第85話 琥珀くんはイラストレーター

 梶野をベッドで寝かせると、琥珀はふぅと一息。


「はい。んじゃ黙って寝てください」

「うぅ……あの子らは……てか幕上ちゃんいた……?」

「JKアンドJSは僕が相手しとくんで、了センパイは寝てくださーい」


 ふと、梶野のスマホが点灯する。


「花野って人からメッセきましたね。『大丈夫ですか?』だそうです」

「あぁ……花野さん、僕の体調を心配してたから……返さないと……」

「僕が返しときますよーっと。はい、もう送った。電源も切りました。んじゃ、おやすみでーす」

「うぅ……」


 琥珀にペースを握られ観念した梶野は、言う通り黙って目を閉じるのだった。


 寝室から出た直後、琥珀は3人から一斉に目線を向けられる。特に乃亜の瞳は心配そうに潤んでいた。


「あの、カジさんは……」

「寝たよ。たぶん風邪だろうけど、ヤバそうなら明日病院連れてくよ。今日が金曜で良かった」

「あ、ここに泊まっていくんですか」

「一応ね。キミらが泊まるわけにはいかないでしょ。てかずっと気になってたけど……キミらはどういう関係なの?」


 この質問に、乃亜はギクッと肩を揺らす。


「私は了くんの姪の、梶野えみりです」

「あー!了センパイから聞いたことあるよ、優秀な姪っ子ちゃんがいるって。で、ひめめちゃんはえみりちゃんの友達なのね」

「だから、ひ・め!」


 そして最後に琥珀は、乃亜に目を向ける。


「で、乃亜ちゃんだっけ、キミは?」

「ア、アタシはー、近隣住民というかー……お隣さんです」

「ただのお隣さんが、なんで……」

「ただのお隣さんじゃないッ!」

「…………」

「……的なマインド?あ、あはは……」


 一連の乃亜の態度、ほんのり紅潮した顔を見て、琥珀は何やらニヤニヤほくそ笑んでいた。


「そっかそっか。まぁ後で了センパイにも聞いてみるよ、あっはー!」

「うぅ……」


 ここで、えみりが改めて琥珀に尋ねる。


「それで、一石さんは仰ってた通り、了くんの大学の後輩なんですね」

「琥珀でいいよ。まったく、キミたちはひどいよパワーパフガールズ。大の大人を軟禁して」

「ご、ごめんなさい……」

「まぁこのご時世、見知らぬ男が現れたらあの対応が正解だけどね。しかも僕、髪こんなだし。そりゃ不審者だと思われるわ。あっはーーー!」


 自身が奇人の部類に入ると自覚している琥珀であった。


「そういえばイラストレーターってことは、ペンネームで活動してるんですか?」

「そだよー。眠ちょすって名前だよ」

「変な名前……」

「変ーーー!キビシーね、ひめめちゃんは!あっはーーー!」


 琥珀がひとり盛り上がっている中、乃亜は顎に手を当てていた。


「(眠ちょす……どこかで聞いたような……あっ!)」


 次の瞬間、乃亜は本棚から1冊の本を持ち出してきた。


「やっぱり!眠ちょすってこの画集描いた人だ!」

「あーそれ、僕の画集だよー」


 乃亜が掲げてみせたのは、猫耳少女が表紙の画集。

 かつてちゃん乃亜エロ本探索隊が発見し、梶野猫派疑惑の原因となった1冊だ。


「神楽坂がファンだって言ってた人だ。すげー」

「み、眠ちょす先生のSNS、フォロワー50万人もいる……」

「えぇ!そんな人に、似顔絵描いてもらっちゃったの……?」

「いいのいいの。みんな良いキャラデザだし、描いてて楽しかったよ」

「だからキャラデザ言うなし」

「あっはーーー!」

 

 ここで、えみりのスマホが振動する。


「あ、お父さんが迎えに来ちゃう。そろそろ行かないと」

「んじゃーアタシも帰るの民ー。カジさん寝ちゃったし」

「じゃあ私も……」

「ひめめちゃんは残念だねー。了センパイに謝りたくてきたんでしょー?」

「あ、はい……」


 肯定しつつ、姫芽はなぜか乃亜とえみりを交互に見つめる。そして意味深な、ムッとした表情だ。


「どうしたひめめ、変な顔して」

「ひめめじゃない!うるさいビッチ!」

「またビッチって言ったーー!ひめめテメェそのツインテール引きちぎるぞ!」

「はいはい騒がない。了くんが起きちゃうでしょ」


 えみりに制されつつも、視殺戦はやめない乃亜と姫芽であった。


 そしてそんな乃亜とえみりと姫芽を見て、琥珀は密かに微笑む。


「何やら、入り組んでるっぽいねぇ」

「ん、何か言いました?」

「んーやー別にー。さぁて僕は何してよっかなぁ。イヌちゃんと遊んでるかー」


 琥珀と目線が合ったタクトは「受けて立ちましょう。さあ遊びましょう」と凛々しい顔で立ち上がった。


「琥珀さんは大丈夫なんですか?急にお泊まりなんて」

「大丈夫大丈夫。ハナから今日は了センパイと飲み明かそうと思ってたし。嫁ちゃんにもそう言ってあるから」

「なんだ、そうなん……」


 直後、琥珀以外の3人がシンクロする。


「「「結婚してるのっ!?」」」


 今日イチの驚きを見せる3人に、琥珀は爆笑。


 「あっはーーー!人を見た目で判断したダメだよー、あっはーーー!」


 3人は呆然。

 ふと、えみりが小さく呟いた。


「……こんなパッパラパーな人が結婚してるのに、なんで了くんは独身なんだろう……」


 ――寝室にて。


「……うぅ……流れ弾が……」


 ベッドでひとり寝言を言う梶野であった。



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