第136話 革職人 4

「ミミリカさん、先ほどの話ですけどポーションの提供じゃなくて妹さんの怪我の治療なら受けてもいいですよ」

「……あんた達、犯人を知っているのかい?」

 急に提案に乗った俺を見てミミリカさんが怪しんでいる。まぁ誰でもそうなるだろうけどね。治療することでヒロネ嬢の罪が消えるわけじゃないけど、今後屋敷を出入りする予定のヒロネ嬢がやらかした件を放置するのも気が咎める。

「条件として、この事について詮索しないこと。僕達のことを内緒にすることです。これは妹さんにも守って欲しいです。貴族に関わるとろくなことになりませんし、忘れて頂けると助かります」

「……妹の怪我は完治させられるのかい?」

「怪我の状態が分かりませんけど、よほど重体じゃない限りは大丈夫だと思いますよ。あとポーションケースの代金は払います。怪我の治療費は払うべき人達に払わせますから気にしないでください」


 さすがにポーションケースをタダで貰うわけにはいかない。ミミリカさんは被害者だし、ヒロネ嬢がいなければ払う必要のない出費だ。ポーションの代金はヒロネ嬢に払わせるからポーションケース代は俺が払おう。

「何言って――いくらポーション職人とはいえ、貴族相手に金銭を要求できると思っているのかい? 下手すればあんたが犯罪者扱いにされるよ。いくら竜人がついているからって危険を冒すのは間違っているよ」

 まぁ普通はそうかも知れないけど。あの領主とメルビンさんは払うと思う。庶民には大金でも貴族――それも領主からすれば微々たるものだろうし。

「まぁ無理のない範囲でやりますから大丈夫ですよ。それでどうしますか? 条件を守ってくれるなら妹さんの怪我を治しますけど」

「……わかった。妹の怪我については忘れる。それにあんた達が何をしようと私達は何も見ない。知らないことを吹聴する趣味はないよ。もちろん妹にもそうさせる。だから頼む。あの子を治してくれ」

 立ち上がったミミリカさんが深く頭を下げる。さっきまでの態度は妹さんの怪我も関係していたのかも知れないね。俺のことも腐れ貴族の関係者と思っていたのかな?

 ……それはないか。この街で俺と同じ趣向のお貴族様がいるとは思えないし。


「分かりました。それで妹さんはどこにいるんですか?」

「今は部屋で休んでいるよ。自由に動けないからね。この扉の向こうだ」

 妹さん――レレイナさんはカウンターの奥にある居住スペースで休養しているそうだ。ミミリカさんはウイナさんとリクの相手をするので、俺達に勝手に入っていって治してきてくれと言う。いや、信用してくれるのはありがたいけど、それはいいのか? というか妹さんに俺達のことを説明しないの?

「どうせ私は何も見ないんだ。監視は必要ないだろう。レレイナはフィーネと面識があるから適当に言って治してやってくれ」

 さっさと行けと言わんばかりに指で扉を指すミミリカさん。それでいいのかと思うけど、本人がそれでいいと言っているので俺達はカウンターの裏に回って奥の部屋に向かうことにした。俺のポーションを見られる心配もないからこの方が助かるしね。


 扉を開けると廊下があり、奥には更に扉が見える。廊下の左右にある部屋の扉は開いており店の方とは違い手狭で生活感に溢れていた。客が来ることを想定していなかったのか、脱ぎ散らかした衣服まで落ちている。……俺達を入れてよかったのか? 下着っぽい物も見えるんだが。

「旦那様?」

「いや、何も見てないよ? ……あっちかな?」

 シオンの視線を躱しつつ廊下の奥へと向かう。扉を開けると先ほどの部屋とは違い綺麗に片付いていた。そして窓辺にベッドがあり、ベッドの上で外を眺めている少女がいた。シオンと大して変わらない背丈。幼さが残る顔立ちだし13歳くらいだろうか。……出会った時のシオンと被るな。まぁ美しさ可愛さ華憐さはシオンの圧勝だけど。


「……あれ? お客さん? お姉ちゃんは?」

 案の定、突然入って来た俺達を見て目を丸くしていた。普通は入ってこないところだからね。――というか、強盗だと騒がれてもおかしくないんじゃないのか? 


