第68話 日菜子の恋(前編)

 どうも皆さん、おはようございます。

 花野日菜子、24歳です。


 皆さんはRPGなどのゲームをプレーする際、攻略本を使うタイプですか?


 私はですね、意地でも使わない派です。


 強大なボスや難解な謎解きを前にした時、何度でも試行錯誤し、すべて自分の力で突破しなければ気が済まないのです。


 そんな性格のせいで結局クリアできなかったゲームは何本もあるんですけどね。


 たとえ非効率でも、そのせいでクリアできなくても――。


 私の人生に攻略本はいらないのです。


 ◇◆◇◆


 福岡出張2日目の夜。

 福岡での最後の夜は、私と梶野さんとエマ先輩の東京3人組で飲みに行く約束をしていました。


 ただ6時半を過ぎ、居酒屋にそろっているのは私とエマ先輩のみ。梶野さんは残業のため、少し遅れてくるそうです。


「梶野も今日くらい他のヤツに任せてくればいいのになー」

「自分でやらなきゃ気が済まないんですよ。真面目なんです梶野さんは」

「よく分かってるな、直の後輩は」

「元カノさんほどじゃないですけどね」


 ははは、と笑い流すとエマ先輩はメニューに目を向けました。


 正直、今ここに梶野さんがいないのは好都合です。


「とりあえずビールでいいだろ?」

「はい。料理もおまかせします」

「りょーかい。すみませーんっ、生中2つと海鮮サラダをお願いしまーす!」


 程なくして、まず中ジョッキが運ばれてきました。


「それじゃカンパーイ」

「はい、お疲れ様です」


 2人でジョッキを突き合わせた直後、店員さんがサラダを持ってきてくれます。


「あ、ちょっと待ってください」

「え、はい」


 店員さんを呼び止めると、私は生中を一気に飲み干しました。

 エマ先輩と店員さんは目を丸くします。


「すみません、もう1杯お願いします」

「あ、は、はい」


 店員さんは空のジョッキを持って小走りで去って行きました。


「どうした日菜子、ペース早いぞ」

「いやぁ喉が乾いていたんで」


イマジナリー乃亜ちゃん

『日菜子さんイクね〜!何をしでかす気なの〜〜?』


 その後も私はイマジナリー乃亜ちゃんの煽りも受けて、怒涛の勢いでアルコールを摂取していきます。


 最初のビールが届いてから30分、ハイボールやレモンサワーなど合わせて5杯ほど飲み切ったところで、やっと体から緊張のようなものが抜けていきました。


 酔うまでのコスパが最悪ですね、私って人間は。


「日菜子、流石におかしいぞおまえ……どうしたんだ本当に」

「すみませんねぇ、初出張でハシャいでしまって」

「ハシャいでるのか、それ……」


 ここでエマ先輩が、おずおずと聞いてきます。


「やっぱり何か怒ってるだろ。昼の話のことで」


 昼の話。

 エマ先輩が梶野さんの元カノだとはっきり認めた、あのやり取り。


「……怒っているというより、気持ち悪いことがひとつ、あるんですよ」

「気持ち悪いこと?」


 私はひとつ深呼吸し、心を落ち着けます。


「エマ先輩がこれまでずっと、私と梶野さんの仲を取り持とうとしてきたことです」


 エマ先輩はいつからか、私と梶野さんをくっつけようとしていました。

 もちろん梶野さんには勘づかれないように、ですが。


 それがただの先輩のお節介なら、百歩譲って理解できます。

 しかしそれが元カノによるものなら、話は別です。


「取り持つってほどじゃないだろ。ただ2人が、思ったよりも仲良くなってるから、からかっただけというか……」


 尻すぼみに声がしぼむエマ先輩。


「私と梶野は、なんというか、うまくいかなかったんだ。結構長いこと付き合ってて、楽しいこともいっぱいあったけど……最後は、どうしようもなくなってな」

「何があったんですか、とは聞かない方がいいですか?」

「……あぁ。ただひとつ言えるのは、私が梶野を傷つけてしまった。そしてそれがおそらく、今もあいつの枷になっているんだと思う」


 ドロドロのぐちゃぐちゃな別れ方では無かったと言っていましたが、何のしこりも無いわけではないようです。


「だからさ、こんなこと絶対梶野には言えないけど……私はあいつには幸せになってほしいんだ。皮肉でもなんでもなく、それが本心なんだ」


 エマ先輩にしては珍しい本気トーン。

 私につられてか、彼女も酔いが回っているようです。


イマジナリー乃亜ちゃん

『はいダウト!絶対ウソついてるよこの人!ホントはカジさんと仲良くしてる日菜子さんに嫉妬しまくってるんだって!』


 ついでに私の頭の中の乃亜ちゃんも酔っているようです。世はまさにカオス。


 エマ先輩が続けます。


「日菜子と梶野をけしかけていたのも、そんな感情からかもな。2人とも良いヤツだって知ってるし、この2人がくっつけば安心だなって」

「……なるほど」


 エマ先輩の言葉には説得力があり、話を聞けば『気持ち悪さ』は無くなりました。


 ここで私は、流石に詰め過ぎたと反省の念を催します。

 エマ先輩にも事情がありそうですしね。


 何より、相手は上司なのに何故、私はほんのり喧嘩腰なのか。


 しかし、その時です。

 私が謝ろうとするよりも早く、エマ先輩はこんなことを言ってしまいます。


「でも日菜子だって、図星だろ?梶野のこと憎からず思ってるんだろ?なら、日菜子が良ければ私も手伝うぞ」

「……え?」

「ほら、私は梶野の好みとか、どういう言動行動で喜ぶとか分かってるつもりだし。腐っても元カノだからさ」

「…………」


 あ、どうしよう。

 頭に血が上っていくのが分かる。

 やばいやばい、相手は上司だよ日菜子。滅多なことするなよ日菜子。


「さっきも言ったけど、私は日菜子と梶野が結ばれれば幸せなんだ。だから私にまかせろ、な?絶対に2人をくっつけてやるから……」


 ガンッ!

 気づけば私は手元にあった生中を一気に飲み干し、ジョッキをテーブルに叩きつけていました。


イマジナリー乃亜ちゃん

『あ、ダメだコレ。ヒナミチ出ちゃうコレ』


「……先輩、あんまりナメんでくださいよ」

「え……」


 しつこいですが、何度でも言います。

 攻略本なんて、いらねぇんだよ。



 つづく

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