第91話 商談3



「…………」


 レベッカさんはCランクポーションを握り絞めたまま落ち着きなくうろつき、ブツブツと何か言ってる。ちょっと怖い。……。うーん話しかけられる雰囲気じゃなくなったな。


「(シオン、他のポーションは見せないようにね)」

「(はい。勿論です)


 シオンにはポーションが切れた時用にBランクポーションとCランクポーションを持たせているからね。流石にそれが見られるのはマズイ。


「(ふふふ、Cランクポーションを用意できないとなって、主様のCランクポーションを取り上げたらどんな対応をするのかしら)」

「(……発狂するに一票)」

「(……止めてくれ。レベッカさんのイメージが崩壊してしまう)」


 ただでさえ握り絞めたポーションに怪しい視線を向けているんだ。これ以上おかしくならないで欲しい。

 そんなことをコソコソ話していると廊下を駆ける音が近づいて来たようだ。


「――お待たせしました! 本日中には行動に移れるようです」

「よし! ヤマト様、数日――いえ、二日ほどお待ちいただけないでしょうか。商業ギルドの総力を挙げて必ずやご用意させて頂きます!」

「え、あ、はい。お願いします。……。あ、ただ取引をした商人の方も同席の上で話をまとめさせてもらえますか? 滞在日数などの打ち合わせも必要でしょうし、レベッカさんの口からCランクポーションを用意できると伝えてもらった方が相手方も安心すると思うので」


「分かりました。ではその商人の滞在先を教えて頂ければ職員に迎えに行かせましょう」

「それは大丈夫です。すでにギルドのホールで待機していますから。狸人の少女と竜人の男性です」

「そちらの方々であれば確認しております」


 俺を待つのにホールにいたミリスさんなら気付いていて当然だよね。クロウさん目立つからねぇ。


「なるほど。では後ほどお呼びするとして……こちらのポーションはCランクポーションをご用意する代わりということで頂いて構いませんか?」

「ええ。いいで――」

「……待った。Cランクポーションは何本用意するつもり? 一本では等価交換にはならない。……不足分を要求する」

「そ、それは勿論です! ……しかし、Cランクポーションを複数本用意するのは至難です。不足分は金銭でのお支払いを考えておりますが」

「……Cランクポーション二十本。用意できない分は金銭でも構わない。……ただし粗悪品は含めない」


 最高品質のCランクポーション一本に対して二十本? ……価値が分からないから凄いのか判断が付かないな。でも最高品質はオークションで数十倍って言っていたしそんなもんなのかな?


「――ヤマト様、Cランクポーションの交渉はシルフィーネ殿が行うと言う事で宜しいのでしょうか?」

「え、あー。うん。いいみたいです」


 フィーネがこちらに向けて親指を立てて微笑んでいる。まぁそのまま交換でも良かったしフィーネに任せよう。


「では、まず前提としてCランクポーションを集めるには時間が掛かります。本数も些か現実的ではありませんね。……。二日で二本をご用意致します。残りの不足分は金銭でのお支払いにさせて頂きたく思います」

「……額は?」

「先日のヤマト様との交渉で最高品質は高品質の五倍の価格で買取りを行うと定めておりました。Cランクポーション高品質の買取価格は暫定ではありますが200万Gを想定しております。その五倍として1000万G。二本は現物を用意するとして、不足分は金貨六枚で補います」

「……最高品質のCランクポーションが金貨十枚? ……とんだ詐欺師がいたもの。Eランクまでならその基準でもギリギリ妥協もできる。……低ランクポーション故に最高品質としての需要が少ないと言われると理解もできることだから。……でもそのCランクポーションには当てはまらない。現在この世界で作れるのはヤマヤマだけ。……どれほどの価値があるか、推し量る基準すらない」

「…………こちらのCランクポーションはどの程度の頻度でお作り可能なのでしょうか?」

「……。ん? あぁ俺? じゃない、僕ですか……えーと、週に――1本、ぐらいですかね」


 レベッカさんが問い掛けていたので、フィーネに視線を向けると俺をジッと見て瞬きを一度したので週に一本という事に決まりました。その辺りの塩梅はフィーネに任せよう。設備が整ったから生産量が増えたって言う事はいつでもできる。