「……やっほー、レレイナ。……元気?」

「あれ、シルフィお姉さん? どうしたの? お姉ちゃんは?」

 上半身を反らして俺達の後ろにある扉を覗き込もうとするレレイナ。特段怖がった様子はない。ミミリカさんが任せる程度にはフィーネと面識があるみたいだ。

「……ミミリカは仕事中。……今日はレレイナの治療に来た」

「私の? シルフィお姉ちゃんが? いいの?」

「……私じゃなく、こっちの私の夫が治す」

「え! シルフィお姉ちゃん結婚したの!?」

「……うん」

「うん、じゃないだろう。――えっとレレイナさん、キミのお姉さんにお願いされてキミを治療しにきた薬師のヤマトです。少しいいかな?」


「――人間? あれ? 違うかな? ……東洋国の人?」

 なんでみんな俺を見たら口をそろえて東洋国の人間というんだ。いや、理由は分かるけどさ。

「違うよ。僕は最近この街にきたただの薬師。まぁ見ての通りだけど、東洋国とは関係ない。それより、レレイナさん。怪我の状態を確認させて欲しいんだけどいいかな?」

「あ、はい。――あ!? 待って! ごめんなさい! 部屋だったからズボン履いてなかった! ちょっとあっち向いててください!」

 レレイナが羽織っていた布団をめくろうとしたところでハッと何かに気付き、慌てて布団を抑え込んだ。同時にむぎゅっとツバキに抱き上げられた俺はクルリと回転する。

 フィーネはレレイナの方へ向かい着替えを手伝っているみたいだ。


「シオン、これお願いね」

「はい、わかりました」

 レレイナに背中を向けたので、今のうちにシオンへDランクポーションを渡しておくことにした。大抵の怪我はDランクポーションでも治るだろう。効能としては通常のCランクポーション並みみたいだし。

「もう大丈夫ですよ」

 レレイナの呼びかけにツバキがまたクルリと回転して方向を戻した。その様子を見ていたレレイナがクスクスと笑い、ベッドに腰掛けるようにして包帯の巻かれた片足を見せてくれる。

「……うん、骨折している。……他は特に問題ないみたい」

 フィーネが包帯を解き、怪我の有無を調べる。ツバキはこれくらいならほっといても治ると言っていたけど、それじゃ完治するまで数週間はかかるだろうし、その間自由に動けないのは可哀想だ。……知り合ってしまったしね。それにミミリカさんとの約束でもある。


「シオン、お願い」

「はい。レレイナさん、それではポーションを使います。念のため、目を閉じていてもらっていいですか?」

「ポーションを使うのに目を閉じる必要ありますか?」

「ミミリカさんには説明したけど、僕達が治療したことは内緒にして欲しいんだ。だからミミリカさんもレレイナさんも何も見なかった方がいい。詳しいことは後からミミリカさんに聞いてね」

「ふーん。だからお姉ちゃんが来てないんだ。わかりました。それじゃお願いします!」

 両手で目を抑えたレレイナが天井を見上げる。絶対に見ませんという意思が伝わってくるようだ。……素直すぎないかな? ミミリカさんの妹とは思えない。というか悪い人に騙されやすそうだな。


 シオンが先ほど手渡したポーションを取り出してレレイナの右足にかける。そして少し残したポーションをレレイナの口元に持っていく。他にも怪我した部分があれば体内から癒してくれるだろう。

「ん!? 何これ? ポーション? 全然苦くない!」

 ポーションを飲み込んだレレイナがバッと目を開いてシオンを見る。そして俺に視線を向けて「なんでなんで」と視線で語り掛けてくる。市販のポーションは飲んだことがないから比較はできないけど、まぁ俺のポーションは甘みがあるし苦くはないよね。


「……ヤマヤマ、私も飲んでみたい」

「帰ってからね。レレイナさん、怪我はどうですか?」

「あ! そうだった。……うん! 全然痛くないよ! 治ってる! 凄い!」

 勢いよくベッドから立ち上がりぴょんぴょん飛び跳ねるレレイナ。……もし完治していなかったら立ち上がった瞬間のたうち回っていただろうね。もうちょっと慎重に動いて欲しい。見ているコッチが心配になるよ。 

