第52話 ラッキースケベ(故意)の向こう側
乃亜は苦悩していた。
本日の目標は、悩殺。
しかし今、梶野と2人きりというチャンスながら、身にまとっているのはビキニでなく色気の欠片もない作務衣。
梶野へ女性としても魅力を大アピールするつもりが、台無しである。
「それじゃ入ろうか」
「ういーす……」
梶野と乃亜はそろって岩盤浴場に足を踏み入れる。扉を開いた瞬間、むあっとした空気が2人を包んだ。
ひとり分の横になれるスペースがずらりと並ぶ空間内。中にはカップルらしき男女も多く、隣同士で寝転んでいる。
「(あれ、意外と悪くない雰囲気……そうか、そうだよね!露出が無くたってアピールってできるよね!)」
乃亜は再度心を燃やす。
「(よく考えたらお揃いの作務衣も、なんか夫婦感あって良いし……あっ、あそこのカップル、隣同士で足めっちゃ絡ませて……いやエロ!あんなんもうセッ○スじゃん!)」
「乃亜ちゃん、あっちの方すいてるみたい。行こう」
「押忍!岩盤シバいちゃいましょう!」
「ケガするからやめた方がいいよ」
スケベの教科書を目の当たりにした乃亜は、心の中でカップルに感謝を述べつつ、梶野と共に端っこの方へ向かう。
並んで横になる2人。
顔は仕切りで見えないが、梶野の弛緩した声が聞こえてきた。
「はー気持ちいい……」
対照的に乃亜は、落ち着かない様子だ
「(隣同士で寝るって……もうこの時点でセッ○スじゃん……)」
だいぶ思考がおかしくなっていた。
たかだか岩盤浴で隣同士に寝ているだけだが、謎の興奮と緊張から数分間、身動きが取れずにいたヘタレ乃亜。
「(ギャル……アタシはギャルなんだ……教科書通りにやればいい……ぬるりと足を絡ませて、そう!セクシーアピール!)」
やっと状況に慣れてきた乃亜。
ついに、行動に出る――。
「……つん」
つま先で、梶野の足をちょんと突く。
それだけ。
悩殺とはほど遠い、ただのかまってちゃん行為である。
一度恥ずかしいと思ってしまったら、立て直すまで時間がかかるらしい。
よってそれが、現在の乃亜の限界だった。
「つん、つん」
しかし梶野は無反応。
擬音を口に出しちゃう可愛いヤツまで披露しているにも関わらず、無反応。
仕切りからそっと梶野の顔を覗いてみる。
「……くかー」
「(はい、寝てま〜〜〜す!!このパターン何回目〜〜〜!!?)」
前日も夜遅くまで仕事をしていたらしい梶野。万年寝不足であるため、の○太並みに入眠が早いのだった。
だが、これはチャンスでもある。
乃亜は真っ先に思い立った。
「(あ、いま頭皮嗅ぎ放題じゃん)」
ちょうど梶野は現在、乃亜に後頭部を向けて眠っている。
乃亜は音を立てずゆっくり、梶野の後頭部に顔を近づけていく。
そうして匂いを感じ取れるほど接近した、次の瞬間だった。
「うぅん……」
「!!?」
寝返りを打った梶野。
乃亜の目の前には、後頭部から一転、梶野の顔。ぐっすり眠っていて、乃亜には気づいていない。
鼻と鼻の間は、数ミリほど。
もはや唇が重なってもおかしくない距離。
乃亜は顔を真っ赤にしながら、ゆっくりゆっくりと自分のスペースへ戻っていくのだった。
「(危なかった……色々と危なかった……一瞬キスされるかと思った……)」
梶野へセクシーアピールするつもりが返り討ちにあった乃亜。
その後はどっと疲れが出て、気づけば梶野と同様に眠ってしまった。
どれほど時間が経っただろう。
ふと、乃亜は体に違和感を感じた。
「(……ん、なんか足がモゾモゾ……誰かに触られてる……?)」
目を開けて確認しようとしたその直前、乃亜は理解する。
触られている方の足は、梶野側の足。
つまり……触っているのは梶野。
「(カ、カジさんがそんな痴漢みたいな……でもそれってつまり、アタシの体に魅力を感じてるってこと……?)」
すると乃亜の足を触る手が、どんどん上に登っていく。
太ももから、脇腹、そして更に上へ……。
「(マ、マジでカジさん!?こんな公共の場で……流石にニューエラすぎるって!どうしようどうしよう……)」
逡巡していたところ、ついにはその手が、乃亜の胸にさしかかる。
そこで、とっさに起き上がった。
「カ、カジさん流石にそれは……っ!」
が、そこで乃亜は思わぬ光景を目の当たりにする。
乃亜の体に触れていたのは、4〜5歳くらいと思しき女児だった。
現在あどけない顔で、乃亜の乳をペチペチとタッチしている。
「だ、だれっ!?」
乃亜の声に、寝ていた梶野も反応。
目をこすりながら仕切りから顔を出す。
「んー、乃亜ちゃんどうした、の……」
眠気まなこの梶野が見たのは、女児に乳を揉みしだかれる乃亜。
「あ、ちょ、カジさん、見ないで……んっ」
「わああ、ご、ごめん!」
梶野は慌てて顔を背けた。
期せずして発生したラッキースケベ。
しかしもはやそれはどうでもよかった。
この子は一体どこの誰なのか。
つづく
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