 最初から出し過ぎるのは考えものだからね。そもそも一本で1000万Gってさ……。昨日はFランク十八本とEランク十二本の合わせて三十本で30万G、そして過不足分として1500万G。……過不足額の桁がおかしいな。

 まぁそれは置いておいて、三十本で金貨15枚だ。それがCランクポーション一本で金貨10枚はおかしくないか? フィーネの方だと金貨40枚かぁ。始めに高く言うのは交渉の基本なんだろうけど……。


「…………ご提供、頂ける数は週に一本と言う事ですね。……なるほど。シルフィーネ殿、我々は商人であり詐欺師とは一線を画す者です。ヤマト様からお譲りされているFランクポーションとEランクポーションに関してもオークションに出品して不当な利益を生み出すつもりはありません。現在はポーション職人の研究材料に適正価格で配布することを計画しております。その後は各ギルド支部や王侯貴族などに緊急時の備蓄として送られるかと思います。――Cランクポーションのご提供が週に一本と言う事であれば大変貴重です。そして最初の一本ということを加味して提供する二本のCランクポーションとは別にオークション相場、金貨二十枚をお支払いします」

「……オークションで金貨二十枚? 一体なんのオークションを言っている? 最高品質のCランクポーションであれば金貨四十枚は下らない。……加味すると言うなら金貨五十枚を要求する」

「――確かに現在であれば高値が付く可能性があります。しかしオークションに出すには製作者、発見者の情報が漏れ出る可能性もあります。オークション価格に近付ける努力はしますがそのままの金額では難しいところです。金貨二十五枚でいかがでしょうか?」

「……話にならない。発見者はサイガス商業ギルドでオークションに出せばいい。貴族を煽れば今なら金貨五十枚は軽く越える。……それに王室に献上したがる貴族は多い。ベアトリーチェですらCランクポーションは中品質止まり、ベアトリーチェが作れない最高品質のCランクポーションなら十分に買い手が見つかる。……金貨六十枚」

「おっしゃることは理解できます。しかし今後の流通にも目を向ける必要があります。一回限りの拾い物ではありませんから下手な煽りをすれば要らぬ恨みを買います。そしてそれはオークションに出品すれば必ず付いて回るもの。ヤマト様が今後安心して販売できる販路を確保するためにもオークションではなく商業ギルドの流通網を使いたいと愚考します。金貨三十枚」

「……週に1本程度をオークションで扱えないと言うつもり? それなら貴族相手に捌けるだけ売りつけた方が遥かにマシ。……丁度昨夜顔合わせをした貴族もいる。ヤマヤマのポーションになら金貨六十枚でも払う。……ヤマヤマの魂が籠ったポーションを安売りさせるつもりは私達にはない。……ギルドを通さずとも売る方法は幾らでもある。……ポーションは商業ギルドの独占市場ではない。金貨六十五枚」

「ヤマト様の存在を秘匿するには貴族の介入は避ける必要があります。領主家では販路に限りがあり、すぐにヤマト様に辿り着かれます。それに我々も優れた技術を安買いするつもりはありません。ヤマト様への万全のサポートも含めて最大限ご協力します。金貨三十枚。それにCランクポーションを二本。そして今後の買取価格は金貨十五枚――1500万Gです。これ以上は現段階ではまかりません」


 レベッカさんがハッキリと言い切った。それでもフィーネが反論しようとしていたので横から頬を突っついて止める。ちょっと落ち着こうか。

 ……柔らかいな。ぷにぷに。


……。うーん、黙って聞いていると凄い金額になってきた。というかフィーネの方はドンドン値上がりしてるし。なんだよ金貨六十五枚って。金貨三十枚でもメルビンさんの十倍だぞ。その上、Cランクポーションが二本貰えるって破格だろ。

 今後は週に一本持って来て1500万G。FランクポーションとEランクポーションが霞むな。……メルビンさんの五倍か。ハハハ、元手が掛からないからいいけど自家製だったらのたうち回っていただろうなー。

