第51話 果てなきラッキースケベ(故意)への道

「火鍋、美味しいね」

「うん、夏でも良いな。教えてもらえてよかったよ」

「私、辛いのってちょっと苦手だけど、これなら好きでしゅ」


 お昼になり、梶野たちは施設内のレストランで食事をとる。

 4人で鍋をつつく穏やかなランチタイムながら、穏やかでない表情の人物が1人。


「乃亜ちゃんどうしたの?辛いの苦手?」

「あ、いや好きっすよー火鍋しゅきしゅき」


 いつも通り振る舞おうとする中、乃亜の心情は火鍋とは別の方向を向いていた。


「(まだ……まだ全然、カジさんにアピールできてない!)」


 乃亜にとってこの温泉テーマパークでの時間は、ただの遊びでない。

 負けられない戦いのひとつなのだ。


 その負けれない相手とは誰か。

 日菜子である。


 以下、1〜2週間ほど前の会話である。


「日菜子さんズルい!カジさんと出張なんて、羨ましい!」

「いや仕事だからさ。それにもう1人、帯同するし」


 怒気を溢れさせる乃亜と対照的に、電話の向こうの日菜子は落ち着いている。


「そんなこと言って、抜け駆けする気だ!」

「抜け駆けって……そんな余裕ないって。2泊3日だけど、仕事とか付き合いの飲み会でスケジュールぎちぎちなんだし」

「むぅ……」


 大人の余裕を見せる日菜子。

 だが最後、ポロっとこぼす。


「まあでも、そういうチャンスがあったら遠慮せず飛びつきますけどね」

「あーーー本音出たーーー!」


 むふふと大人げなく笑う日菜子に、乃亜は不満を爆発させる。

 珍しく、この日の日菜子は好戦的だった。


「もーーーじゃあアタシも、日菜子さんがいない温泉でカジさんに鬼アピールするからね!もう日菜子さんは誘わないからね!」

「だから行けないって、誘われても。それにどうせ大したアピールできないでしょ。乃亜ちゃんは意外とヘタレだからなぁ」

「うがーーーー!!!」


 恋敵からの挑発。

 傷つけられたプライド。

 乃亜は、それはそれは荒れた。


 誰がヘタレだ。

 ギャルぞ、アタシは。


 ギャルは男を奪うためなら、何をしでかしてもおかしくない(偏見)。

 ギャルは常人なら備わっている理性のブレーキが、ぶっ壊れているのだ(偏見)。


「(見てろよヒナミチ……アタシをヘタレと言ったこと、後悔させてやる……!)」


 ほとばしる感情を胸に、乃亜は今日を迎えていたのだ。


 しかしお昼前までやったことといえば、神楽坂への制裁と神楽坂との連れション。

 仲良しかよ。


「この後はどうしよっか」

「私、ここ行きたい!装飾とか全部ピンク色のお風呂なんだって!」


 えみりと神楽坂はパンフを片手に盛り上がる。そこでふと、えみりが思い立ったように梶野に告げた。


「そういや、了くんも行きたいところあったら言ってよ?ずっと律儀に保護者やってるけどさ」

「確かにそうだ。梶野しゃんだって休日なんだから、ちゃんと楽しんでくださいね」

「でも僕の行きたいところなんて、岩盤浴とかサウナだよ。君ら興味ないでしょ」


 そこで乃亜はひらめき、即座に提案。


「アタシ、岩盤浴やってみたいっす!だから2組に分かれちゃおうよ!えみり先生と神楽坂は、そのピンク風呂に行けば?」

「ピンク風呂って……」

「なんかいかがわしいからやめて……」


 提案は通り、時間と集合場所を決めて2組に別れることに。


「岩盤浴に興味あるなんて、大人だね」

「えへへ、そうすか〜?」


 梶野と2人きりになり、上機嫌の乃亜。

 しかしそれだけで終わってはいけないと、魂が叫ぶ。


 アタシはギャル。

 真夏の水着ギャルは、平気で抱きついたり、おっぱいを押し付けたりしても許される生き物だ(偏見)。


 ギャルのアタシが積極的に攻めるには、2人きりの今しかない!

 レッツ、ラッキースケベ(故意)!


「それじゃ行こうか」

「はぁ〜い」


 梶野の後についていく乃亜。

 さあボディタッチ、いざボディタッチ。


 が、問題が発生。


「(……くそぅ!なんで……なんでこんなに恥ずかしいんだ!)」


 ヘタレだった。

 

 普段はどちらかといえば積極的な乃亜。

 だがこの開放的な状況、そして何より水着がマズかった。


「(なんか2人きりになった途端、水着姿が恥ずかしくなってきた……なんだよこの水着、肌出過ぎだろ……!)」


 水着だからこそ、攻めるべき。

 しかし水着だからこそ、恥ずかしい。

 それも露出多めのビキニだから、余計に恥ずかしい。

 

 今回選んだ三角ビキニは、男ウケは良いが、乃亜の精神的な身の丈には合っていなかったのだ。


「(地に足がついた可愛い系にしておけば良かった……でも、まだ時間はたっぷりある。こうなったら岩盤浴が勝負だ)」


 覚悟しろ

 くそエロ水着で

 密着し

 お見舞いしてやる

 ラッキースケベ

(※ちゃん乃亜、夏の短歌集より抜粋)

 

 ヘタレなりに新たな目標を掲げた乃亜。

 だが……その目論見が叶うことはなかった。


 十数分後。

 2人は岩盤浴の入口で待ち合わせていた。


「乃亜ちゃん、こっちこっち」

「……うっす。お待たせっす……」


 数分間の別れを経て再開した2人。

 その恰好は、作務衣。

 岩盤浴へ入るにあたり、施設から支給されたものだった。


「……岩盤浴って、水着で入るもんじゃないんすね……」

「地肌だとヤケドしちゃうからじゃない?」


 派手なビキニから、土色の作務衣に。

 少なくとも、悩殺は困難な装いである。


「(今日、もう無理かも……)」


 乃亜は、心の折れる音を聞いた。



 つづく

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