第8話 専属受付嬢
詰め所を出て大きな門をくぐりメルビンさんと街に入ったがそこは想像以上だった。
街を囲む城壁を見た時にも思ったが街が広い。これだけ広い街を囲む城壁にもビックリするが中に入ると見えて来るのが高台にあるお城染みた屋敷だ。
街の中心部より後方にある高台にドーンとデカい屋敷が見えている。あそこからなら街が全て見渡せそうだ。
メルビンさんに聞くとあの屋敷にこの街の領主であるベルモンド子爵が住んでいるらしい。治世が良く住民からの評判も上々で、住むには打って付けの街だと説明された。
兵士だしポーション職人を自分の住む街に在中させたいのかな? 俺以外にも
メルビンさんはポーション職人を薬師って呼んでいるみたいだ。俺以外にポーション職人は居ますかって聞くと「薬師は数人います」って答えていた。この街ではポーション職人は薬師って呼ぶみたいだ。メリリのせいで恥を掻いたな。
「ここが商業ギルドだよ」
街並みを見物しながら歩いていると周りの建物より一際大きい建物が見えて来て、メルビンさんが扉の前まで来てそう教えてくれた。
人の出入りも多く、建物の両脇には馬車がそのまま入れる倉庫のような場所も見える。この街の商業を一手に担っているなら大儲けしてそうだ。ポーションを少し持ち込んでも相手にされないんじゃないだろうか。もっと小さな商店に持って行った方が良さそうだけど。
「メルビンさん、今持っているポーションは数本で、こんな大きな商会で商談するほどではないんですけど。もっと小さな商店の方が良くないですか?」
「いや、ポーションを卸すには商業ギルドの許可が必要なんだよ。基本的に街の商店に直接卸すのは認められていないよ。ポーションの良し悪しや、管理の問題があるからね。それに街で商売をするには商業ギルドでギルド証を発行しないと違法になってしまうよ」
「なるほど。だからここまで連れて来てくれたんですね。聞いていなかったら犯罪者になる所でした」
「ははは。そこまでの事態にはならないよ。余程の事がない限りちょっと注意を受けるくらいかな。じゃ私はここまでだね。中に入ると奥の方にカウンターが見えるからそこで手続きを済ませてね。何か困ったことがあったら何時でも私を訪ねて来て良いからね。出来る限り力になるよ」
「ありがとうございます。もしもの時は頼らせて頂きます。ここまでありがとうございました。お仕事頑張って下さい」
良い人だ。街の警護も担っているらしいから街中で会うこともあるだろう。その時に何かお礼が出来るようにしっかりと生活基盤を整えないとな。手を上げて去って行くメルビンさんに頭を下げてからギルドに向かう。
目指すは安全に安定して楽に生活する事。間違っても目立つ真似をせず、無難に生きる。そこそこの収入で生活に困らない程度の贅沢をしながら日々を生きられたらこれに勝る生き方はない。ブラック会社で安月給の上、長時間労働を強いられることを考えれば多少の不便さは障害にはならない。
街の中を見ていた限りではこの世界は中世より少し進んだ程度の発展だ。電気や科学製品などはなさそうだけど、露店などで売られていた食材や日用品はそれなりに充実していた。メルビンさんが優れた領主と太鼓判を押すぐらいには街も発展して景気も良いみたいだ。人々の顔も笑顔が多い。
まぁ、スラム街とかあるらしいけど。西側の地区には行かないように念押しされたし。好き来んで危険に踏み込む気は更々ない。無難に生きたいんだ俺は。フラグは無視してイベントは発生させないように生きるのだ。
「さて、では一つ目の試練。無事にギルド証を発行してポーションを売る。決して目立たない」
意を決して商業ギルドの扉を開け中に入る。
ギルドの室内は広いホールになっていて、両脇には商談用の椅子やテーブルが用意されていて何席かは使われていた。奥にはカウンターが並んでいて受付嬢が二十人近くで対応している。外で感じたように随分と繁盛しているみたいだ。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
ホールを少し進んで人の多さと内装の豪華さに圧倒されていると近くにいた女性の職員に声を掛けられた。
お上りさん丸出しだったかな。まぁその通りだろうけど。
「えっと、ギルド証を発行してもらうのとポーションを売りに来たんですけど」
「――では二十二番窓口で対応致します。こちらへどうぞ」
笑顔で対応してくれた職員の後をついて歩いていると周りから視線が向けられているのに気が付いた。訝しげな視線や値踏みするような視線、そしてポーションと言う単語も聞こえてきた。
……これはやらかしたのか? ポーション職人は希少だと聞いていたし、もしかして製作者は秘密にされているとか? 職員の女性もカウンターじゃなく個室に案内しているし、もしかしなくてもやっちまったか?
