第41話 いつもそばにいてくれた君
「良かった……見つけた」
カラオケルームに突如現れた梶野。
その姿を見た途端、乃亜は吉水を押しのけて駆け寄った。
「カジさんっ……!」
「乃亜ちゃん、怖かったね……何もされてない?」
「……うんっ、まだ……」
「それじゃ、帰ろう」
「おい待てッ!なんだおまえはッ!」
激昂する吉水は、唇をブルブル震わせながら梶野を睨む。
対して梶野は、呆れたふうに言い返す。
「あなたこそ何なんですか、若い子を連れ回して。これは立派な誘拐ですよ?それに今、何しようとしていました?」
「うるさい!乃亜ちゃんッ、いいのか!?パパ活のこと学校に言うぞ!?」
梶野の背に隠れる乃亜がビクッと震える。
すると梶野が代わりに反論する。
「そんなことしたら、あなたも人生終わりますよ?」
「ぼ、僕が誰だか知らないだろう!?おまえなんかじゃ関わることもない、大企業の重要ポストに就いている人間だぞ!こんな事件、いくらでも揉み消せるんだ!」
「そうですか……株式会社〇〇コンサルティング事業部チーフマネージャーの吉水忠久さんに、それほどの力が?」
「なッ……!?」
「大企業は大企業ですけど、チーフマネージャーって主任とかそのレベルですよね?その人のために、会社が動きますかね。揉み消しとか本当にあるかどうかは別にして」
「な、なんでそんなこと知って……?そもそもなんでここが分かったんだ……?」
もう質問に答える必要はない。
正直、顔も見たくない。
梶野は最後、先ほど撮った写真を掲げながら、あくまで冷静な口調で釘を刺す。
「あなたの立場は分かりましたね?だからもう、乃亜ちゃんには近づかないでください。乃亜ちゃんはもう、パパ活はしない」
乃亜を連れ、部屋を出ようとした時だ。
吉水が引き攣った声で叫ぶ。
「何なんだよッ……誰なんだおまえはッ!乃亜ちゃんの何なんだッ!」
梶野は足を止める。
その質問を答えるのは、あまりに容易い。
乃亜本人が、教えてくれたのだから。
『じゃあ、今日からカジさんはアタシのこと、こう思っておいてください――』
「乃亜ちゃんは僕の、大切な人だ」
◇◆◇◆
「乃亜ッ!」
カラオケ店を出ると、神楽坂が乃亜に駆け寄り、抱きしめた。
「神楽坂も……なんで……?」
「いろいろあったんだよ」
3人でタクシーに乗り込むと、まず梶野が大きなため息をつく。
「はぁ、怖かった……」
「梶野しゃんが言います、それ?」
「いや、怖いものは怖いよ……」
梶野はペットボトルのお茶を半分ほど一気に飲み干すと、乃亜に説明し始めた。
時は遡り、1時間ほど前。
例のメッセージを受け取り、即座に乃亜へ電話をかけるが、出ず。
今度は神楽坂に連絡した。
「え、今日は乃亜とは会ってないでしゅけど……何かあったんですか?」
乃亜からのメッセージを告げると、神楽坂は仰天。
「大変じゃないですかッ!そういや昨日の夜、吉水さんにもう会わないってメッセージ送ったって言ってましたけど……!」
「それがきっかけなのかな……どうしよう、警察に通報すべきか……」
ただそうなれば自動的に、乃亜のパパ活が学校や親に知られることに……。
「(そんなこと言ってる場合じゃ……)」
その時、スマホにキャッチが入る。
「乃亜ちゃんかも!ごめん一回切るね!」
慌てて電話に出る梶野。
しかしそれは、乃亜ではなかった。
「了くん、あのさ〜」
「えみり、今それどころじゃ――」
だが結果として、そのえみりの1本の電話が、事態を大きく変えた。
「でかしたえみり!!」
「え?なにが?」
慌ててデスクに戻ろうとすると、花野が様子を見に来ていた。
「盗み聞きしちゃいました。早く行ってください、仕事は私が引き継ぐんで。はいこれカバン」
