第49話 今回はさすがに神楽坂が悪い

 神楽坂は酔っていた。

 小学生でも平気なワイン風呂、その匂いや雰囲気で、酔っていた。


「のあ〜どこ行くの〜待ってよぉ」

「ええい、ベタベタするな!」

「ひど〜い!!え、ちょっと待って、のあの肌白すぎない!?キレイすぎない!?いいな〜吸いたいなぁ〜」

「ひぃぃ何言ってんだキサマ!」


 外気を吸わせようと屋外の広い温水スペースまで連れ出された神楽坂だが、現在は別のものを吸おうとしていた。

 神楽坂のウザ絡みに乃亜は四苦八苦である。


「あははっ、乃亜ちゃんと神楽坂ちゃん仲良いね〜」

「そうだな。仲良くなれて本当に良かった」

「いや2人とも何その距離、遠っ!アタシに押し付ける気マンマンかよ!」


 梶野とえみりは2人の様子を、少し離れた位置から微笑ましそうに傍観していた。


「放っておいてもすぐに醒めそうだけど、一応水分取らせておくか。何か買ってくるね」


 梶野は1人売店の方へ向かっていく。

 その後ろ姿を、神楽坂は何故かじっと凝視している。


「のあ、のあ」

「なんだよ」

「すごいね、梶野さん乳首出てるね」


 えみりの「そりゃ水着だし……」というツッコミよりも早く、乃亜が激昂する。


「キサマなにタダ見してんだ!カジさんの乳首はアタシのだ!」

「了くんの乳首は了くんのだよ」


 ほんのり赤らんだ顔で、ぷかぷか温水に浸かり気持ち良さそうな神楽坂。

 ニヨニヨした表情で乃亜を見る。


「のあ、のあ」

「だからなんだよ」

「のあは、私と梶野さん、どっちが好き?」


 乃亜が酔っ払った時と同じようなことを言い出した神楽坂である。


「んなもんカジさんに決まってるし」

「え〜ショックマインド〜!」

「それを言うならショックの民だから」

「細かいね、乃亜語」


 神楽坂はさらに尋ねる。


「じゃ〜私とえみりちゃんなら?」

「断然えみり先生」

「うえ〜〜〜じゃあ私とタクトくんなら?」

「1000%タクト」

「ひぃ〜〜じゃあ私と吉田さん!」

「1回しか会ったことないけど、まぁ吉田さんかな」

「うへ〜〜〜!」

「吉田さんって誰?」


 乃亜の回答に不服らしい。神楽坂は頬を膨らませながら乃亜に背中から抱きつく。


「ずるい!私はのあのこと好きなのに〜〜」

「気持ち悪いこと言うなアホ」

「タクトくんの次に」

「犬の次なんかい。いいから離れろって、体温が気持ち悪い」

「ひど〜い……あれ?」


 ふと、神楽坂は乃亜のお腹に触れた途端、首を傾げた。

 そしてついには、言ってはいけないことを言ってしまう。


「あはは〜、のあのお腹、ちょっとポニってるし〜〜」

「…………」


 戦慄が走る。

 えみりは息をのみ、乃亜の表情を確認。

 

 本当にキレた時、人は笑顔になるらしい。

 乃亜はニコニコしながら神楽坂の腕を引っ張り、温水から上がる。


「のあ〜どこ行くの〜?」

「いいからついてきな」


 お花畑な神楽坂と共に、乃亜とえみりはとある階段を登っていく。

『度胸だめし』との激しいノボリが掛かった、高さ10メートルの巨大ウォータースライダー、その発射地点まで到達した3人。


「ほら神楽坂、楽しいよ。行っておいで」

「え〜、一緒に行こ〜よ」

「残念ながら1人用だよ。アタシらも後からついていくからさ」

「は〜い」


 言われるがまま巨大スライダーの滑り出し、高さ10メートルの絶壁に立った神楽坂。自分がこれから滑っていくその光景を見下ろすと、おもむろに振り向いた。


「あ、あれ……なんで私、こんなところいるんだっけ……」

「あ、酔い醒めた」

 

 冷静に告げるえみりと、悪魔のように微笑む乃亜。神楽坂は徐々に震えだした。

 乃亜は知っていたのだ。神楽坂は、高いところが苦手なのだと。


「な、なんでこんな……怖いぃぃ……」

「大丈夫ですか?やめますか?」

「ひぃぃぃ!ダイジョブでしゅ!」


 しかもスライダーの係員は、これまた苦手な男性である。


「ひどいね、乃亜ちゃん」

「自業自得ですよ、えみり先生。ほらー早く行け神楽坂ー!」


 前門の男性、後門のスライダー。

 乃亜からプレッシャーもかけられる中で、取るべき行動は、ひとつしかなかった。


「い、行きましゅ……ひゃああぁぁぁ!!」


 悲鳴を上げながら滑り落ちていった神楽坂。猛烈な勢いで水面に突っ込むと、それはそれはキレイな水しぶきをあげた。


 そしてその一部始終を、乃亜は腹を抱えながら爆笑していたのだった。


「3人共、スライダーやってたんだ」


 乃亜とえみりが後に続いて滑ってくると、下では梶野が待っていた。


「あれ了くん、よくここが分かったね?」

「いや、神楽坂ちゃんの悲鳴が聞こえて」


 乃亜は「あぁ」と言い、傍らでへたり込む神楽坂を見てニヤリと笑った。


「酔い醒ましになるかと思いましてね〜」

「なるほどね。それで神楽坂ちゃんは、醒めた?ジュース買ってきたけど飲む?」

「の、の、のみましゅ……!」


 別の意味で水分を欲していた神楽坂は、梶野から受け取った缶ジュースを凄まじい勢いで飲み干した。


 そしてゆっくり立ち上がると、涙目で乃亜に頼みこむ。


「乃亜、お、お手洗い行こ……」

「飲んだり出したり忙しいヤツだなぁ。イヤだよ、1人で行きな」

「む、無理……まだ足が震えてて、まともに歩けない……」

「あーもー仕方ないなぁ。さーせん、ちょっと行ってくるっす」


 梶野とえみりを残し、神楽坂は乃亜の肩を借りながらトイレへ向かっていくのだった。



 つづく

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