第75話 お人好しだね日菜子さん!

〜前回のあらすじ〜


 福岡で発生した、私とエマ先輩の諍い。

 その余波が続いているせいか、いまだに私たちはギクシャクしてしまっています。


 そこで必要になるのが『大人の仲直り』。


 どんな方法で仲直りしようか。

 ここまで乃亜ちゃんと神楽坂ちゃんに意見を仰ぎましたが、異次元の回答連発でまったく参考にならず。

 

 果たして、私とエマ先輩の仲直り大作戦はうまくいくのでしょうか。


 ◇◆◇◆


『ちょっと電話してもいいですか?』 


 こんなメッセージが送られてきたのは、神楽坂ちゃんとやりとりをした翌日の夜。

 差出人は、えみりちゃんだ。


「すみません日菜子さん、突然」

「全然いいよー。それで、どうしたの?」


 通話を開始すると、えみりちゃんは凛とした口調で告げます。


「2日前、乃亜ちゃんと何かあったんですか?」

「……というと?」

「今日乃亜ちゃんに会ったら、何か日菜子さんに怒ってるみたいだったから……」

「…………」


 まだ根に持ってるのか、あのギャル。

 ギャルのくせにしつこいな(偏見)。


 心配しているえみりちゃんのために、私は乃亜ちゃんとの諍いについて、そしてその大元であるエマ先輩と仲直りしたいという悩みを告白しました。


 というかこれ、昨日の神楽坂ちゃんと一昨日の乃亜ちゃんとほぼ同じシチュエーションなんですけど。

 なんで大の大人が子どもたちに悩み相談するような羽目になっているのでしょうか。


 すべてはあのチャランポランなギャルJKのせいです。


「なるほど、そんなことがあったんだね。なら完全に乃亜ちゃんが悪いね」

「そうなの。理解が早くて助かるよ」

「それで日菜子さんは、キョーコちゃんと仲直りできたの?」


 えみりちゃんは1年以上前、まだ梶野さんと付き合っていた頃のエマ先輩と会っており、その頃から京田という苗字からを『キョーコ』というあだ名で呼んでいます。


「いや、まだかな」

「じゃあ私が一緒に考えてあげるよ、プレゼント」


 小6のえみりちゃんからの可愛い提案です。ここはぜひお願いしたいところですが……今私の頭によぎったのは、昨日と一昨日の記憶です。

 

『じゃあフラッシュモブでもすればいいじゃん!』

『いっそのことフラッシュモブとかでも良いかも!』


 あらゆる奇妙な提案をしてきた挙句、最終的にフラッシュモブでシンクロしたクレイジーJK2人。


 そして今通話しているのも、まともな空気を漂わせていながら、クレイジーJKと普段から接しているJSだ。

 

