第135話 革職人 3

「素材は何を使うんだい?」

 ツバキ達の圧から解放されたミミリカさんが、カウンターに頬杖をついて尋ねる。少しだけ態度が緩和したような気もする。まぁ未だに腐れ貴族でも見るみたいな目をしてるけど。

「落としても、蹴られても中のポーション瓶が割れない素材ってありますか?」

「そのお姉さんが蹴ればなんでも割れると思うけどね。……そうだね、グレードが良くて高い物と、グレードが低くて安い物。どっちだい?」

「最高の物でお願いします」

「即答かい。それなら今用意できる素材で言えばブルースネークの革だね。衝撃を吸収する性質があるし、厚みがあるから変形もしづらい。本来なら胸当てなんかの防具に使う素材だ。丈夫さは保証するよ」

 カウンターの後ろにある棚から布のように三つ折りにされた青みがかった品物を出して見せてくれる。艶と光沢があり色も鮮やかで綺麗だ。鱗模様――模様じゃなくて実際に蛇皮か。これで長財布を作ったらカッコよさそうだ。

 ……この世界に紙幣が出回らないかぎり使い道はないけど。


「……素材の質が良い。……ブルースネークならこの辺りで手に入る素材の中では上位。……確かにポーションケースに向いているかも。……でも希少で高価」

 フィーネの瞳がキラリと光る。さっき怒って睨んでいた時より真剣さが増している気がする。そんなに高いのかな? シオンに持たせる分だし、値段より質で選びたい。良いものが高いのは仕方がないことだから、多少の出費は惜しまない。

「あぁ、こいつはこの店でもとっておきさ。本当は他国の貴族か商人が来た時に法外な値段を吹っ掛けるつもりで取っておいたもんだ。品質は最高ランク。その上、超一流の私が仕上げるんだ、ポーションケースにするなんて勿体ないレベルの物だよ」

 わざわざそんなに良いものを出してきたの? さっきまで俺を色魔と言ってたくせに? ……そうか、俺も金持ちポーション職人か。吹っ掛ける気なのかな。


「それで、おいくらになるんですか?」

「ブルースネークの皮をまともに加工できるのはこの街に二人といない。素材の価格もそうだけど、技術料も高くなる。……そこで一つ、提案なんだけど――Cランクポーションを都合してくれないかい? その若さでレベッカに認められるポーション職人ならCランクポーションだって作れるんだろ? 代わりに最高のポーションケースを用意してやるからさ」


 ……うん? それは職人同士、自分たちが作った商品を交換しようぜって言っているのか? ブルースネークのポーションケースがどれだけ貴重で高価なのかは知らないけど、Cランクポーションと同等なの? チラリとフィーネを見ると首を横に振っていた。

「……Cランクポーションはブルースネークより遥かに希少。……手に入れたいならお金だけじゃ足りない。……商業ギルドや大貴族に大きなコネがないと話も回って来ない」

「そのくらい私だって知ってるさ。だからあんたに直接頼んでいるんだ。Cランクポーションが無理ならDランクポーションでもいい。ただし、高品質だ。ポーションケースだってこの皮で作れるだけ用意するし、なんなら防具にしても構わないよ」


 チラリとフィーネを見るとまた首を横に振っていた。……Dランクポーションでもダメなんだ。まぁ俺のポーションを出すわけにもいかないからまたレベッカさんに頼む必要が出てくるけど。……最高品質なら日に8本作れるから痛手ゼロなんだけどなー。高品質の方が最高品質より希少っておかしいでしょ。


「……Dランクポーションでも高品質はそう簡単に出回らない。……そもそもポーションと交換する時点で話がおかしい。……レベッカと知り合いならポーションケースを売ったお金で買えばいい。……Dランクポーションなら都合してくれるはず」

 まぁ俺もレベッカさんにお願いしないといけなくなるし、現金の方が楽だね。多少吹っ掛けられても最高品質のCランクポーションより高くなることはないだろうし。

「……最近はどこでも需要が増しているらしくてDランクポーションも中々出回らないんだよ。それこそDランクポーションだって多少金を積んでも亜人には回ってこないよ。ポーション職人に直接交渉でもしないとね。ポーション職人ならDランクポーションくらい作れるんじゃないのかい?」

 今のところ作れないね。生み出すことはできるけど。ただし最高品質のみ! ……そもそも取引に使えるポーションがないからね。それに希少になっているならレベッカさんに頼むのも難しいかも知れない。……今はCランクポーションで大変だろうし。

「ふふふ、おかしなことを言いますわね。先ほど貴女は『やるからには最高の物を作る。やるかどうかは別だ』と私達に言いましたわよ? 主様が最高のポーションを作れるからと、貴女に提供する必要はありませんわ」

 ツバキさん、相当うっぷんが溜まっていそうだ。商談にはあんまり口出ししないのに。

 色魔呼ばわりされたせいでツバキ達が怒りを押し殺しているし、この状態でポーションが品薄で探しているんだよねって言われても素直に頷けない。フィーネは俺が変なこと言わないようにジトーと見つめてくるし。……どうしようかな。


「――あのぉ、ちょっといいでありますか?」

 話がこじれてきたところでずっと俺達のやり取りを見ていたらしき、ウイナさんが会話に入ってきた。

 ツバキとシオンの視線を受けてたじろいでしまうけど、殺気がないからかおずおずと前に出てくる。

「どうかしましたか?」

「はい、えっと、ミミリカさんがポーションを探している理由ですけど――妹さんが足を怪我しているからと聞いたであります」

 ……まぁポーションが欲しい理由はケガの治療か、または何かしらの利益を求めてだろうけどさ。

 妹さんが怪我していて可哀そうだとは思うけど、そういった声を聞く度に全部治していくことはできない。せいぜい使用人や深いつながりができた人、俺達のせいで怪我した人くらいだよ。初めて来たお店の職人の妹って、見境なさすぎる。

 ……まぁミーシアみたいに瀕死の重体なら助けるけど、ミミリカさんの妹はそこまでの大怪我ではないみたいだし。

「ポーションのやり取りは商業ギルドを通すことになっているので、残念ですが――」

 ポーションでの取引はしない、と断言しようとしたところ、リクが近寄ってきて耳を貸して欲しいとゼスチャーをした。……どうせならウイナさんにして欲しかった。

「(ヤマトさん、その妹さんって数日前にスラムで怪我しています)」

「(…………それ以上は聞きたくないってあり?)」

「(ヤマトさんがそれでいいなら俺は何も言いませんけど……)」

 いや、聞かなくてもなんか分かるじゃん。今度ウチで世話するヤツが頭に浮かんだよ?


「妹の怪我について知ってるのかい? 妹は貴族令嬢にやられたって言っていたけど。貴族相手に仕返しや賠償を求めるつもりはない。でも知っていることがあるなら教えてくれないかい?」

 俺達の様子を見て何か知っていると察したミミリカさんがカウンターから身を乗り出していた。

 ウイナさんは俺達の方を見て話してもいいのかと目で訴えている。……情報の出所はリクか? 頭のおかしい貴族令嬢が何人もいるとは思えないし、犯人は間違いないだろう。

 俺がやらせたわけじゃないけど、知ってしまった以上、無視するのは寝覚めが悪そうだ。

 ……仕方がない。代金はヒロネ嬢に請求しよう。ついでにメルビンさんに貸し一つと言っておこう。

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