「それは良かった。先ほども言いましたけど、僕達が治療したことは内緒にしてください」

「分かった! あ、ごめんなさい。はい、わかりました。……こんな凄いポーションを使って頂いてありがとうございました。代金はきっと私が払います」

「いや、それは気にしなくて大丈夫。それに話し方も普段通りでいいよ。……ただ一つ聞いていいかな? レレイナさんを襲ったのは金髪のわたくし令嬢かな?」

「……」

 レレイナが困った顔で口を噤んでしまった。やはり貴族が関わっていると口が重くなるみたいだ。


「……レレイナ、大丈夫。……ヤマヤマには領主でも手出しができない。……領主家の令嬢が関わっていても問題ない」

「え?」

「今回の件は領主さんも知っているから大丈夫だよ。レレイナさんにもミミリカさんにも手出しはさせないから安心して」

「い、いえ! あの、えっと――もしかしてヒロネ様、のことを言っているのでしょうか?」

 レレイナはヒロネ嬢のことを知っているのか。それなのにミミリカさんにも言ってない?  ……ミミリカさん知ったら抗議くらいしそうだもんね。

「スラムや孤児院でも証言は得ているから大丈夫。レレイナさんが証言したことは内緒にするから安心して」

「いえ! 違うんです! 私が襲われたのはヒロネ様じゃありません。ヒロネ様に少し似ていましたけど、私はヒロネ様に会ったことがあるので」


 ……ん? 

「……レレイナ、どこでいつ怪我したの?」

「えっと四日前にスラムに住んでいる亜人の友達のところに行った時だよ。貴族令嬢だと思うけど、ヒロネ様じゃなかったよ。……金髪でわたくしって言っていたけど」

「……それは本当に間違いなく、ヒロネ嬢じゃなかった? 近くには執事もいたって話だったけど」

 ヒロネ嬢の犯行は領主家も認めていた。間違いなくヒロネ嬢も関わっているけど――まさか病んだ貴族令嬢が複数いるのか? 


「馬車できていたので御者と執事さんもいたと思います。でも、……その、ヒロネ様はお姉ちゃんの服が好きでたまにお忍びで来られるんです。だから私のことも存じておられるので……」

 顔見知り、それも贔屓にしている店の子を襲うわけがないか。……亜人差別が強い貴族の娘が亜人の店で買い物をしているのか。まぁ服に罪はないよね。この街一番の腕前と言われているミミリカさんの作る物だし。バレないようにお忍びで買いに来ていたのか。

 ヒロネ嬢が同様の犯行をしていたのは領主とメルビンさんの謝罪からも間違いないけど、全部が全部ヒロネ嬢のやったことじゃないみたいだな。

 ……この情報は高くで売れそうだ。――っく! フィーネが移った。別に情報で金儲けする必要はないからね! せいぜい高く恩を売りつけるとしよう。


「……ヤマヤマ、ミーシアにも確認しないと」

「そうだね。もし他に犯人がいるならメルビンさんに連絡しないとね。また被害が出るかも知れない」

 まぁ、しばらくはスラムに近づかないと思うけどね。事件の直後だし。

「もしかして、ヒロネ様も関わっているんですか?」

「……レレイナは知らない方がいい。……この件に関しては他言無用。……ミミリカにも言わないで」

 フィーネがずいっと顔を寄せてレレイナに釘をさしていた。フィーネの表情は見えないけど、思いのほかレレイナが怖がっているみたいだ。

「わ、分かった、絶対内緒にする」

 コクコクと必死に頷いているレレイナの頭をフィーネが撫でる。……なんかフィーネがお姉さんっぽい。いや、実際にかなり年上だろうけど。……おばあちゃんとひ孫?

 そんな二人の様子を見ていると視線に気づいたフィーネが俺の前に跪いて頭を差し出してくる。……いや、撫でないよ? あとツバキさん? なんで俺の頭を撫でているんですかね? 別に羨ましくて見ていたわけじゃないからね? 


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