第53話 誰にでも優しいギャルちゃん

「だ、だれ!?」


 自身の胸を揉みしだく女児に、乃亜は目を丸くしていた。


 するとその女児も、乃亜の顔、そして胸を見て、きょとんとする。


「……まちがった」

「え、なにが?」

「ちょっと小さい」

「あぁ!?」


 女児はフゥーと何故かため息を漏らし、乃亜の胸から手を離した。

 聞き捨てならない発言に乃亜は怒り心頭。


「キサマっ、ただで触っておいて小さいとは何事だ!そこそこあるっちゅーねん!だよねカジさん!?」

「いや僕に聞かれても……ていうかその子は誰なの?」

「知らないっすよ〜突然現れて……」


 梶野が岩盤浴場内にいる人々に尋ねたものの、誰も知らないという。


「君、名前は?」

「ヒメ」

「お母さんとかお父さんは?」


 ヒメは他人事のような顔で首を傾ける。


「迷子かなぁ。とりあえず、迷子センターに連れて行こうか」

「……そっすね」


 放っときやしょうこんな無礼なガキ……と言いかけて、とどまった乃亜である。


 だが何故かヒメは言うことを聞かない。


「ほら、一緒にお母さん探しに行こう」

「だいじょぶ。まいごじゃない」

「いや迷子だよ、アンタは。自覚を持て」

「まいごちがう!センニュウカンやめて!」

「変な言葉知ってるな……」


 このままでは埒があかないと、梶野は係員を呼びに岩盤浴場から出て行った。


 残された乃亜は、4〜5歳のヒメに向かって大人気ない態度で接する。


「ちょっと、アンタのせいで貴重なカジさんとの時間が削られちゃったじゃん」

「ねてただけじゃん」

「う、うっせえ!これから色々と発生する予定だったの!」

「いろいろって?」

「そりゃもう、ガキんちょには刺激が強すぎる、あんなことやこんなことよ」

「た○まきゅういんとか?」

「強すぎるわ刺激。どこで覚えたんだそんな怖い言葉」


 するとヒメは無言で乃亜の前から立ち去ろうとする。


「ちょい、どこ行くん」

「ママとレナちゃん探す」

「レナちゃんって誰よ。別にいいけどさ、ここで待ってた方が良いと思うよ?」

「ヤダ」

「あっそ」


 岩盤浴場からひとりで出て行こうとするヒメ。その背中を見ながら乃亜は、ため息をついて寝転がる。


「(目を離したスキにどっか行ったことにしちゃお。あんな生意気なガキに構ってる余裕ないし)」


 あまりに無責任な思考だが、乃亜に悪びれる様子はない。


 ギャルぞ、アタシは。

 ギャルがガキの子守りのせいでチャンスをフイにするなんて、ありえない(大偏見)。


 梶野と2人きりでいられる時間も残り少ない。迷子の心配をしている暇はないのだ。


 ふと、ドアを開いたヒメが一度、チラリと振り返る。


 1秒にも満たない、乃亜を見つめる視線。

 そしてヒメは岩盤浴場から去っていった。


「…………」


 いや……ギャルぞ、アタシは。

 ギャルは自分のことしか考えない(偏見)。

 ギャルが、人助けなんて……。


 またひとつ、乃亜の口から大きなため息が放出された。


「おいヒメ公」


 ガラの悪い声が、ひとりで廊下を歩くヒメを呼び止める。


 乃亜はひどく面倒臭そうな顔で、追いかけてきていた。


「アンタの親探し手伝うよ。その代わり見つけた暁には、アタシがどれだけアンタに優しく接したか、カジさんへと事細かに伝えること。分かったな?」


 セコいギャルである。

 ヒメは呆れるような目をする。


「あのおじさんのこと好きなの?」

「さあね」

「あんまりカッコよくないよ?」

「愚かな女児だねぇヒメ公は。分からないかなぁ〜カジさんの魅力が」

「どこがいいの?」

「どこが?うーん……」


 乃亜は少し考えたのち、ポツリと呟く。


「目かな」

「目?」

「優しくて、温かくて、でもたまに鋭くて……その目でアタシを見ていてくれるから、安心して生きていられる。そんな目」

「……わかんない」

「だろーよ。まあいつか分かるかもね」


 そこまで話し、乃亜は手を差し伸べる。


「さ、とっととママとレナちゃん探すよ。ていうかレナちゃんって誰だよ」

「レナちゃんはカッコいい」

「答えになってねえよ。まあいいか。どうカッコいいの?どんな人か教えてよ」

 

