第30話 良いことあるって日菜子さん!
どうも皆さん、おはようございます。
花野日菜子、24歳です。
私には座右の銘があります。
『過去は安い本と同じ。読んだら捨ててしまえば良い』
なにかの映画のセリフらしいです。観たことないですけど。
別に観てなくても座右の銘にしていいですよね。そんなもんですよね、座右の銘って。
過去を抱えて生きる必要はないでしょう。
黒歴史なら言わずもがな。
光り輝く歴史でも、持って歩いていれば、いつまで過去の栄光にすがっているんだと笑われます。
過去なんて安い本と同じです。
こんな本はメル○リにでも出品して、「大事にするので無料でください」とかコメントするヤツにでもくれてやればいいのです。
まぁ、何故そんな思想なのかといえば。
私の過去の大部分が、黒歴史で埋められているからです。
「でねっ、アタシがタクトと河川敷でワッショイワッショイ遊んでる間に、カジさんと神楽坂がワサワサ話してたの!なんか怪しくない!?」
日曜日の昼下がり。
カフェのテラス席にて、乃亜ちゃんは必死に訴えかけてきました。
「ただ2人で話してただけでしょ?」
「そうだけど!なんか怪しい雰囲気がブシャアァッて見えたの!」
「さっきからオノマトペがバグってない?」
休日に8、9歳も年下の女子高生とシバいている茶は、なかなかオツなものです。
パパ活しているおじさまたちの気持ちも分かる気がしますね、なんて。
「あーあ、日菜子さんが同級生だったら楽しかっただろうなぁ」
唐突にこのJKは、可愛いことを言います。
「あはは、なにそのタラレバ」
「ちなみに日菜子さんって、どんな高校生だったの?」
「…………」
笑顔。笑顔笑顔笑顔笑顔。
表情を変えるな、耐えろ私。
「別に普通だよ。フツーの美術部員」
「ウソだー。実はモテたでしょー?」
「いやいやそんなことないよー」
よし、怪しんでいる様子はなし。
私は、過去という名の古本は捨てた女です。
今日も明日もいつまでも、今を一所懸命に生きるのです。
それが私、花野日菜子24歳なのです。
「あれ、ヒナミチじゃん」
不意にかけられた声。
見覚えのある顔が、そこにありました。
直後、氷塊で後頭部をぶっ叩かれたような感覚が走ります。
「あはは……久しぶり矢島、去れ」
「え、なんて?」
しまった、つい本音が。
「ヒナミチとこんなところで会うなんてー。写真撮ろ。同窓会グループに送るから」
突然現れて勝手に2ショットを撮る女に、乃亜ちゃんは首をかしげています。
それを見て矢島はすぐさま告げました。
「ごめんね邪魔して。私、この子の高校の同級生なの」
「えっ、ウソすごい!今ちょうど日菜子さんの高校時代の話聞いてたんすよ!」
「へー、それは偶然だね!じゃあ……」
その時、私はありったけの感情を瞳に込めて、矢島を見つめました。
「(言うな言うなっ、帰れ矢島!金やるから帰れ!ゴーホーム矢島!)」
すると矢島は、分かってくれたようで小さく頷きました。
そして、慈愛の込もった笑顔で告げます。
「じゃあ、ヒナミチが毎日アロハシャツで登校してた話はもう聞いた?」
「矢島ァーーーー!!!」
そうして捨てたはずの本は、開かれました。
矢島は図々しくも、私たちのテーブルに入り込んできました。
「アンタはここにいて良いの、矢島」
「彼氏がどこか待ってるはずだけど、良いよ。こっちの方が面白そう」
不憫な彼氏よ、早くこいつを見つけてくれ。
「それでそれで!アロハシャツの話聞かせてください!」
乃亜ちゃんは矢島を大歓迎。
そりゃあんなイントロ聞かされれば、気になるでしょうね。
「言った通りだよ。毎日ブラウスの上にアロハシャツ着て学校来てたの」