 まぁ今回は特別なうえCランクポーションは週に一本だから希少価値が爆乗りだろうけどさ。


「……。……ヤマヤマ? 妄想するなら指離して?」

「ん? おっと、ついね。……あー、レベッカさん、それでいいです。金貨三十枚で。フィーネもいいだろ?」


 元々言い値で通るとは思っていないだろ。メルビンさんより高値が付いたんだから十分でしょ。こんなに高値が付くと庶民の感覚からしたら怖いんだよ。……まぁ金貨ってメダルじゃなくとも一万円ぐらいの感覚しかないんだけどね。毎日手に入るし。

 Cランクポーションは日に四本だから全部持ってきたら6000万Gかー。数字で考えるとヤバいな。持って来ないけど。


「……ヤマヤマがそう言うなら是非も無し。ただし条件が二つ。……今後の買取は金貨二十枚。それと今回の交換分のポーションは三本。これは譲れない」

「――Cランクポーションの提供量が増える場合は再度協議をすることを条件に限定的ではありますが、今後の買取は金貨二十枚で行いましょう。ただCランクポーションについては現状二本が限界です」

「……なら頑張って。二日あれば手に入る算段はもう付いているでしょ。安売りさせるつもりはない」

「…………。分かりました。Cランクポーション三本、そして金貨三十枚をお支払いします」


 フィーネが更に値上げしている。そこが本当の落としどころだったのかな? ……流石は秘書役か。

 ただ――金額が高額過ぎてイマイチピンとこない。漠然と凄いなーって思うぐらいだ。

ポーションに関してはフィーネに丸投げすれば今後はもっと楽ができそうだね。

 

 今のところは資金に余裕があるしCランクポーションは週に一本で様子を見ることにしよう。借金の件があるけど短期間で稼ぎ過ぎるのは危険だからね。とはいえフィーネのおかげでCランクポーションの販路も確保できた。コニウムさんの件も問題ないし。

 ……待てよ。時間があればCランクポーションは集まるって言ってたな。ここで金貨を稼ぐより通常のCランクポーションを都合して貰った方が今後の使い道があるか。俺のポーションは配るのには向いてないし。毎月都合して貰えばメルビンさんに渡す分を最悪変更することも出来るからね。


「レベッカさん、金貨は二十枚でいいのでCランクポーションを五本に変更してくれませんか? 三本は後日でも構いませんから」


 買値が200万Gなら売値はそれくらいかなーと思って言ったんだけど、レベッカさんがぎこちない笑顔を浮かべている。あれ? 時間があれば用意できるって言ったよね?


「そ、それは、可能ではありますが……」

「難しいですか? ……。そのくらいの価値かなって思ったんですけど」


時間が問題ではないなら金額か? 金貨は別に十枚でもいいけど。……でもそれだと通常のCランクポーション高すぎるだろ。金貨に未練はないけど法外な値段には頷きたくない。


「い、いえ! おっしゃる通りです! ただ――」

「……ヤマヤマが言っている以上、是非はない。覚悟を決める。……ふぁいと」

「…………はい。了解しました。商業ギルドの総力を挙げてご用意いたします」 


……あれ? 俺おかしなこと言ったのか? 覚悟を決めるほどの事態なの? 時間と金額以外に何かあるのだろうか。……まぁ用意してくれるみたいだから気にしなくてもいっか。


「ではそれで決定ということで。そのポーションはそのままお渡ししますからCランクポーションの手配をお願いしますね」

「分かりました。貴重な品をお譲り頂き感謝いたします。今後とも当ギルドはヤマト様へのご協力を惜しみません。如何様にもお使いください」


 とりあえず俺が目立たないように上手く隠してください。話はそれからだ! ……なんてね。

 レベッカさんは俺がCランクポーションを週に一本以上作れるって見抜いているみたいだし、いずれは相談しよう。

 まぁ毎日作れるとは思ってもいないだろうけどね。


 ……今後はFランクポーション売らなくても良くない? もう端数の域だよ? 余るポーションの使い道も考えることにしよう。


 それに昨夜の件も合わせてフィーネとスンスンには何か見合う褒賞を用意しないとな。わが社はいたってホワイトなので。

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