第134話 革職人 2

「そこの色魔、いちゃつくなら店の外でやってくれる?」

 店内には革製品以外にも女性向けの洋服などもあったので、ツバキやシオンに似合いそうだと見て回っているとカウンターから苛立ちの籠ったような声が聞こえてきた。

 ……色魔、誰のことを言っているんだろう。今店内にはリクとウイナさん以外には俺達しかいない。……リクか。

「いや、あんたのことだからね? そこの乳乗せ頭の人間」

 リクのことを憐れみの目で見ているとカウンターの女性が呆れた様子で言い直した。

 同時にツバキの殺気が漏れ出たので、慌てて止める。しかし多少なりと殺気を感じたはずなのに女性の表情に変化はない。眉をひそめてむすっとした表情で俺達を見ている。

 ……一応客なんだけどね。


「えっと、お騒がせしてすみません?」

「ふん! サッサと決めて続きは家でやりな」

 苛立ちを隠さない様子の店員が片手をあげて、イヤそうな顔で言い放った。……俺達何か怒らせるようなことしたのか? ツバキやシオンに服を合わせて褒めちぎって、ちょっと騒いだことは認めるけどお店なんだし、それくらいは許して欲しいのだが。服のことだってシオンを引き立てる良い服だと褒めたのに。

 どうしたものかと、視線を動かすと右腕がギュッと抱きしめられた。チラリと隣を見るとシオンさんの目が据わっていた。……怖いんですけど。ゾクッとしたよ? これ殺気出てない? 

 店員さんを見ても気にした様子はない。……人間だよね? いや、この店は亜人の職人がやっているんだっけ? ……店員は雇われかな? 態度が凄いけど。


「……あれはドワーフ」

 俺の疑問に答えるようにフィーネが囁いた。声色は普通だけど、フィーネも少し機嫌が悪そう。

「ドワーフってダダンガさんと同じ? ……彼女はハイドワーフ?」

 ドワーフにハイドワーフが存在するのか知らないけど、少なくともずんぐりむっくりとした筋骨隆々な姿ではない。見た目は人間の二十歳くらいの女性だ。カウンターで隠れているから正確な身長は分からないけど、フィーネと変わらないくらいだと思う。明らかに種族が違うでしょ。

「旦那様、ドワーフの女性は皆さん彼女と同じく人間と変わらない姿ですよ。ですが、腕力は人間を遥かに超えますし、手先も器用な方が多いですね」

 ……人間と亜人を差別する必要あるの? 獣人なら耳と尻尾に差があるけど、ドワーフの女性は人間と見た目はほとんど変わらないよ? エルフは耳が長くて、竜人は少し鱗がある。小人は背が低い。……人間族は特徴のない種族ってことか。むしろ劣等種?


「……ドワーフの女が作る衣装や革防具は出来が良い。……態度は悪いけど、このドワーフがこの辺りで一番腕が良いのは事実」

「フィーネはこの店に来たことあるの?」

「……以前、ちょっとだけ。……悔しいけどヤマヤマが使う物ならこの店が相応しい」

 ダダンガさんを嫌っていたフィーネが認めるくらいには凄い店なのかな? まぁ、フィーネはドワーフが嫌いと言うよりもダダンガさんが嫌いなだけみたいだけど。

 ――さて、ならとりあえず要件を済ませるか。フィーネが認めるくらいだし、できれば今後も利用したい。要件を済ませて今日は引き揚げよう。


「俺達は商業ギルドで紹介状をもらってきたんです」

 レベッカさんに貰っていた紹介状をカウンターに座っている女性に差し出すと、疑ったような視線を向けるも手紙を受け取ってくれた。

「…………げ、レベッカかよ。……うぇ、あんたの依頼を最優先でしろって? あんたあの鬼婆の弱みでも握ったのかい?」

 お、鬼婆? ……聞かなかったことにしよう。

「ポーションを携帯するための入れ物が欲しいんです。衝撃に強く、携帯していてもポーションが割れない物って作れますか?」

「ポーションを? ……あんたポーション職人なのか? それもレベッカがこんなモン用意するほどの。……ただの色魔のガキじゃないみたいだね」

 ……色魔って。まぁ絶世の美女を三人も連れているから仕方がないかも知れないけど。でも、俺達の噂を聞いたことないのかな? 昨日のスラムの件は別にしても竜人に護衛された薬師の噂は広がっていそうだけど。


「ご想像にお任せします。ただ確実に言えることは、僕はお客ですよ?」

「ハッ! 客は神様貴族様ってか? 頭を下げて媚びへつらえってかい? 金があればなんでも許されるとでも思ってんのかい? 金持ちのポーション職人様?」

 ……ツバキ達の怒りを抑えたくて、少しでも態度を緩和できればと思ったけど――逆効果になった。とりあえずツバキさん、抱きしめすぎで苦しい。お胸の圧が増して腕が首に食い込んでいる。

「……ツバキ、ヤマヤマが昇天するよ? ……ミミリカ、あまりヤマヤマをイジメないで。……度が過ぎるようなら私も黙っていない」

 フィーネのおかげでツバキの手が緩んだけど、一触即発の空気が室内を覆っている。ツバキ達を前にして一歩も引かないこの店員さん――ミミリカさんヤバくないか。


「……あんたが肩を持つのかい。そっちの二人も奴隷にして無理やり従えているわけじゃなさそうだし。……竜人と森人を心酔させているのか。人間にしては珍しいね。東洋国の人間かい? それともただの色魔?」

「どっちも違いますから。僕は帝国の片田舎から出てきた世間知らずです。ちょこっとポーションが作れるだけで、彼女達がいないと一人で買い物にも行けない小心者です。だから優しく対応してくれると助かります」

「はは! そうかい、そりゃすまなかったね。ドワーフは気性が荒いんだ。特に自分は優れた人間様だって思っている輩にはね。それに人の店で女たらしをするガキを見てイラつくなっていう方がどうかしてるよ」

 ……別にたらし活動なんてしていないんだけど。ツバキやシオンに似合うとか綺麗とか可愛いとか言っただけだよ。……ふむ、リア充爆発しろってことか。


「主様、店を変えてはどうでしょう。よく思っていない者に作業させても良いものはできないと思いますわ」

「はっ、これだから素人は。私をそこらの一端いっぱしと同じに考えるんじゃないよ。私はたとえ気に入らないくそ野郎が相手でもやるからには最高の作品を作り上げる。――やるかどうかは別だけどね」


 ツバキの視線を真っすぐに見据えて不敵な笑みを浮かべるミミリカさん。一流の職人は胆力も違う…………カウンターの上で握っている拳が震えていた。

 そりゃそうだよね。元冒険者のザルクさん達でも腰を抜かすのに、いくらドワーフといえ平気なわけがないよな。

「ツバキ、シオン、抑えて。フィーネもね。……ミミリカさん、店で騒いだことは謝りますので、先ほど伝えたポーションケース作ってもらえませんか?」

「主様……」

「旦那様……」

 二人が不満そうな声を出して俺を見る。でもこの人が自他ともに認める優秀な職人なら彼女に任せてみたいと思った。まぁちょっと対応に難があるけど、ツバキに面と向かって立ち向かえる人が半端な仕事をするとも思えない。

 それにシオンに持たせる物は最高の品物の方がいいからね。


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