第48話 JKと温泉とワイン
「奇遇ですねぇ。彼女さんとですか?」
「いえ。親戚の子とその友達を連れて……」
梶野は水着姿の女性ら数名と談笑していた。
顔見知りではあるらしい。
「ここのレストランにある火鍋がすごく美味しいらしいんですよ。あ、梶野さんも良ければ一緒にどうですか?」
「んーどうしよう、子供らを見てないといけないんでねー。ほぼ保護者みたいな感覚で来てるんですよー今日は」
「ならその子達も一緒に……」
「カジさ〜ん???」
一団の前に突如現れた、派手な髪色のグラサンギャル。
濃い色のレンズで瞳は見えないが、憤っていることは不思議と伝わってくる。
ギョッとする女性らとは裏腹に、梶野はわりかしすぐに気づいた。
「うわっ乃亜ちゃんか……一瞬誰かと……」
「うふふ〜、すみませぇん。でもカジさん、みんな待ってますよ〜」
「あ、そうだね、ごめん。それではすみません、失礼しますね」
挨拶には応えながらも、女性たちはまだ少し呆気に取られていた。
乃亜はズンズンと足音を立てながら、えみりと神楽坂の元へ戻っていく。その少し後ろから、梶野もついていく。
「いやーびっくりした。割引券くれたお得意様の会社の人なんだよ、あの人たち」
「そっすか〜」
「まさか、こんなところで遭遇するとは……本当に焦ったよ〜」
「そっすね〜」
若干怪しい香りもしたが、逆ナンかどうかで言えば微妙なところだ。
それでも乃亜の機嫌が直らない理由は、少し前の梶野の発言にある。
『子供らを見てないといけないんでねー。ほぼ保護者みたいな感覚で来てるんですよー今日は』
「(子供って、保護者って……まあアタシもさっきカジさんのこと保護者って言ったけど……なんかなー!なんだかなーーー!)」
まさに子供のようなことで頬を膨らませる乃亜。
このセクシーな水着が見えないのか。
このファビュラスな谷間が見えないのか。
くそぅ、くそぅ。
「(えみり先生が言ってた通り、今日のカジさんは完全に保護者って意識なのかなぁ。カジさんにとってアタシは、どこまでいっても子供なのかなぁ……)」
カチ込んだ時とは打って変わって、シュンとする乃亜。
そんな乃亜の表情も見えない梶野は、能天気な口調で告げた。
「でも助かったよ、乃亜ちゃん来てくれて」
「え?」
「あの人、社交的で良い人なんだけどねー、誰彼構わずグイグイくるタイプで、断りにくかったんだよ。割引券くれた人だから無下にもできないし」
「……なら、あの人たちと一緒にいても良かったんじゃないすか?アタシたちは別に、保護者なんていなくても大丈夫ですし」
「やだよー、こんなところでまで仕事上の関係を持ち込むなんて。保護者は保護者なりにちゃんと楽しみたいよ」
「……そっすか。子供っすねカジさんも」
「そうだねぇ」
えみりと神楽坂は、更衣室近くの足湯ゾーンに並んで座っていた。
「あ、来た来た。遅いよ了くん」
「何やってたんですか〜梶野しゃん」
「ごめんごめん、ちょっとね」
そうして4人揃ったところで、ひとまず施設内を散策してみることに。
「カジさんっ、ワイン風呂ですって!どんなのかな?酔っちゃうのかな?」
「あー、じゃあ乃亜ちゃんは入らない方がいいかもなぁ、前科あるし」
「えー酔った時のアタシそんな変だった?」
「変だったよ。突然クイズ大会を始めるし」
「それは変だな……」
2人のすぐ後ろを歩くえみりと神楽坂は、乃亜を見つつコソコソと会話する。
「乃亜ちゃんの機嫌、もう直ってるね」
「ね、あんなに怒ってたのに。何か良いことでもあったのかな?」
最初に4人が向かった先は、乃亜ご所望のワイン風呂。
直径15メートルほどの浴槽には真っ赤なお湯が張られ、湯気も立っているため、血の池地獄のようにも見える。
混雑している施設内だが、ここは比較的空いているようだ。
「うーわっ、すごい!赤い!」
「ワインの匂いもけっこう強いね。えみりなんか酔っちゃうんじゃない?」
「全年齢OKって書いてあったもーん」
「確かに、匂いで一瞬クラっとした……」
思い思いの感想を述べ、入浴。
途端に4人の表情が緩んだ。
「ちょっとぬるめだね」
「でもそれがちょうど良い……あぁこのまま寝ちゃいそうだわ」
「早いよ了くん、まだ来たばっかだよ」
梶野とえみりの会話を微笑ましそうに聞いていた乃亜。
だが次の瞬間、彼女は大変な事実に気づく。
「(す、すごい、カジさんの乳首だ……)」
逆ナン騒動のせいですっかりスルーしていたが、無論梶野の水着姿は初見。
初上裸、初乳首だ。
梶野の「男」の部分を意識してしまったことで、乃亜の中で欲が芽生える。
「(今のカジさんは半裸……つまりダイレクトに、嗅げる……!)」
香月乃亜はとにかく嗅ぎたい
ワイン風呂編
「カジさはぁ〜ん、クイズで〜す!」
ヘロヘロな口調を装う乃亜。
ワインの匂いが充満しているこの状況を利用し、本人は覚えていないが酔っ払ったらしいあの日をリバイバル。
これはもう、勝ったも同然。
「アタシはいま酔ってるでしょうか〜?そ・れ・と・も〜……」
「酔ってないよね、まったく。酔ったフリしても無駄だよ」
「え〜〜もうバレた〜〜〜!?」
香月乃亜はとにかく嗅ぎたい
ワイン風呂編(完)
仰天する乃亜に、梶野は冷静に告げる。
「全然顔赤くなってないし、何より酔った時の乃亜ちゃんは、もっと支離滅裂だった」
「くそ〜〜もっとだったか〜〜〜!」
「今のも十分、支離滅裂だったけど……それよりもヤバいの?」
「ヤバい。夢を見てるのかと思ったからね」
「1回見てみたい……酔っ払い乃亜ちゃん」
ゴクリと生唾を飲むえみりであった。
「そもそも、全年齢入れるような風呂で酔っ払うなんてことないでしょ、普通」
「まぁそっすよねぇ〜」
「私でも大丈夫だし、高校生なら全然……」
ふと、先ほどから1人、会話に参加していないことに3人は気づいた。
こちらに背を向けている神楽坂。不気味なほど静かに佇んでいる。
「か、神楽坂?」
乃亜が呼びかけると、ゆっくり振り向く。
「なぁにぃ?」
その顔はほんのり赤く、キツネのように切れ長な目はトロンとしていた。
思わず言葉を失った3人。
乃亜が代表して、その心境を口にした。
「うっそーん……」
つづく
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