 どうせえみりちゃんも「信楽焼の狸がいいよ!キン○マがしっかりしてるからね!」とか言うんですよ。はいはい知ってる知ってる、そんな展開。


「そういう時は、お花がいいんじゃないかな?」

「えっ」

「そんな高価なものじゃないし、相手が女性なら絶対に喜んでくれるよ」

「う、うん、確かに……」


 とても良い意見です。

 だが油断してはなりません。このJSは、乃亜ちゃんと愉快な仲間たちの隠れた核弾頭(のような気がする)。

 ここからどんな異常思考を披露するか、分かったものではありません。


 どうせ「スズランがいいよ!近くで見るとキン○マに似てるからね!」とか言うんですよ、絶対。


「お花もらうのって非日常って感じがして、思いが伝わりそうじゃない?それでいて邪魔になったりもしないから」

「あっ……あぁ……」

「それに生花なら、最後には枯れちゃうでしょ。だからこそお詫びのギフトとしては良いと思うんだ」

「あぁ、あぁぁ……」

「水に流すっていう意味でも、形に残らないほうがスッキリするから……」

「わあァァァァ!」

「!?」


 私の突然の号泣に、えみりちゃんはさぞかし驚いたようです。「ど、どうしたの日菜子さん……?」と震えた声がスマホから聞こえてきます。


「ご、ごめんね……あまりに良い意見だったから……」

「良い意見だったら日菜子さんは泣くの?」

「うん……これまで有象無象に寄越された意見が酷すぎて……だから普通に良い意見で、感動しちゃって……」


 涙ながらに告白する私。

 するとえみりちゃんはすべてを察したように、優しい口調で告げるのでした。


「苦労してたんだね……」


 ◇◆◇◆


 翌日、私はえみり大先生がオススメした通り、花のギフトを用意しました。

 お花屋さんに相談し、「ごめんなさい」という花言葉が込められているヒヤシンスを購入。


 そうしてお昼休み。

 私の方からエマ先輩をランチに誘いました。もちろん2人きりで。

 よく利用する中華料理屋さんのテーブル席に座り、2人でメニューを眺めます。


「あ、日菜子の好きな油淋鶏定食が売り切れてるじゃん」

「ホントですね。まぁたまには別のでも……」

「食べたいもの、2つで迷ったら私に言うんだぞ。私が1つを頼んでやるから」

「え、いいですよ別に。エマ先輩が食べたいもの頼んでください」

「いいからいいから。あ、水もうないな。すみませーん、お冷やくださーい!」


 エマ先輩は何やらセカセカと動きます。

 おそらくですが、私に気を遣っているようです。


 やはりあの福岡での一件を引きずっているのでしょう。ひとつ発言するにも慎重になっているようです。


 しかし、そんな先輩の姿を見て、私はとてもよくないことを思ってしまいました。


 3日前、乃亜ちゃんに言われたことを思い出します。


『てかなんで日菜子さんっ、エマ公と仲良くなろうとしてんの!?カジさんの元カノでしょ!?』


 なんでと問われれば、それは相手が上司だから。

 そう自己解釈していたのですが、実際には少し違うようです。


 外見はキリッとしていてカッコいいOL。

 でもその中身は、けっこう子どもっぽいエマ先輩。くだらないことで私や梶野さんをからかったり、時にウザ絡みしてきたり。

 かと思えば今、私を前にしてちょっと緊張していたり。


 そういうのすべて含めて、何だか可愛い人なのです、この先輩は。


 だから、前述の乃亜ちゃんの質問に対しては、こう答えるべきなのです。


 私は、エマ先輩が好きだから。

 たとえ恋する人の元カノであっても。


「エマ先輩、これどうぞ」

「えっ!」


 綺麗に包まれたヒヤシンスを差し出すと、エマ先輩は目を丸くします。


「な、なんで?何かあったっけ?」

「いえ。これは福岡の居酒屋で揉め事を起こしてしまったので、そのお詫びです」

「えぇー、そんなのいいのに……それにあの時は私も悪かったし」

「それでも、私の気が済まなかったのです。私はこれからも、エマ先輩と仲良くしていきたいので」


 ストレートに告げると、エマ先輩は少し驚いたのち、答えました。


「……そっか。そういうことなら、素直に受け取るよ」


 ヒヤシンスに顔を近づけると、エマ先輩は静かに笑います。


「いい香り。綺麗だな。ありがとう、日菜子」

「……なんかムカつくな」

「えっ、なんで!?」


 美人に花。

 なんてズルい組み合わせでしょう。つい憎まれ口がこぼれてしまいました。


「あ、ごはんきましたよー。お花はしまってください」

「えぇちょっと待てよ日菜子ー、何がムカつくんだよー」


 これでひとまず『大人の仲直り』は成功ということで。


 その日のランチは久々に、私とエマ先輩のテーブルには、笑顔の花が咲いていましたとさ。


 ◇◆◇◆


 ちなみに、その夜のこと。

 神楽坂ちゃんから着信がありました。


「あの……乃亜が日菜子さんと仲直りしたいって、半ベソかいていて……」

「…………」


 もう一件必要になった仲直りは、まぁ少し放っておいてもいいでしょう。

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