第94話 神楽坂がプンッ!

「…………」

「…………」


 乃亜と神楽坂。

 上品な喫茶店の店内にて、視線を合わせては睨み合い、目を逸らす。そんなやりとりを繰り返していた。


「あの2人は何をやってるの?」

「あれはきっと、2人にしか分からないコミュニケーション方法なんだよ」

「あっはーー、フルーツタルト美味しいねぇ」

「ほんと最高。了くん一口食べる?代わりにチーズケーキ少しちょうだい」

「いいよ。幕上ちゃんも食べる?こっち側はまだ口つけてないから」

「じゃ、じゃあもらう……」


 JS2人とアラサー2人は、隣のテーブルの視殺戦を眺めながら朗らかにティータイム。限定タルトやチーズケーキに舌鼓を打つ。


「こっち見ないでもらっていいすか!?」

「き、気が散りましゅ!」


 そんな4人に、乃亜と神楽坂は抗議。


「気が散るって、いま神楽坂ちゃんたちは集中して何をやってるの?」

「にらめっこじゃない?まあ邪魔しちゃ悪いし、僕らは見ないようにしよう」

「あっはーー、ですね」


 そうして4人は乃亜と神楽坂には一切目を向けず、仲睦まじく会話する。

 そんな状況すら、乃亜にとっては羨望の対象となる。


「(アタシも、カジさんのケーキもぐもぐしたい!あえてカジさんが口つけた方を食べて慌てさせたい!!!)」


 下劣な欲望が渦巻くJKである。

 ただ乃亜にとっての原動力が梶野であることに変わりはない。なのでひとまず大人になり、神楽坂に対応することに。


「……名前を知らなかったことは、本当に悪かったよ。その後も開き直ったマインドで、良くなかった。ごめん」

「あ、うん……私も、大袈裟だったかも……ごめん」


 なんとなく、お互い反省した空気が流れる。

 が、めざとい琥珀が指摘する。


「うーん……なーんかまだしこりが残ってる気がするなぁ……」

「いや琥珀ちゃん、そんなわけ……」

「名前だけじゃなくて、もっと根本にあることなの!南さんが悲しんでるのは!」


 声を上げたのは姫芽だ。

 神楽坂と意気投合しただけあり、乃亜への本質的な不満をきちんと理解している。


 その口元にタルト生地の食べカスさえ付いていなければ、緊張感はより増したかもしれない。


「根本にあること……」


 乃亜はふと、先ほどのえみりと姫芽のやりとりを思い返していた。

 えみりが姫芽にそっけない態度を取っていたせいで起こった諍い。


 そして神楽坂はその姫芽と結託した。

 つまり、神楽坂も姫芽と同様の感情を抱いていたのではないか?


「……もしかして神楽坂、アンタへの態度だけ大ざっぱだから、とか……?」

「っ……」


 神楽坂のその反応で、正解だと理解した乃亜。

 苦笑しつつ、述べる。


「それはだってさ……雑なくらいの方が、気兼ねない感じでラクじゃん」

「ラク……」

「素でいられる方がアタシとしては、その……嬉しいし」


 梶野や日菜子といった年上の相手には存分に甘え、えみりや姫芽など年下にはフランクに接する乃亜。

 ただ同い年との接し方は、中学時代の事件がいまだに心に根付いているせいで、難がある。


 しかし神楽坂に対しては違う。

 雑な態度は、乃亜なりの甘えなのだ。


 ただそれは、神楽坂が求める関係性とは、少しだけ異なるらしい。


「……素でいてくれるのは嬉しいし、雑な方がラクならそれでも良いけど……」

「うん」

「本当に雑なのと、実は大事にしてるけどあえて雑に接してるのじゃ、全然違うもん!!!」


 プンッ、と頬を膨らませる神楽坂。

 王子様フェイスには似合わない表情に、乃亜や隣の席の面々も「お、おぉ……」と気圧されるのだった。


 ※ここからしばらく、神楽坂(面倒くさいver)のターン。



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