「ありがとう花野さんっ……あ、花野さん、〇〇と仕事したことあったよね!?」
「え、はい、ありますけど」
「40代後半くらいの、吉水って苗字の社員について、〇〇の人に聞けないかな?部署とか役職が分かればいいんだけど……」
「了解です。調べたら情報送りますね」
実は昨晩、動物病院からの帰り道、梶野は乃亜に尋ねていた。
「吉水さんってどんな仕事してる人なの?」
「んー、仕事の話はあんまりしなかったなぁ。でも会社は分かるよ、〇〇だって」
「おおう大企業……なんで分かるの?」
「助手席の前の小物入れ?こっそり開けたら、名刺入ってて」
ここから花野が調べたおかげで、吉水の情報が手に入ったのだ。
「ていうか乃亜ちゃん、名刺を見たことあるなら会社とか役職も分かってたでしょ?脅しに対して言い返さなかったの?」
「だ、だって揉み消すって言ってたし……役職もカタカナでよく分からなかったから、ほんとにエラい立場の人なんだって思って」
「そっか、そうだよね」
そもそもあの異常な状況で、大人の男へ歯向かえというのも無理な話だ。
「それで……なんであのカラオケにいるって分かったの?」
「あぁ、それはね。乃亜ちゃん、自分のトートバッグの中を見てごらん。あるはず無いものが入ってると思うから」
「え……?」
言われた通り乃亜は、いつも持ち歩いているトートバッグの中をまさぐる。
するとすぐに、それを見つけた。
「あ……これ昨日の……」
出てきたのは、タクトの首輪。
動物病院で預かったままだったのだ。
『そういえば、タクトの首輪って思ったより重いんすね』
『あぁ、それはね……』
昨日はここで途切れた会話。
1日経て、梶野が紡ぐ。
「GPSが内蔵されてるんだ、それ」
「……あっ」
「タクトに感謝しなきゃね」
1時間前、突如入ったえみりからの着信。
「了くん、あのさ〜」
「えみり、今それどころじゃ……」
「タクトの首輪が無いんだけど、どうしたの?これじゃ散歩行けないよ」
「首輪なんて……っ!」
刹那、梶野は気づいた。
GPS内蔵の首輪。タクトが迷子になった時に備えて、位置情報を検索できるサービスに加入していたのだ。
そして今、首輪を持っているのは……。
「でかしたえみり!!」
「え?なにが?」
スマホで位置情報を調べると、首輪は猛スピードで移動していた。
梶野は神楽坂に応援を要請。
首輪の現在地を示すカラオケ店に到着すると、2人で手分けして部屋を探し回り、梶野が乃亜と吉水を発見したのだった。
梶野家に帰宅すると、えみりとタクトが出迎える。
「おかえり〜。あれ、乃亜ちゃんと神楽坂ちゃんも?」
3人同時の登場、そして醸し出される妙な雰囲気に、えみりは首をかしげる。
「どうかしたの?」
「いやぁ、まぁ……」
乃亜はしゃがんで、タクトを撫でる。
「タクトー、こんばんはー」
ワンッ。
「ワンじゃないよ、ピンピンしちゃって……やっぱ昨日のは痛いフリだったんだな」
ワンッ。
「こいつはっ……ほんとにっ……」
ぎゅうっとタクトを抱きしめると、乃亜は抑えていたものが爆発したのか、肩を震わせてしゃくりあげる。
「タクトォ……ありがとぉー……あぁー怖かったぁ……怖かったよぉ……」
号泣する乃亜に、タクトは撫でるように頬ずりする。
雨の日も風の日も。
乃亜が上機嫌な時も、不機嫌な時も。
初めてこの家に来た時でさえ。
タクトは変わらず、乃亜を元気いっぱいで出迎えてくれた。
今日に限ってはそのいつも通りの振る舞いが、いっそう愛おしく、乃亜には感じられたのだった。
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