と何かあったんですか……?」
どうやら昨日の私との通話のせいで、今日の乃亜ちゃんはピリピリしていたらしい。
私は昨日の乃亜ちゃんとの会話と、それに至るまでの私の悩みについて説明した。
「なるほど、そんなことが……確かに、仲直りは大事ですよね」
「大人になるとまた面倒でねぇ。神楽坂ちゃんは、何かいいアイデアある?」
試しに尋ねてみると、神楽坂ちゃんは真剣に考えてくれました。「うーん」と唸りつつ、答えます。
「私だったら、何か手作りものを贈りますかね。その方が思いが伝わる気がするので」
「なるほど、一理あるね」
クッキーやマカロンなどのお菓子を作って渡すのは良い線ですね。何なら休日、ウチに招いて手料理を振る舞うのもアリかもしれません。
「確かにお菓子とか……」
「例えば、手作りのぬいぐるみとか!」
「……ん?」
おや、聞き間違いでしょうか。
一瞬、すさまじいプレゼント案が聞こえてきたような。
「冬だったら手編みのセーターとか良いですけど、夏ですからねぇ。あっ、自作の詩集とか!」
いや聞き間違いじゃねえな。
マジだなこれ。
「あとは自作のダンスとか……いっそのことフラッシュモブとかでも良いかも!」
昨日も聞いたなそれ。
でも昨日の乃亜ちゃんの提案はボケだったからね?
神楽坂ちゃんはマジで言ってるよね?
ちょっとこの子、乃亜ちゃんの影に隠れて実は一番ヤバいんじゃないですかね。将来が心配になるんですけれど。
男性恐怖症らしいですけど、いつかスーパークズ男に引っかかりそうな匂いがします。
「あ、ありがと〜、参考にするね〜」
なんとか和やかな空気をキープしたまま、通話は終了。
なんだかどっと疲れが押し寄せてきました。
もはやそれどころではない心情ですが、そもそも、どうすれば私とエマ先輩は仲直りできるか、という悩みが話の発端です。
果たして私とエマ先輩はうまく仲直りできるのでしょうか。
つづく
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