第4話 JKにマウントを取られた日
「おかえんなさーい♪」
帰宅した梶野を、乃亜が出迎える。
満面の笑みでカバンを受け取ると、人懐っこい口調で話しかけた。
「カジさん、今日はちょっと遅かったっすね。デザインコンペどうでした?」
「うーん、反応は上々かなぁ」
「やったぁ、じゃあお祝いごはんしよ。アタシもうお腹やばいっすー」
2人でリビングのテーブルにつき、コンビニ弁当を広げる。タクトもまた、2人のそばでドッグフードを前にする。
「それじゃーいだだきまーす!」
「うん、いただきます」
梶野の仕事について。
乃亜とタクトの本日の散歩について。
あらゆる話題が食卓に花を添える。
2人を見てタクトは嬉しそうに、またどこか混ざりたそうに尻尾を振っていた。
「ごちそうさまでしたー!」
「うん、ごちそうさま」
梶野と乃亜、タクトはそろってソファにもたれかかり食休み。
梶野家のリビングにまったりとした空気が流れる。
「あのさ乃亜ちゃん。聞いてもいい?」
「なんすかー、カジさん」
梶野は、満を持して尋ねた。
「めっっっちゃウチ来てない?」
『脅迫』関係が成立して1週間。
乃亜はほぼ毎日、梶野家に来ていた。週に2〜3回タクトの散歩をしてくれればいい、という約束だったにもかかわらずだ。
それも決まって梶野が帰宅する時間には散歩を終え、梶野家にいる。
持ち寄ったコンビニ弁当を一緒に食べるのも、もはや日課となっていた。
何を考えているのか謎すぎて、梶野もここまで突っ込めないでいたのだ。
そうしてやっと指摘したところで、待っていたのはJKのシュンとした表情だ。
「いっぱい来たら、やっぱり迷惑ですか……?」
「いやいや!迷惑とかじゃないけど……」
「カジさんが邪魔に思うならアタシ……」
「大丈夫っす!全然邪魔じゃないっす!」
そもそも梶野の中では、この関係は1〜2週間で解消する予定だった。パパ活に対するほんのささやかな罰のつもりだったのだ。
それが何故か乃亜は、今後も続けようとしていた。
ただ正直、タクトの散歩に行ってくれることはもちろん、夕食を共にしてくれるのは嬉しい。
人と話しながら食べるごはんは、やはり美味しい。また乃亜は聞き上手で会話も楽しく、それも良質な息抜きになっているため、その後の仕事も捗っている。
ごはんの後は大抵すぐ帰るため、仕事の邪魔にもなっていない。
一度「ホラー映画1人で見るの怖いから、ここでタクトと一緒に見ていいすか?」と可愛らしいお願いをしてきた程度だ。
一見、メリットだらけのようだ。
だが、とてつもなく巨大なデメリットの存在を、梶野は忘れていない。
女子高生が29歳の男の家に入り浸っている、という状況の危険性だ。
この文章ひとつにさえ、犯罪臭がムンムンに漂っている。
もしも世界が優しくない方向へ転がってしまえば――。
『高1女子を脅迫し自宅に連れ込んだとして、隣人の29歳会社員を逮捕。男は「犬の散歩をお願いしただけ」と容疑を否認している。ネットでは男に対し「これは極刑」「犬を盾にするなんて最低」「変態はいつもすぐそばに」などの声が挙がっている』
一瞬にしてここまで想像した梶野。
身体の芯から震え上がる。
「なんというか……そこまでしなくても、パパ活のことは誰にも言わないよ?」
「いやいやそれは関係ないっすよ。強制されてるつもりないし」
「でもほら、毎日夕食をしに来たら親御さんも心配するでしょ。せめて僕から言っておこうか……?」
「しないよ」
乃亜は冷たく否定する。
「ウチは母親だけだし。あの人、仕事で帰ってくるの遅いから」
「…………」
「カジさんのこと言ったら、絶対にもう行くなって言われるし」
あの人。
この単語ひとつで、乃亜と母親の距離感が把握できる。
梶野も、薄々勘づいていたことだ。
乃亜はずっと家族の話を避けていた。
彼女の言動行動からは、それはもう異常なまでに、家庭の匂いがしない。
そしてどうやら、学校も嫌っている。
乃亜は孤独なのだ。悲しきかなそこまで把握すれば、パパ活に手を出していた理由も理解できてしまう。
「せめて一日の最後のごはんくらい、誰かと食べたくて……」
乃亜は長い睫毛の影を頰に落とす。
人の感情に敏感らしく、タクトはそんな彼女に寄り添う。
「だから、カジさん。この時間だけ、私と一緒にいてくれませんか……?」
「……分かっ……」
「もし拒否するなら、家へ来いって脅迫したこと、言いふらしますから」
「……ん?」
乃亜はスッと立ち上がる。
「なーんて冗談冗談!あ、弁当のゴミ、一緒に片付けちゃうねー」
「あ、うん。ありがとう」
乃亜はスキップするような足取りで、弁当の空箱を手にキッチンへ消えていく。おこぼれに与かれると期待してか、タクトもテコテコついていく。
「……んん?」
残された梶野は、ひとり首をかしげるのだった。
あれ?
おじさん今一瞬、JKにマウント取られませんでした?
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