第50話 えみりちゃん(小6)は泡沫の恋

 トイレに行った乃亜と神楽坂を待つ梶野とえみりは、テラス席について缶ジュースを飲んでいた。


「スライダーの傾斜けっこうエグくない?えみり怖くなかったの?」

「いや楽しかったよ。神楽坂ちゃんは高いところ苦手だったからビビってたけど」

「……それ、神楽坂ちゃん余計に酔わない?酔い醒ましのために乗ったんでしょ?」


 そこで、またも梶野のお得意様である女性一行と遭遇する。


「梶野さん、また会いましたね」

「ああ、どうも」

「今日はいい天気で良かったですね。楽しんでますか?」

「ええ、おかげさまで」


 当たり障りない会話を終えると、女性はえみりに目を向けた。

 するとえみりは瞬時に、余所行きの微笑みを浮かべた。


「はじめまして、こんにちは」

「こんにちは。礼儀正しい子ですね」

「この子は姪っ子でして」

「そうなんですか。さっきの子はちょっとびっくりしたけど、この子も可愛いですね」


 その後一言二言交わしたのちに、彼女らは去っていった。


 初対面への作り笑いを解除すると、えみりはいつもの落ち着いた表情に戻る。


「で、誰なの?」

「仕事のお得意様だよ。ここの割引券くれた会社の人」

「ああやっぱり。一応、愛想笑いしておいて良かった」

「お気遣いサンキューです、えみり先生」


 そこでふと、えみりは少しだけ意地悪な顔で梶野に告げた。


「了くんって、実はモテるよね?」

「えっ、なに急に……」

「ちゃんと話、繋がってるよ。さっき喋ってた女の人、たぶん了くんにそこそこ気があるように見えたから」

「えぇっ」


 仰天する梶野をよそに、えみりは何でもないように尋ねる。


「了くんはさっきの人、どう思ってるの?まあまあキレイで気さくな人だったけど」

「い、いやいや、そんなこと考えたこともないからさ……」

「じゃあ脈ナシだね。さっきの人、残念」

「そんなバカな……」


 勝手に振ったことになる梶野であった。


「やめてくれ……勘弁してくれえみり……」


 必死の懇願に、えみりは呆れるようにため息をつきつつ、それでもさらに追求する。

 完全に面白がっている姪っ子(元カノ(妄想))であった。


「じゃあ了くんってどういう人がタイプ?それ教えてくれたらもうこの話やめるよ」

「えー、でもまあ、それなら……」

「早く答えた方が身の為だよ〜(乃亜ちゃんが帰ってきたら面倒なことになるし)」


 梶野は「うーん……」と熟考。

 恥ずかしがっているのか、よほどアブノーマルな趣味なのか。いずれにせよ全然答えない梶野にえみりは痺れを切らす。


「もう!じゃ年下か年上、どっちが好き?」

「……同い年じゃなきゃ、どっちでも」

「なに、その煮え切らない答え。なんで同い年じゃイヤなの?」

「女の人って精神年齢高いじゃん、男より。だから年下ならうまく釣り合って楽だし、逆に年上なら割り切ってへりくだれる……って小6に何の話をしてるんだ僕は……」

「うまく言えないけど、すごかったよね今。アラサーの叔父のリアルな恋愛観を前に、ちょっと気圧されたよ私」

「死にてぇ……」


 夏の空気がそうさせるのか、水着で恋愛観を語る叔父と、親身になって聞く姪。


「でも、そっか。そういやキョーコちゃんは同い年だったね」

「……よく覚えてるよな。たった1回会っただけなのに」

 

 梶野は思わず苦笑い。

 形容しがたい時間は続く。


「それじゃ性格は?賑やかな人か、大人しい人か」

「まだ続くの……静か過ぎるよりは、よく喋る方がいいな。一緒にいて楽しい方がね。あ、あと犬好きはマストだな」

「タクトとの生活優先で考えてるじゃん。まあ大事だけどさ。あと交友関係は?友達は多い人の方が良い?」

「いや、少ない方が良いだろうなぁ。僕も多くないし」

「考え方とかセンスは、似通った人の方が良い?」

「うーん、違う方が良いなぁ。どうせなら不思議な感性を持った人の方が、面白そう」


 えみりの質問攻めに、律儀に答え続けた梶野。「結婚相談所に来たみたいだ……」と疲れた顔をしていた。


「いやー面白かった。了くんってそういうタイプが好みなんだねぇ」

「叔父で遊ぶんじゃないよ……」

「ふふふ、楽しかったぁ。もし該当する女の人いたら、紹介してあげ……」


 ふと、えみりは気づいてしまった。


・年下か年上

・よく喋って、一緒にいて楽しい人

・犬好き

・友達は少ない

・不思議な感性を持っている


 了くんの周りにいる女性たちの中で、このすべての項目に該当する人物。


「(そうか……そうだったんだね)」


 えみりは心の中で、静かに悟った。

 了くんの好みのタイプに、最も近い人物。それは――。


「(……私だ。私しかいない)」


 一気に顔が熱くなるえみりである。


「(まず年下だし、私といると了くん楽しそうだし、犬好きだし、友達って呼べる子は少ないし、授業で描いた絵を先生に『不思議な感性ですね……』って褒められたし)」


 確信に変わった瞬間である。

 了くんのタイプは、えみりその人なのだと。


 そうして理解力のあるえみりは、瞬時に気づいた。了くんの思惑のすべてを。


「(本当は素直に言いたいけど、私たちはもう終わった関係。それに今は良好な関係を築けている。それを壊したくない、でも想いは伝えたい。だから……遠回しに言ったんだ、私がタイプなんだって……)」


 夏の空気がそうさせるのか。

 えみりは、それはまるで輝いては消える花火のように、妄想を大爆発させていた。


「了くん……ありがとう」

「え、どうした急に」

「今日は、今日だけは、一緒に楽しもうね」

「あぁ、うん。そうだな、せっかくだしな。えみり、その水着似合ってるぞ」

「……ありがとう」

「え、なんでちょっと涙目?」


 そこへ、乃亜と神楽坂が帰ってくる。


「お待たせしみゃしたー」

「いやートイレ混んでたー」

「あ、おかえり」


 だがえみりの様子を見た神楽坂が、慌てて乃亜に耳打ちする。


「えみりちゃん、ちょっと変じゃない?何かあったのかな?」


 心配そうにする神楽坂とは対照的に、乃亜は納得したように告げた。


「いや……たぶんあれは、えみり先生が凄まじい独り相撲を取ってる時の顔だ」


 乃亜、正解。



 つづく

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