第84話 すごい!乃亜ちゃんがラノベのヒロインみたい!

 姫芽の素性や訪問理由は分かった。

 そこで、家主不在のこの家にて居合わせた乃亜・えみり・姫芽の3人は、最大の謎に踏み込む。


「で、アンタは誰なんよ」

「おっ、ついに僕のターンが来たね!」


 いまだベランダに閉じ込められ、窓越しに会話するピンク髪の男。

 そんな状況にもかかわらず、愉快そうに笑う。


「説明に少しでも怪しいところがあったら即通報ですよ」

「ほら見てピンク髪さん、えみり先生のスマホを。もうあとワンプッシュで110番できる状態になってる」


 スマホを掲げながら、えみりは懐かしい表情だ。


「この家でこの画面を表示したのは、これが2回目だよ」

「過去に何があったのよ、梶野……」

「何を隠そう1回目はこのアタシやで」

「近くにいたな犯人」


 そうしてついに、謎のピンク髪男がベールを脱ぐ。


「僕は一石琥珀!了センパイと同じ大学の、2つ下の後輩だよ!」

「それを証明するものは?」

「ない!!!あっはーーーー!!!」

「はい通報」


 スマホに手をかけるえみりを見て、琥珀は「やめてーーー!」と慌てるのだった。


 まだ変質者と断定するには早いと判断し、3人は尋問を続ける。


「仕事は何してるんすか?」

「イラストレーターだよ。フリーの」

「あぁ、だから会社員じゃないって言ったんすね」

「そう言われると、ピンク髪も納得できるような……」

「了くんの出身大学、美大だしね」


 3人の反応を見て、琥珀はニヤニヤと笑みを浮かべる。


「そうでしょそうでしょ?だからほら、そろそろ中に入れてよパワーパフガールズ」

「んーーーいやまだ怪しい!」

「だね。ぜんぶウソかもしれないし」

「自分をイラストレーターと思い込んでるヤバい人かも……」

「ちゃうわーーーい!!!」


 どう転んでも変質者扱いから逃れられない琥珀。窓に顔をへばりつけて泣きつく。


「信じてくれよ〜!ここから出して〜!」

「ねぇ、なんか可哀想になってきたよ」

「でも何も証明できてないし……」

「じゃあさ、イラストレーターだって言うならアタシらを描いてみてよ」


 この突発的な提案に、琥珀は「なるほど、りょーかい」と事もなげに返答。そして小さなメモ帳とペンを取り出した。


「んじゃ、言い出しっぺのキミから」

「さあアタシを描いてみろ下手人よ!アタシの美しさを表現しきれるかな!?」

「このギャル、こういう感じなのね」

「うん、乃亜ちゃんはずっとこういう感じ」


 琥珀は乃亜をじっと見つめ、一言。


「キミ、良いキャラデザだねぇ」

「生身に人間にキャラデザとか言うな」

「毛先のグラデ何色なのそれ。あと八重歯の長さどうなってんのそれ」

「いいから描けぃ!」


 脅された琥珀は粛々と、ベランダにてペンを走らせる。外はもう夜一歩手前になっていた。

 するとものの5分ほどで、琥珀は手を止めた。


「バストアップのラフだけど、はい」


 そうして窓越しに見せた乃亜モデルの絵に、3人は驚愕する。


「うえええうめえええええ!アタシ可愛いーーー!」

「こ、これ……プロの絵だ……」

「すごい!乃亜ちゃんがラノベのヒロインみたい!」


 好反応を受け、琥珀は鼻高々である。


「そうでしょそうでしょ!じゃあ早くここから……」

「次は私!私も描いて!」

「わ、私も、その次に……」

「あ、うん。分かったよ」


 珍しくはしゃぐえみりと、おずおず手を上げる姫芽。女子小学生2人の輝く瞳には抗えず、琥珀は続けて描いていった。


「わーすごーい!」

「これが、私……?」

「えみり先生とひめめの絵も可愛いし、描くスピードも速い……アンタただもんじゃないね!」
「そうでしょそうでしょ!だからほら、証明できたでしょ!?」

「あー……」


 乃亜とえみりと姫芽は顔を見合わせ、おもむろにすんっと落ち着きを取り戻す。


「いや、絵はうまいけど」

「だからって了くんの知り合いとは限らないよね」

「おぉーーーい!!!」


 その時だ。

 玄関から鍵の開く音が聞こえる。


「あ、カジさん帰ってきた」

「良かったね。これで知り合いかどうか判明するよ」

「じゃあキミらの絵を描く必要なかったんじゃね……?まぁいいけどさ」


 リビングの扉が開くと同時に、乃亜は弾ける笑顔で駆け寄る。


「おかえんなさー……って、ぎゃーーカジさーーーん!?」

「りょ、了くん、どうしたのその顔色!」

「あ、ああ、ただいま……」


 満を持して帰宅した梶野の顔は、土色。いつもの社畜フェイス以上に、ただ事でない状態であった。


「ちょっと、体調不良と睡眠不足と過労が重なって……それより、どうしよう……ヤバいな……」


 梶野はフラつきながら、半開きの目でリビングの状況を確認。


「つ、ついに幻覚まで……?いるはずのない人が2人見えるんだけど……」

「幻覚じゃないっすよカジさん!」

「しかも、なんか後輩がベランダに閉じ込められてて……なんだこれ、夢……?」


 そんな梶野に姫芽は大混乱。

 ふと、ベランダからコンコンと窓を叩く音が聞こえた。姫芽は琥珀と目が合った。


「ひめめちゃん、ここ開けて」

「え、あ、えっと……」

「開けて!」

「っ!」


 初めて見せた琥珀の真剣な表情、そしてその強い口調。姫芽はとっさに言う通りにした。


「ごめん、ちょっと休む……ね……」

「きゃあっ、カジさんっ!」

「了くん!」


 その時、梶野がふらりと糸の切れた人形のように崩れ落ちそうになる。悲鳴を上げる乃亜とえみり。


 そこへ――割り込むピンク髪。


「おっとっと!」


 琥珀はベランダを飛び出すと、電光石火で梶野に駆け寄り、肩を貸した。

 そして、ため息。


「あーあ、久々に了センパイと飲めると思ったのになぁ」

「ごめん……琥珀……」

「はいはい。んで、ベッドはこっちすかー?相変わらず色気のない部屋ですねぇ」


 乃亜たちが唖然とする中、琥珀は梶野を支えたまま、寝室へ連れて行く。

 不思議と入り込めない、男同士の醸し出す空気。乃亜らは静かに感じ取っていた。


 不意に、パシャッとえみりがその光景をスマホで撮影する。


「なんか、撮っておくべきかなと……」

「……うん、分かるよ。あとで頂戴」

「……私にも」


 その時、乃亜が真っ先に思ったこと。

 

 これ、神楽坂が好きそうな画だなぁ。



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