第18話 えみりちゃん(小6)は正論マン

 梶野の姪・えみり襲来ショックが尾を引く中、3人と1匹はリビングに集まる。


 ひとまず梶野がえみりに尋ねた。


「急に来て、どうしたんだ?」

「ずっとタクトが心配だったんだよ。了くん忙しいからお世話できてないと思って。だから久々に、塾の帰りに来たの」

「でももう7時だぞ。帰らなきゃいけない時間だろ?」

「お母さんには連絡した。帰りはお父さんが迎えに来てくれるって」

「そ、そっか。でも今年は受験だろ?あまり気を遣わなくても……」

「はいこれ」


 えみりが渡したのは、模試の結果。

 燦然と輝くA判定の文字に、梶野はパッと表情を晴れさせる。


「わっ、すごいじゃん。偉い偉い」

「すごーいアタシこんなの初めて見た。話し方からして違うと思ってたけど、えみりちゃん頭良いんすねぇ」

「昔から賢かったからなぁ。ご褒美に今度ケーキ買ってあげるよ」

「アタシもケーキ食べたい!この前のヤツ!」

「あれ美味しかったね。また買ってくるよ」

「やっぴー!カジさん大好きー!」


 瞬く間に弾む梶野と乃亜の会話に、えみりはジト目。

 2人はすかさず口を真一文字に閉じた。


「だから今日くらい、タクトと遊んだっていいでしょ。ね、タクト?」


 えみりの呼びかけに、タクトは嬉しそうに顔を舐める。

 乃亜が梶野家に来る前まではしょっちゅう遊びに来ていたこともあり、えみりとタクトの関係は良好だ。


「まぁやることやってるなら良いか」

「アタシも宿題やってましたよ!偉いですよねカジさん!?」

「偉い偉い。分からないところは無かった?」

「それがなんと3問もありました!カジさんも教え甲斐がありますね!」

「自分で言わないの。教えても良いけど、嗅がないようにね?」

「…………」

「返事は?」

「…………」


 えみりが咳払いすると、2人は再びハッとして会話を断ち切る。


 いよいよもって、えみりが尋ねた。


「それで、2人はどういう関係なの?」


 梶野は乃亜との交流のきっかけについて、大まかに説明した。

 小6には刺激が強すぎる『パパ活』というワードは避けながら。


「……じゃあ結局、了くん1人じゃタクトのお世話はできなかったってことじゃん」

「それは……返す言葉もない。一応頑張ってやってたんだけど」

「だから拾った時に言ったのに。ちゃんと責任持って飼えるのって」


 この姪っ子、お母さんじゃね?

 乃亜はしみじみと思った。


「また私が来ようか?了くんち、ウチと塾の間にあるから来やすいし」

「いやそれは……」

「大丈夫マインドですよねカジさん!マジ鬼ったけご遠慮の民ですよね!?」

「乃亜さんは何語を喋ってるの?」

「え、これ流行り言葉じゃないの?」

「いや、ひとつも聞いたことない」

「乃亜語だったのか……」


 乃亜が必死に制する理由は明白。

 梶野との2人きり空間を守るためだ。


「(このJS、アタシとカジさんの間に割って入ろうったってそうはいかんぞ……親戚だからって了くん呼びなんて、羨ましい……)」


 小6相手に好戦的になる乃亜である。

 しかしその様子を見たえみりは、納得するように目を細めた。


「……さっきも言ったけどさ、女子高生を家に入れて大丈夫なの?」

「それはほら、お隣さんだからちゃんと交流しておかないと。災害があった時とか助け合えないでしょ?」

「うっわカジさん鬼良いこと言った!それ大事な!ほんそれ大事〜にゃ!」

「にしても、毎日来るのは過剰じゃない?」


 うぐ……と梶野と乃亜は押し黙る。


「でもほら、勉強を見てるのもあるし」

「そう!カジさんに言われてから学校もちゃんと行ってるし、宿題もやってる!」

「どっちも当たり前のことじゃない?」

「ぐうう……でも、カジさんに料理作ってあげて、役に立ってるしぃ」

「何を作ってるの?」

「か、唐揚げだけですけど……」

「食べたいものだけ作っていたらダメだよ。ちゃんと栄養も考えないと」

「……ぐす」


 正論アンド正論。

 小6のまっすぐな意見に完全ノックアウトの乃亜。流れるようにタクトの背中に顔を埋め、モフモフする。


「タクトォォ……アタシってダメ人間なんすかー?教えてタクトォ……」


 むせび泣く乃亜に、タクトは「知らんけど」といった顔をしていた。


 そこへ、梶野が「宿題といえば……」と思い出したように言う。


「時期的に、そろそろ定期試験じゃない?宿題だけやってたらダメだよ?」

「ぎくっ……」

「一応言っておくけど、1教科でも赤点とったら謹慎だからね?」

「うええぇぇぇ!」


 梶野からの更なる追撃。

 だがそんな傷だらけの乃亜を擁護するのは、まさかのえみりだ。


「ダメだよ了くん」

「え?」

「勉強嫌いな人に、ネガティブな罰ばかり課すのは教育上良くないんだよ?」

「えみり、ちゃん……?」


 えみりを見つめる乃亜の瞳に、光が差す。


「それに、勉強の習慣がない人が1人きりでやるのって、すごく大変なんだよ。分かってあげなよ」

「えみりちゃん……ッ!」

「だから今度一緒に勉強しようね。私は教えられないけど、一緒に頑張ろう?」

「えみりさん……ッ!」

「(耳打ちで)2人のするほどは来ないし、来たらするからさ」

「えみり先生!!!」


 ガシッと抱き合う乃亜とえみり。

 高1と小6の美しい友情が誕生した瞬間だ。


 ただ梶野は釈然としない。


「でもえみりにはえみりの時間があるだろ?大丈夫なのか?」

「勉強とかは大丈夫だって。来るとしたら塾の後だろうし。それに、了くん的にも私がいた方が良いと思うけど?」

「どういうこと?」

「私と乃亜ちゃんは友達で、乃亜ちゃんは私に会いに来てるってことにすれば、多少聞こえは良くなるでしょ?」

「え、えみり先生……!」


 ついには梶野までも感銘を受け、姪っ子と固く握手する。


 妙な一体感が生まれた3人。

 タクトは「仲良くなれて良かったねぇ」といった呑気な顔で眺めていた。

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