第60話 行ってらっしゃい日菜子さん!
どうも皆さん、おはようございます。
花野日菜子、24歳です。
世の中、興奮することっていっぱいありますけど、一番興奮するのは好きな人と出張に行く時ですよね。
間違いないですよね。
「あ、おはよう花野さん」
「おはようございます梶野さん!良い天気ですね!」
「そうだね、飛行機も予定通り飛びそうだ」
朝の空港は夏休みとあって浮かれた人々も多く見られます。ただ私と梶野さんは、彼らとは違うのです。
すみませんウソです。
私は若干浮かれています。
事前のアナウンスの通り、本日より私と梶野さんは福岡へ2泊3日の出張です。
なんでも福岡支社にて新たに若いデザイナーを複数人採用したらしく、彼らの教育や本社との連携強化のため、梶野さんが駆り出されました。
私はそのお手伝いといったところでしょうか。
何はともあれ梶野さんと遠出ですよ。
乃亜ちゃんの前では「あくまで仕事だから〜」と平静を装っていましたが、そりゃ興奮するに決まってますよ。
梶野さんは常識的な人ですが、出張という非日常が、彼をどうにかさせてしまう可能性は十分にあります。
福岡といえば美味しいごはんと美味しいお酒。
しかも犬ちゃんのお世話をする必要もないので、ハメを外してもオーケー。
宿泊するホテルは一緒。
部屋どころかフロアさえも違うけれど……私と梶野さんの間で何かが発展した結果、あちゃ〜〜〜なんてことになっても不思議ではないのです。
これぞまさに、流れでヤる。
ただ、それを妨げる要素がひとつ。
福岡へはもうひとり同行するのです。
「おはよー、待たせたかな?」
「おはようエマ。ギリギリだぞ」
「ごめんごめん、空港のトイレって混んでるよねー」
京田エマ先輩。
梶野さんの同期で、営業の女性。
同じく営業同士の連携強化、という名目でエマ先輩も同行するのです。
男女2人きりで出張という形は、体裁としてあまりよろしくなかったのでしょう。
妥当な判断ですが、若干の悔しさもあったり。
「さて、では諸君。福岡へと攻め込もうではないかー」
「何しに行くんだよ」
「待ってろ博多豚骨、もつ鍋、呼子のイカ!」
「本当に何しに行くんだよ」
「呼子は佐賀ですよ」
ぞろぞろと飛行機に搭乗。
席に着いて人心地、といったところで隣のエマ先輩がコソコソ話しかけてきます。
「いやぁ悪いね日菜子、邪魔しちゃって」
「……何のことでしょう?」
「水を差すつもりはないからさ、梶野と好きにやっちゃってよ。私は見て見ぬフリできるタイプの上司だからさ」
「エマ先輩?聞いてます?」
「この座席も総務が気を利かせたつもりなんだろうけど、余計なお世話だよなー?」
「さっきからずっと1人で喋ってることにお気づきですか?」
小声でペラペラ、よく回るお口ですね。
確かに、お隣は梶野さんじゃないのかぁ、とは思いましたけどね!
エマ先輩はことあるごとに私の気持ちを察して、時には梶野さんとの仲を取り持とうとします。
その方法はけしてイヤらしくなく、変に梶野さんに察知されることも無いため、正直助かる側面はあります。
ただ――うまく言葉にはできませんが、それを居心地悪く感じる私もいます。
「エマ先輩こそ、いつも梶野さんに楽しそうに絡んでますけど、そういう感情を持ったことないんですか?」
試しに反撃してみると、彼女はヘラヘラ笑います。
「そりゃ無いよー、同期なんて一番メンドくさいし」
「はぁ、そういうもんですか」
しかし小声とは言え、なんて話してしているのか。
梶野さんはすぐ近くにいるのに。
背もたれの間から、後ろの席の梶野さんをチラリと見てみます。
離陸前にもかかわらず、すでにアイマスクと耳栓で完全睡眠態勢でした。というかもう熟睡してます。
よほどお疲れなのでしょう。
温泉テーマパークとやらで乃亜ちゃんと愉快な仲間たちのお守りをしていたのは、つい2日前らしいです。
あの乃亜ちゃんのリベラルでアバンギャルドなビキニをどう思ったのか、尋問したいと思っていたのですが、それはまた今度ということで。
ふと、スマホにメッセージが届きます。
噂をすれば、乃亜ちゃんです。
『博多の夜に抜け駆けしたら、おこの民だよ!』
怒り顔の絵文字がふんだんに盛り込まれていました。
なんだ博多の夜って。
言いたいだけだろ、博多の夜って。
『おイタをしないよう、日菜子さんの脳内に私の霊魂を送り込んでおくからね!変なことしたら霊魂乃亜ちゃんが語りかけるからね!』
いや怖っ。
何この文章、怖っ。電波すぎるよ。
変な思念を送るのはやめてほしい。
ただでさえつい最近も、私の心の中にイマジナリー乃亜ちゃんとかいう謎の存在が現れたというのに。
『そう!霊魂乃亜ちゃん、すなわちイマジナリー乃亜ちゃんは、いつでも日菜子さんを見張り・オン・ザ・プラネットだかんね!』
「(あぁほらもう、変なメッセージ受け取ったせいで出てきちゃったよ)」
『一緒に福岡楽しもうね、日菜子さん♡』
「(消え去ってほしい……)」
そうこうしているうちに、飛行機が振動し始めます。
私と梶野さんとエマ先輩、そしてイマジナリー乃亜ちゃんを乗せ、快晴の空を駆けて福岡へと飛び立ちました。
果たしてこの出張、どうなってしまうのでしょうか。
つづく
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