第76話 ちゃん乃亜エロ本捜索隊の冒険
「…………」
平日の昼下がり。
乃亜はひとり、梶野家のソファに寝転がり、ボーッと天井を眺めていた。
「……そうだ。エロ本を探そう」
何やらほざき始めた。
スクッと起き上がると、そばで眠っていたタクトの耳がピクッと反応。乃亜を見上げる。
「タクト、アタシ今からカジさんのエロ本を探そうと思うんだけど、どう思う?」
タクトは「いや知りませんけど」といった顔で、ふぅ……と鼻息を漏らす。
「知りませんけど、じゃないよ。おまえも手伝うんだよ」
タクトは「えぇ……僕まだ眠いんですけど」といった顔で目を閉じる。
「まだ眠いんですけど、じゃないんだよ。おまえはもう『ちゃん乃亜エロ本探索隊』の隊員なんだよ。ほら起きろ」
乃亜は「おりゃー」とタクトをわしゃわしゃ撫で回し、無理やり起こす。乃亜のウザ絡みには、タクトも小声でウーッとわずかな抵抗を示していた。
そうして、ちゃん乃亜エロ本探索隊が最初に足を踏み込んだのは、梶野の寝室兼仕事部屋である。
「まぁ定石は、ベッドの下だよね」
そもそもエロ本置き場に定石など存在するのかは定かでないが、何となくのイメージが乃亜にはあるらしい。
「さあタクト隊員。潜るのだ、この未開の洞窟へ」
(…………)
「何だその顔は!隊長の命令だぞ!」
(……フゥー)
「何だそのため息は!もういい私が行く!」
乃亜は自らベッドの下に手を突っ込む。
「むっ!これはっ……!」
隊長が発見したものとは……!
「……タクトのオモチャだな」
潰すとペプペプと鳴るボールだった。
まるで興味を示していなかったタクトだが、それを見た途端に興奮し、乃亜の足元で跳ねる。
「無くしたと思ったらこんなところに……ああ待って待って!汚いから、ホコリ拭いてからー!」
一度水洗いし、タオルでよく拭いてからタクト隊員に献上する乃亜隊長であった。
「いや違う!我々はこんなオモチャを探しにきたのではない!」
乃亜はハタと我に返る。
そう、彼女が求めるお宝はオモチャなどではない。
エロ本なのだ。
「まぁでも……『大人のオモチャ』ならむしろ大歓迎マインドな隊長であった」
何言ってんだこいつ。
傍らで隊員がボールで遊ぶ中、乃亜は再度ベッドの下を探索するが、めぼしい成果は得られなかったようだ。
「うーん、ベッドの下は無いか……ていうかホコリたまってるなぁ」
乃亜は服についたホコリを手で払いながら、次なる目的地を模索する。
しかし、まったく見当がつかず。
「仕方ない……情報班に頼るか」
乃亜はスマホを取り出し、電話をかける。
情報班こと神楽坂はすぐに出た。
「はーい、どうしたの乃亜」
「おい神楽坂、男の人ってどこにエロ本隠してるの?」
「ブホォッ!」
何やら飲んでいたものを吹き出したらしい神楽坂。むせながら隊長に抗議する。
「ゲホッ、なに急に……あんたまさか、梶野さんちで探してるんじゃ……」
「ゴタクはいい。早く情報をよこすのだ」
神楽坂は「うーん……」としばし考えたのち、ひとつ思い出した。
「そういえば前に読んだマンガで、本棚に隠してるのを見たことあるかも。カバーを変えたりして、うまくカモフラージュして……」
「なるほど、それは有益な情報だ。流石、実はスケベな神楽坂。助かった、じゃ」
「スケッ……!」
神楽坂が反論する隙も与えず、乃亜は電話を切る。
その後、神楽坂からは1件のメッセージが送られてくるのだった。
『見つかったら、どんな内容か教えてね……』
「やっぱりスケベじゃねえか」
早速乃亜は、同じく寝室にある本棚に目を向ける。