「やばっ、日菜子さん鬼アバンギャルド!校則は大丈夫だったんすか?」
「いやダメだよ。だから毎日校門で先生に没収されてさ、一時期は生徒指導室がアロハシャツ専門店みたいになってたんだよ」
爆笑の乃亜ちゃん。そして自暴自棄の私。
とりあえずワインボトルを1本注文した。
「とにかく大人に反抗しまくってたね、あの頃のヒナミチは」
「そのヒナミチって何ですか?」
「あぁそれはね、高1の初めの頃、ヒナミチが突然赤髪で登校してきて」
「すごい、もう面白い」
「明日までに戻さないと無理やり黒染めするぞ、って怒られたんだって。そしたら次の日、素人じゃ染め直せないくらい短い、真っ赤なスポーツ刈りで登校してきたの」
「桜木○道じゃん!」
「そう、だからヒナミチ」
アルコールは人を穏やかにしてくれます。
オシャレなカフェでワインを飲みながらのんびり。そのために私はここにいます。
だから絶対に、空き瓶で人を殴ってはいけません。絶対にです。
「他に伝説はないんすかっ?」
「そうねー。親子ゲンカがハードすぎて、近所の人が有志で土俵を作った話とか?」
「もう意味分かんない!どういうこと!?」
「ヒナミチと父親って頻繁に喧嘩してたらしんだけど、それがあまりに激しくてね。いつか大怪我するんじゃないかって近所の人が心配したんだ」
「良い人だね、近所の人」
「だから空き地に土俵を作って、諍いが起きた時はココで決着をつけろって。それから喧嘩の時はそこで相撲を取ってたんだって」
「登場人物みんなおかしい!」
「良い取り組みをするもんだから、喧嘩のたびにギャラリーが増えたらしいよ」
そこで矢島は一区切り、といった様子でアイスコーヒーを口に含みます。
「でも、学校の女子からは慕われてたよ、ヒナミチは」
「あーそれは分かる。カッコいいもんね、我が道をゆくって感じで」
「それと、絵が凄まじくうまかったからね。2年の文化祭で、校門に立てかけるデッカい看板を1人で描きあげてさ」
「うえぇすごい!」
「たまたま来てた画家の先生がそれを見て驚いて、そこから薦められた美術の予備校に行くようになったんだよね」
「あーはいはい、そうでしたねー」
そうして東京の美大に進学。
だんだん若気の至りも抜け落ちて、現在に至ると言う訳です。
思い出話という名の地獄巡りを終え、私は完全グロッキー。
話すだけ話すと、矢島はさっさと彼氏の元へ向かいましたとさ。
私はひとつ、乃亜ちゃんに釘をさします。
「この話、梶野さんにしないでね」
「え〜どうしよっかな〜」
「したら乃亜ちゃんの背中に安○先生の刺青入れるからね」
「怖っ!ヒナミチの顔してる!」
ただここで乃亜ちゃんは、表情から軽薄さを消しました。
「もちろん言わないけどさ、カジさんは絶対、どんな過去でも否定しないで、ありのままを受け止めてくれるよ?」
「……そう思う?」
「うん!カジさんってそういう人!」
「むぅ……」
まるで彼氏を自慢するような口ぶりに、つい「むぅ……」が出てしまいました。
このJKは人懐っこいせいで、たまに恋敵であることを忘れてしまいます。
ひとまず乃亜ちゃんの助言は、胸にしまっておくことにしました。
もしも。もしもですが。
ドス黒くて見るに耐えない私の本を、それでも好きだと、大事にしてくれると梶野さんが言ってくれるのなら。
私はもう、どうかしてしまうくらい、好きになってしまうかもしれませんね。
◇◆◇◆
翌日、月曜日のことです。
昼休み、梶野さんが私を呼び止めました。
どこか神妙な面持ちで、彼は私に告げます。
「花野さん、実は今週末、頼みがあるんだけど……」
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