「……もしかしてポーションを売りに来たって言ったらマズかったですか?」
部屋に入るなり職員さんに聞いてみたけど、少し困った顔をしてから首を横に振った。
「いえ、問題はありませんよ。ただ初めて見るお客様がポーションを売りに来たと発言したことで目敏い商人は新たな薬師の存在を嗅ぎ付けて見極めようとしているでしょう。帰り際に声を掛けて来る者もいるかも知れませんが相手にしていけませんよ?」
「ポーションの販売はギルドを通さないといけないからですね?」
「はい。その辺りの事は流石にお知りでしたね。商人の中には犯罪スレスレの真似をする者もおりますので良い話にはお気をつけください。それではこちらに記入をお願いします」
笑顔で怖い事を言われてから対面式の机に案内され椅子に座ると書類を渡された。文字の読み書きが出来るのか不安だったけど、問題なく出来るみたいだ。この身体の元の持ち主が知っていたのか、メリリがオマケしてくれたのか分からないけどありがたいことだ。
記載する内容は名前と年齢、扱う商品だけだった。ただ年齢が問題だな。
「あの、僕、年齢が分からないんですけど?」
「14歳とお書き下さい。後日協会に行って成人の儀式を受けてみて、儀式が出来れば15歳、出来なければ出来るまでは14歳で構いません。成人の儀式が完了したら改めてギルドカードの更新をお願いします」
年齢が分からない人は他にもいるみたいだな。まぁ戸籍もないなら年齢が分からなくなっても不思議じゃないか。
ちなみに成人の儀式はその年に15歳になる者が受けれるそうだ。成人の儀式を受けると教会に記録が残るらしいのでそれからは年齢が調べることもできるそうだ。
書類を書き終わって渡すと水晶を二つ出された。一つは詰め所と同じ犯罪歴を調べる魔道具で、もう一つは血を一滴垂らすことでギルドカードを発行する魔道具らしい。
この世界は科学の発展の代わりに魔道具が発達しているみたいだ。電気の代わり魔石が使われているらしく、この部屋の照明も魔石を使用した魔道具とのことだ。
田舎や農村ではまだ使われていないから俺みたいに初めて魔道具を見る者も少なくはないらしい。…………田舎者として見られているわけね。
「それではこちらをどうぞ。これが商業ギルドカードになります。当ギルドに在籍しているという身分証になりますし、予めお金を入金しておくと支払いをこのカードですることもできます。……魔道具の無い露店や個人間では支払い出来ませんのでご注意ください」
おぉ、キャッシュカード付か。個人登録がされているから他人では支払いや引き出しは出来ないとのことだ。魔道具って結構進んでいるな。物によっては現代日本の製品より優れているんじゃないか?
ギルドカードには名前とギルドランクが記載されているだけのシンプルな物だ。現在のランクはFランク。
「ランクが上がることで店を持つ事が許されたり、購入できる商品が増えたりします。また高ランク者の方が優先して商品を仕入れることが出来ます。ランクはFランクから始まりAランクまであります。Dランクで露店商が可能になりCランクから店を持つ事が許可されます。…………扱う商品によっては許可が認められない場合もあります。ポーションなど扱いが難しい物は特にその傾向が強いです。ランクを上げるにはヤマト様の場合はポーションを当ギルドに販売することでランクポイントが付与され、一定ポイントが貯まると昇格します。――高ランクの方が何かと優遇されますので是非、高ランクを目指して下さいね」
優遇って言われても店を持つつもりは今の所ないから低ランクで問題ないけどな。ポーションの販売はギルドだけだから売ってたら勝手にランクが上がっていくだろうし。目立ちたくないし低ランクのままで良いんだけどなぁ。
購入できる商品ってのが気になるけど恐らくギルドが卸元だから店売りの商品のことだろう。なら店を持つ気がない俺には必要ないからな。
それにしても高ランク者を優先するって大商会は商品を好きに購入できるってことだろ。大商会は独占商売か? 小中商会は太刀打ちできないんじゃないのかそれ? まぁ俺には関係ないから別にいいけど。
「それではヤマト様、続きましてポーションの買取に付いてご説明させていただきます。通常の買取は二番から五番窓口、またはギルドランクCランク以上で専属受付嬢がいる場合は二十番台窓口になります。ただしポーションの買取は特殊買取りに属しますので一番窓口、または専属スタッフにてお願いします。買取り金額はランクが上がるほど割高になりますので頑張ってランクを上げて下さい」
頑張ってたくさん持って来いって言いたいんだろうけど、作れる数に制限が掛かっているから俺の頑張りではどうしようもないぞ。ま、割安でも生活に困らない金額なら別にいいけど。
そういやここは二十二番窓口って書いてあったな。この人は専属の受付嬢ってことか? 何で俺の相手してるんだ? Cランク以上って言ってなかったか?
「専属受付嬢は顧客が来られないと暇なので有能な新人の対応もしています。ヤマト様がポーションの買取と言っていなければ他の窓口に回していました」
「……随分ぶっちゃけましたね。ならここで買い取りもお願いできますか?」
「申し訳ありません。私が買取りを担当するにはヤマト様がCランクに成られてからになります。…………名乗るのが遅くなりましたが、私は当ギルドの専属受付嬢の一人、ミリスと申します。以後お見知りおきを」
「これはご丁寧にありがとうございます。本日この街にやって来たヤマトです。低ランクで細々と暮らすのが目標なのでご期待に添えないと思いますが宜しくお願いします」
「ぷっ、ふふ、ちょ、ちょっと、笑わせないで。……コホン、ヤマト様とは長い付き合いになりそうです。近い内にまた会いましょう」
まぁギルドにポーションを売りに来るから会うこともあるだろうけど、何て思っていたら部屋から出されホールに戻ってきた。
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