小説や新書などの文庫本が並ぶ本棚と、デザインの教本や写真集など大判本が並ぶ本棚。エロ本があるとすればきっと後者だろうと予想し、乃亜は捜索を開始する。
「んおー難しそうな本。こんなの読んでるカジさんステキー……じゃなくて」
隊長の独り言にも、タクト隊員はもはや反応せず。久々のオモチャに夢中になっていた。
「おおっ、オナゴの裸体だっ!つっても、芸術系ね……」
フォトアーティストによる写真集を見て、一喜一憂。
ふと、隊長はまた別の写真集に心奪われる。
「わぁ、綺麗な街。ヴェネチアだってー、タクト」
世界の美しい街の写真を集めた本だ。本棚には似たようなシリーズの写真集が揃っていた。
「おっ、こっちは絶景だ。こっちは建築。カジさんいいねーセンスあるー」
そうしてしばし乃亜は、写真集を読み耽っていた。
当初の目的など忘れて。
「――はっ!アタシは何を……!」
乃亜が隊長のマインドに取り戻した時、すでに夕方になっていた。タクトもいつの間にか寝室から離脱し、ソファで眠っている。
「しまった、写真集トラップに引っかかったか……やるなカジさん」
勝手に策略家に仕立て上げられる梶野である。
「仕方ない、本日の捜索は打ち切りだな……でも、それよりも……」
実は捜索の途中から、乃亜には気になっていたことがある。
「部屋がホコリまみれすぎる!最後に掃除したの、いつなのカジさん!?」
一見キレイにしているようでも、床の隅やベッドの下、本棚の隙間にはホコリが溜まっていた。
乃亜には、潔癖症の気がある。
そんな彼女にとってこの寝室の状況は許せなかったのだ。
「こうなったら大掃除じゃー!ちゃん乃亜クリーニングクラブ、出動じゃー!」
そう叫びながら、勢いよく立ち上がる。
「その途中でエロ本が見つかっちゃうかもだけど、それは不可抗力ですねー!」
心にはいまだ、エロ本捜索隊隊長のマインドが残っている乃亜であった。
◇◆◇◆
「あれっ?乃亜ちゃん、もしかして掃除してくれた?」
「えへへ〜」
梶野は帰宅してすぐ、リビングがキレイになっていることに気づいた。
「最初は寝室だけやろうと思ったんだけどねー。やってるうちに楽しくなっちゃって、リビングとか水回りにまで手を伸ばしちゃった」
「わーほんと?ありがとう!」
「カジさん、こまめに掃除しなきゃダメだよー」
申し訳なさそうに頭をかく梶野だが、ふと疑問を持つ。
「でも、そもそもなんで寝室を掃除しようと思ったの?」
「え、いやそれは……写真集を見てたからっすよ。街のヤツとか絶景のヤツ。そしたらホコリたまってるのに気づいて……すみません、勝手に見て」
「あぁ、あのシリーズを読んでたのね。僕も好きで、新しいの出るとすぐ買っちゃうんだ」
まさかエロ本を探していたことがきっかけなどとは口が裂けても言えない。
ちなみに家中くまなく掃除(捜索)したが、結局は1冊も見つけることはできなかった。
「(よく考えたら、当たり前だよね。最近はネットがあるから、わざわざ本なんて買わないし)」
ちゃん乃亜エロ本探索隊の苦労は水の泡と消えたのだった。
その時だ。
テーブルに置いてあった乃亜のスマホが振動。2人して目を向ける。
画面に一瞬、受信したメッセージの内容が映る。
『神楽坂:どう?エロ本見つかった?』
「…………」
「…………」
リビングに走る戦慄。
とっさに乃亜を見る真顔の梶野と、梶野から顔を逸らす真っ青の乃亜。
「……掃除って、そういう目的で……」
「いえ、違くてですね……」
神楽坂、あとで泣かす。
隊長はそう、心に決めたのだった。
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