第34話 パパ活と姪探偵と、ウソ
梶野にはここ数日の間、モヤモヤしていることがある。
『吉水さん』問題だ。
梶野はその名を過去に2回、見聞きしている。
最初は先月、乃亜がハイボールを口にして酔っ払った時、パパ活に関してふわふわした口調でこう語っていた。
『吉水さんは優しい人で……前のアタシは、吉水さんに助けられてて……』
2回目はつい数日前。
期せずして見てしまった、乃亜のスマホのメッセージ通知。
『吉水さん
乃亜ちゃん、誕生日おめでとう。よければ今度また……』
乃亜が現在パパ活をしているかどうか、ハッキリとは分からない。
ただ酔っ払った時、もうしていないと彼女は言った。
実際毎日のように梶野家にいるのだから、事実なのだろうと梶野は判断している。
察するに『吉水さん』とは、パパ活をしていた頃の乃亜のお得意様なのだろう。
その彼からの、おそらくだが、お誘い。
梶野はモヤモヤしていた。
主にパパ活という聞こえの悪い活動へのイメージが、彼をそうさせる。
単純に、乃亜が危険な目に遭うのは嫌なのだ。
吉水さんのこと、一度きちんと聞きたい。
会おうとしているなら、なおさら。
だが、「スマホの通知を見ちゃって」というのは、アレではないか?
気持ち悪いのではないだろうか?
彼氏ヅラかよ、と。おじさん何なの、と。
「(乃亜ちゃんに気持ち悪いと思われるのが……怖い……っ!)」
梶野は葛藤していた。
色々な意味で、葛藤していた。
◇◆◇◆
夕食を終え、まったりした空気の梶野家。
梶野と乃亜、そしてえみりはそれぞれリラックスした様子。
「さて、僕はそろそろ仕事するよ」
梶野が立ち上がると、乃亜は呼応するように伸びをする。
「んじゃーアタシも帰ろっかな」
スクールバッグを肩にかけ、立ち上がる。
だが、えみりが呼び止めた。
「乃亜ちゃん、財布忘れてる」
「おおう、危ない危ない。えみり先生ありがとうの民〜。カジさんにペロペロされるところだった」
「ははっ、参ったなこりゃ」
「雑〜、カジさんのアタシへの対応が雑になってるゾ〜」
手渡そうとした時だ。
何か神妙な顔のえみりが、まっすぐな瞳で尋ねた。
「ねえ、乃亜ちゃん」
「なに?」
「乃亜ちゃんって、パパ活やってる?」
パッキーンッと、空気が凍った。
乃亜だけでなく、デスクに向かおうとしていた梶野も、全動作を停止させる。
「な、なななに言ってるのえみり先生!?」
乃亜はえみり、そして梶野へ交互に目を向けながら狼狽する。
えみりは冷静に見解を述べた。
「だってその財布、ブランド物でしょ?良い洋服とかコスメもいっぱい持ってるじゃん。でもお小遣いはほぼ無いって、前に言ってたよね。バイトだって、ほとんど毎日ここに来てるならできないでしょ。なら、そういう可能性もあるかなって」
「(名探偵ぃ……姪探偵ぃ……)」
梶野は心の中で大いに感心していた。
乃亜はかなり動揺しているようだ。
そして何故か、様子を伺うように梶野を見つめる回数も増えていた。
「や、ややややってないし!やってないですからねっ、カジさん!」
ついには梶野に直接語りかける始末。
そうして、決定打となる一言。
「ほんとにほんとにっ、アタシはもう……」
「もう?」
「……あ」
ベタベタな陥落の仕方に、梶野は頭を抱えるのだった。
乃亜のパパ活歴がバレてしまった以上、梶野と出会った経緯についても誤魔化す必要はなくなった。
乃亜と梶野は何故かえみりの前で並んで正座すると、これまでのすべてを告げた。
パパ活という概念そのものが小学生には刺激が強いと考え隠してきたわけだが、えみりは表情を変えることなく聞き入っていた。
「……そんなわけで、タクトの散歩をするようになったのです」
乃亜が最後にこう締めた。
えみりは目を細め、しばし沈黙。
開いた口から出たのは、大きなため息だ。
「なんかさ、ツッコミどころが多すぎてもうメンドくさいな」
「すみません……」
「この際、パパ活の良し悪しは置いておくとしても……パパ活相手の車で、家の前まで送ってもらうって、どうなってるの危機管理。危機管理マインド」
「いやでも、悪い人じゃないから……」
「たった数回会っただけで、そんなこと分からないでしょ。何年生きてるの?」
「先日16歳になりました……」
「しかもそれを見られてたからって、ほぼ初対面の人に『何でもする』とか言う?了くんだったから良かったけど……それ普通にエロ漫画の王道イントロだからね?」
「エロ漫画の王道イントロ……」
「エロ漫画の王道イントロだよ」
エロ漫画の王道イントロ。
小6の姪から発せられた表現に、梶野は形容できない感情に襲われた。
「それに、了くんもだよ」
「え、はい(エロ漫画の王道イントロ?)」
「『脅迫』してたところを人に見られてたら、大変なことになってたんだからね」
「あ、そうだね(王道ってなんだ……?)」
「乃亜ちゃんを更生させるためとはいえ、もっと考えて行動しないと」
「あーうん(邪道もご存知なのか……?)」
「聞いてるの了くん!」
それでもえみりはひとつ、それまでとは違う意味のため息を漏らす。
「まぁでも、これでスッキリした」
「スッキリ?」
「なんか2人にしか分からない妙な信頼関係というか、絆みたいなものがあるなって思ってて、気になってたから」
「「…………」」
そうはっきり言葉にされると、恥ずかしいものだ。
乃亜と梶野は顔を見合わせたのち、お互い逃げるように目を逸らす。
「それで、話戻すけど、今はもうパパ活やってないの?」
「それはほんとに!この財布とか服とかも、パパ活やってた頃に貯めたお金で買ったものだから!信じてくださいカジさん!」
「分かった分かった」
おかしな展開ではあったが、乃亜の口からパパ活をしていないと聞けたのは、梶野にとって棚ボタである。
あと知りたいのは『吉水さん』について。
「……ちなみに前のパパ活の相手とは、会わないにしても、まだ連絡取り合ったりはしてるの?」
少し卑怯だとは思いながらも、梶野はこの流れを利用し、尋ねる。
すると乃亜は、わずかに言い淀んだのち、答えた。
「な、無いよ!もう連絡も来てないから!」
刹那、梶野は喉をキュッと絞められたような感覚に襲われた。
「……そっか」
それがウソだと、梶野は知っている。
スマホの通知を見たという、情けなく意地汚い方法によって。
何故『吉水さん』から連絡があったことを隠すのか。
それはもう、分からない。
ただひとつ。
乃亜にウソをつかれた。
この事実だけが、梶野に小さくないショックを与えていた。
◇◆◇◆
だからこそ翌日、目にしてしまったとある光景に、梶野は息を忘れそうになる。
あの乃亜との始まりの日にも見た、真っ赤な輸入セダン。
その傍らで乃亜は、40代後半ほどの男性と、仲睦まじげに話していた。
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