第96話 乃亜が一番言われたくないこと

「乃亜こそ、普通にしてれば誰からも愛されるから、友達なんて簡単にできるのに……ズルいよ」


 神楽坂のこの吐露。

 彼女にとっては本心からの想いなのだろう。


 しかし受け取った本人の反応はというと……。


「……なんだァ?てめェ……」


 乃亜、キレた!


「普通にしてれば友達できるって……その『普通』ってなんだよ。何が普通なんだよ」

「いや、それは……」

「その普通が分かんねえから、こっちは困ってんだろが」

「え……」


 乃亜の瞳は熱く燃え、口元は苦しそうに歪む。


「こちとらいまだ、同年代との距離感が掴めてねえんだよ。毎日探り探りなんだよ」

「う、うそ……」

「うそじゃねえよ。山瀬ちゃんにも皆川ちゃんにも、どう接すれば嫌われないか、必死に考えて話してんだよ」


 それはあまりに予想外だったらしい。

 神楽坂は言葉を失っていた。


「なのに、すぐ仲良くなれたって?アタシがどれだけ空気読み散らかしたか知らないくせに……」

「…………」

「おまえこそ、一番近くにいるくせに、そんなんも分からないのか」

「……っ!」

「アタシがっ、アンタと友達になるために、どれだけ……っ!」


 ここで、乃亜は言葉を止める。

 これ以上は不毛だと、自らブレーキを踏んだのだ。


「…………」

「の、乃亜……」


 言いすぎたと思ったのか、乃亜はスッと立ち上がると、そのまま店内から去っていった。


 神楽坂は茫然。

 隣のテーブルで見ていたえみりと姫芽と琥珀も驚いた様子で無言。


 ただ梶野は、静かに問いかける。


「神楽坂ちゃん、乃亜ちゃんの、中学時代の話聞いたことある?」

「え……いや、ないです……」

「じゃあ僕からは詳しくは言えないけど……乃亜ちゃんは乃亜ちゃんで、いろいろあったんだ」


 梶野は優しく微笑みながら告げる。


「前までの乃亜ちゃんは確かに、友達を作ることを避けていたけど、神楽坂ちゃんと仲良くなろうと決めた時は、それはそれですごい悩んでいたんだよ」

「え……」

「友達の作り方忘れちゃったかも、って相談してきてさ」


 もはや懐かしいとさえ感じる思い出に、梶野はクスリと笑みが溢れる。


「でもその後は、神楽坂ちゃんが一番知ってるよね。乃亜ちゃんなりのやり方で、友達になれたんだ」

「そんな……じゃあ私はそんな乃亜に、普通にしてれば簡単に友達ができるとか、言って……」

「……もしかしたら乃亜ちゃんが、特に神楽坂ちゃんからは、一番言ってほしくないことだったかもね」

「っ……!」


 自分の発言に強い後悔を抱き始めた神楽坂。


 その時だ。

 思わぬ人物が割って入ってくる。

 

「そ、そうだよ!」

「神楽坂さんっ、今のはダメだよ!」

「え……えええっ!」


 神楽坂の後ろのテーブル席から声をかけてきたのは、まさかの山瀬ちゃんと皆川ちゃん。

 半『当事者』は、すぐそばにいた。


「山瀬さんと皆川さん、なんで!?」

「なんでっていうか……私たち、神楽坂さんたちが来る前からずっとこの席にいたんだけど……」

「私たち、そんなに地味……?」


 思わぬ形でショックを受けていたらしい。


「じゃ、じゃあ声をかけてくれれば……」

「だって、なんか変な雰囲気だったし……知らない小学生の子もいたし……」

「あとピンク髪の男の人も……」

「あっはーー、こんにちは山瀬ちゃん皆川ちゃん!僕は不審者じゃないよ!」


 琥珀の元気いっぱいな挨拶に、2人は苦笑する他なかった。


「そ、それより香月さんのことだよ!」

「そうそう!神楽坂さん、ひどいよ!」


 話を強引に戻し、山瀬ちゃんと皆川ちゃんは語っていく。


「そ、そりゃ神楽坂さんがイケメンすぎて、うまくお話しできない私たちも悪いけど……」

「だって神楽坂さんがイケメンすぎるから!壁を作ってるように見えちゃうのは仕方ないじゃん!イケメンすぎるんだよ!」


 皆川ちゃん、渾身の逆ギレである。


「でもそんな私たちに……この前、香月さんは言ったんだよ」

「『神楽坂が寂しがるから、もうちょっとフランクに話してあげてよ』って」

「えっ……」


 思いもよらぬ、乃亜の気遣い。

 神楽坂は息を呑んだ。


「直接神楽坂さんには言わないけど、香月さんは神楽坂さんのこと、すごい考えてるんだよ」

「香月さんが神楽坂さんを大事にしてないなんて、絶対そんなことないよ」

「そんな……乃亜が……」


 神楽坂の、乃亜への先入観が、はがれ落ちていく。

 乃亜は誰よりも、神楽坂のことを想っていたのだ。



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