 そこでヒメは、初めて乃亜に笑顔を見せる。手を握ると、愉快そうに話し出す。


「レナちゃんは、おっぱい大きい!」

「まずそこなのか」

「あとはね、ヒメのいとこ」

「それが一番大事じゃね?」

「あとは〜」

「いた!ヒメ!」


 背後から聞こえた声。

 ヒメは振り向いた途端、表情を晴れさせる。


「あっ、レナちゃんいた!ママも!」

「え、あれがレナちゃん?」


 ヒメに駆け寄る女性を見て、乃亜はまずひとつ思う。


「(乳、でっか)」


 ヒメの発言にウソは無かったようだ。

 そしてもうひとつ気づいたこと。派手な髪の色が、乃亜と非常に似ている。


 それに気づいた瞬間、乃亜は理解する。


「(アタシのことレナちゃんと勘違いしたから、岩盤浴場でくっついてきたのか)」


 その際の、乃亜の胸への「ちょっと小さい」発言も、レナちゃんのソレを見た後なら頷けるというものだ。


「乃亜ちゃん、良かった〜」

「あれ、カジさんも?」


 レナちゃんとヒメの母親らしき女性と共に、何故か梶野もいた。


 聞けば梶野は係員を探している途中で、彼女らから小さな女の子を見なかったか尋ねられたらしい。


 特徴が一致していたことから早速2人を連れてきたというわけだ。

 

 乃亜も岩盤浴場から出てきた経緯を話す。レナちゃんは「天邪鬼なヒメらしい」と言って乳を揺らしながら笑っていた。


 そうしてレナちゃんとヒメの母親に深々と頭を下げられたのち、彼女らと別れる。


 しかし不意に、ヒメが梶野の元へ駆け寄ってきた。彼女はじっと目を見つめる。


「…………」

「どうしたのヒメちゃん?」

「あのね、このおねえちゃんね、わたしにすごいやさしくしてくれたよ」


 乃亜を指差し、舌足らずながらも必死に説明するヒメ。

 彼女なりに、約束を果たしたのだった。


「あとね、おっぱいも小さくないよ」

「いやそれはいいわ!」


 ヒメらの背中を見送ったのち、梶野が乃亜に優しく微笑む。


「優しいね乃亜ちゃん」

「うへへ……ギャルなのに、柄にも無く人助けしちまいやした」

「ギャルなのにって、何それ」


 謎の主張に梶野は声を出して笑った。


「でもさ、誰にでも優しいギャルっていうのが、一番カッコいいよね」

「……あはは、そうすか?」

「そうだよ、カッコいいよ乃亜ちゃん」


 賛辞を受け、妙に照れくさくなる乃亜。

 そこで、今こそチャンスだと勘付く。

 

「じゃあご褒美に、頭撫でてください」

「えぇ、ギャルなのに?」

「ギャルでも頭を撫でられたいのです!」

「まぁいいけど……」


 そう言って腕を上げた瞬間、乃亜は懐に潜り込み、梶野の体に思いきり抱きつく。


「うわっ、ちょっと……」

「えへへ〜、ギャルなんで、ウソとか余裕でついちゃいますし」

「偏見がすごい……」


 それでも梶野は引き剥がしはしなかった。

 乃亜は思う存分、梶野の体温や肉感、そして匂いを堪能していた。


 ふと、梶野が恥ずかしそうに告げる。


「……なんか乃亜ちゃん、体熱くない?すごい熱が伝わってくるような……」

「え、そうすか?岩盤浴いたからかな……あ、それといまノーブラだからかな」

「え……ノーブラ……?」

「うん。だって替えの下着1枚しかないし」


 作務衣を介し、押しつけ合うお互いの胸。

 梶野は徐々に顔を赤らめていく。


 先ほどヒメに「おっぱいも小さくないよ」と謎の報告をされたせいか、余計に意識してしまっていた。


「……もうそろそろ良いんじゃないかな」

「え〜、もっと良いじゃ〜ん」


 積極性が戻ってきた乃亜は、その後しばらく、梶野から離れなかった。


 


「あ、来た!遅いよ2人とも!」

「約束の時間から20分も過ぎてましゅ!」


 再び水着に着替えた乃亜と梶野が集合場所に着くと、えみりと神楽坂は頬を膨らませて待っていた。


「ごめんごめんー。ちょっと予想外の事態が起きて……」

「え、それってどういう……」

「ええい、話は後だオマエら!」


 乃亜はまったく悪びれず、むしろ不遜な様子で語り出す。


「こんなことで無駄な時間を過ごしている時間は無い!今日は徹底的に遊ぶぞ!」

「急にどうしたの乃亜ちゃん」

「遅刻したくせにー」


 梶野へ女の魅力アピールというノルマを達成した乃亜。

 彼女は現在、夏休みの宿題を終えた小学生のように、解放感で溢れているのだった。


「さあ行くぞ!夏はまだまだこれからだ!」


 そうして4人は、夕刻の閉館ギリギリまで遊び続けるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る