第61話 気づいちゃったね日菜子さん!

 どうも皆さん、おはようございます。

 花野日菜子、24歳です。


 世の中、興奮することっていっぱいありますけど、一番興奮するのは好きな人と出張先で飲みに行く時ですよね。

 間違いないですよね。


 福岡支社での業務1日目は、つつがなく終了しました。


 梶野さんによる新人デザイナーへの研修、現地のデザイナーから業務状況のヒアリング、営業なども交えたディスカッション。


 梶野さんはもう何度も出張に来ているらしいですが、私は今回が初めてです。

 なので終始新鮮な気持ちで勤めることができました。

 

 そうして終業すると、初日ということで飲み会を開いていただきました。


 私は歳の近い新人デザイナーさんたちと交流。梶野さんは乾杯の前から、福岡支社の陽気なおじさまたちに連れて行かれていました。


 乾杯から1時間が経過した頃。

 私と梶野さんはお手洗いから出てきたところでバッタリと遭遇します。


「お疲れ様です。梶野さん、しんどそうですね」

「ここの人たち強すぎるよ……みんなやけにテンション高いし」

「嬉しいんですよ、梶野さんと飲めて」


 そうはいっても当の梶野さんはグロッキー状態です。


「一旦こっちに退避します?私のところのテーブル、だいぶ出払ってるんで」

「そうしようかな……」


 テーブルに戻ると、だいぶ出払っているどころか誰もいなくなっていました。残っているのは刺身やサラダの残骸のみ。


「あら、みんな別のテーブル行っちゃったみたいですね」

「ちょうどいい、ここで休憩するよ……端のテーブルだから見つかりにくいし……」


 福岡の男たちがよほど怖いらしいです。

 というより、梶野さんが気に入られすぎているのです。


 それにしても、なんて自然に2人きりの状況が出来あがったのでしょう。

 日頃の行いは、こういうところで出るんですね。


『ウソつけぃ!このテーブルから人がいなくなったこと知ってたくせに!そもそもカジさんがトイレ行くのを見かけて自分も追いかけて行ったくせに!』


 心の中のイマジナリー乃亜ちゃんは無視しつつ、私は梶野さんへ甲斐甲斐しくお冷を用意してさしあげます。


「梶野さんって意外と弱いですよね。なのに顔に出ないからみな容赦無いんですよ」

「そう言う花野さんは強すぎるけどね」

「いえいえ私なんて全然ですよ?ほら、前にエマ先輩の家で宅飲みした時、トイレで背中さすってもらったじゃないですか。あの時は本当に申し訳なかったです」

「あったね。でも僕の記憶が正しければ、確かあれは花野さんが1人でワイン2本開けた後だったような……」

『その前にビールとハイボールもいってたよね?』

「シャラップ」

「えっ」

「いえ、いまのはくしゃみです」


 イマジナリー乃亜ちゃんの妨害を受けつつ、楽しくおしゃべりする私と梶野さん。

 

 遠い福岡の地で、しっぽり酒を酌み交わしている男女。

 なんか良い感じじゃないですか?


 梶野さんは芋焼酎を傾ける私を見ると、何故か破顔しました。


「やっぱり、九州の人って強いんだねぇ」

「それは先入観ですよ」

「長崎ってどんなお酒が美味しいの?」

「いやぁ分かんないですねぇ。長崎にいたのは高校生までですから」

「花野さんって高校の時、どんな感じだったの?実はギャルだったとか?」

「いーえ、ごく普通の美術部員ですよー。それよりも、梶野さんこそどんな高校生だったんですか?」


 テンポよく返答していると、梶野さんはクスクスと笑いました。


「花野さんって地元の話になると、途端に話題を変えようとするよね」

「……イエ、ソンナコト……」

「僕の中では、花野さん実は元ヤン説が囁かれてるんだよ、実は」

「そ、そんなわけないじゃないですか!」

『そうだ!元ヤンどころじゃないよねヒナミチは!赤坊主の超問題児だもんね!』

「シャラッ……くしょんっ!」

「変なくしゃみだね、それ」


 梶野さんは少々酔っているせいか、いつもよりも踏み込んできます。

 ただ踏み込むベクトルが、私の望んでいる方向とは違うんだよなぁ〜〜〜!


 話題が危険水域に達する前に、無理やり軌道修正します。


「そういえばこの前行ったんですよね、温泉テーマパーク。どうでした?」

「良いところだったよ。保護者として行くつもりだったけど、普通に楽しめたね」

「それは良かったです。でも今朝の飛行機では爆睡してましたよね」

「それはまぁ、疲れたのは疲れたからさ……10代に合わせるのはキツいよ」

「ですよねー。乃亜ちゃんとか大はしゃぎしてそう」

「最終的には乃亜ちゃんが一番はしゃいでたね。でも、人助けもしてたよ」

「人助け?」


 それから温泉テーマパークでのお話をいくつか聞かせてもらいました。

 乃亜ちゃんと迷子の話、神楽坂ちゃんがワイン風呂で酔った話など。


 なんか、エピソードが若々しいなぁ。眩しいなぁ。

 もしもそこに私がいたら、大きめのプールで足つって死にかけた、ってエピソードが加わってたんだろうなぁ。


「でも、花野さんがいたらもっと楽しかっただろうね」

「……え?」

「あの子たちも、ことあるごとに花野さんの名前出してたしさ」


 笑顔で、なんでもないように話す梶野さん。

 私は、高鳴る胸を押さえながら、尋ねました。


「……梶野さんも……」

「ん?」

「梶野さんも、私がいた方が……」

「いたーーー梶野がこんなところにいたぞーーー!!!」


 突如聞こえた叫びに、梶野さんはビクッと震えました。

 声の主は、エマ先輩です。


「何こんなところで日菜子とイチャついてんだ!ちゃんと福岡側とも交流しろよ!」

「エ、エマ……流石にもうキツいって……」

「いいから行くぞ!ほら日菜子も!」

「……へーい」

 

 エマ先輩……いつもお節介を焼くくせに、ここぞという場面で邪魔して……っ!


 そうして梶野さんと私は、戦場テーブルへ引っ張り出されるのでした。


 ◇◆◇◆


 飲み会がお開きになった頃には、梶野さんは飲まされまくってヘロヘロでした。


「梶野さーん、大丈夫ですかー?」

「うーん……大丈夫……」


 ギリギリ話せてギリギリ歩けているといった様子。明らかに大丈夫ではないです。

 そんな梶野さんを見て、エマ先輩が苦笑します。


「だらしないなー梶野は」

「エマ先輩が悪いんですよ」

「えー、そうかなー?」


 悪びれません、この人は本当に。

 エマ先輩は梶野さんの頭を犬にするようにくしゃくしゃと撫でます。


「仕方ない。2次会には私が行くから、2人はホテルに帰っちゃって」

「あの人たち、まだ飲むんですか……」


 その時でした。

 梶野さんが、ポツリと、呟きます。


 彼はまだ、気づくことは無いでしょう。

 そのたった一言が――私の見る世界を一変させました。


「ありがとう、キョーコ……」

「……え?」


 思考が、一時停止しました。


 私はその名前を、乃亜ちゃんやえみりちゃんから何度か聞いたことがあります。


 梶野さんの、元カノの名前であると。


「…………」


 何事にも動じない、いつでも余裕そうな顔をしているエマ先輩。


 しかしその時だけは、私を見て、明らかに動揺していました。



 つづく

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