第35話 貴族相手でもノー!

「初めまして。わたくしはベルモンド家三女、ヒロネ・ベルモンドです。本日はこの様な機会を頂き感謝申し上げますわ」


オルガノさんが屋敷を出て一時間もしない内に豪華な馬車が屋敷の前に止まった。間違いなくオルガノさんが言っていたヒロネ嬢だと思い屋敷の中に入れるのも嫌なので玄関前で待っていると馬車の中からを着たお嬢様がやってきた。


この国のメイドはドレスで仕事をするのかな? それとも自分であればメイド以外の役割が与えられるとでも? シオンの顔を見てから鏡を見てみろ。ただの美人が太刀打ちできるレベルじゃないんだよ!! 


――さて、俺が少し、僅かに、ちょっとだけ苛立った理由だが、このアマ、玄関前に居るからって俺を見て使用人と勘違いした上に俺にくっついているツバキを見てこれ見よがしに顔をしかめやがった。


そして口元にハンカチを当てながら一歩下がり主人を呼びなさいと命令をして、小声で「スラムと亜人臭くて堪りません」と零しやがった。


…………。俺をスラムの孤児と思っているのか? ツバキを亜人だと? 花の香りがするツバキを、臭いだと? ……俺達は汚物か? 性格が透けてるぞ? 外見を豪華なドレスで見繕っても中身が腐ってる。相容れないのが確定した。


この女は敵だ。あのクソ受付嬢と同じニオイがする。権力を笠に着て色眼鏡でしか物事を認識できていない。


俺が動かない事に苛立ちを浮かべた時、背後にいた執事のような初老の男性に耳打ちされるとパッと表情を入れ替えて、先の懇切丁寧な自己紹介をしてくれたよ。

それまでのやり取りが無かったかのように。


「――これはご丁寧にありがとうございます。商業ギルドFランク薬師のヤマトです。昨日登録したばかりの駆け出しの若輩ですが、いずれはDランク辺りに成れる事を夢見ている平民です」


「……Fランク? 昨日登録? ……Dランク?」


ヒロネ嬢は小声で俺が言った事を呟いているみたいだ。メルビンさんに渡したCランクポーションの事は聞かされていないのか? 執事とコソコソと目の前で内緒話を初め、執事に諭されたのか引き攣った笑みを浮かべながら再度俺に向き合ってきた。


「――本日はヤマト様のメイドとして働く為に参りました。私の部屋に案内して頂いて宜しいですか」


……なんで雇われる事が確定しているみたいに言ってるんだ? 後ろの執事さんが頭に手を当ててるぞ。


こんな女と一緒の屋敷で生活できるわけないだろう。……やっぱり貴族はダメだな。

メルビンさんは色々助けて貰ったし世話になっているから少し影が見え隠れしているのは許容範囲だけど、セルガやこの女は駄目だ。こんな奴らが貴族の標準だとすると貴族には碌な者が居ない事になる。

そもそもこの国の価値観が俺とは合わないのが原因なんだろうけど。


今さら取り繕わられてもツバキや俺の事を亜人やスラムの子供だと思って見下しているって自白しているようなものだからな。誰がそんな奴と生活できるんだよ。

面談して相性の確認はしたからオルガノさんに義理は果たした。これで問題ないだろう。


「お断りします。僕は貴女を雇うつもりも働かせるつもりもありません。お引取下さい」

「なッ! 下民風情がこの私に――!?」


執事さんが慌てて俺とヒロネ嬢の間に割り込んできた。ヒロネ嬢は執事さんの後ろで真っ青になってプルプルしている。

俺の眼光に恐れをなしたか。ふっふっふ、別になにもしませんよ? 俺は。……まぁ、少し可哀そうにも思えるから頭を揺すっておくけど。


「ヤマト様、どうやらお嬢様は勘違いをされておられるご様子。こちらに敵意はありません。少しお時間を頂けますでしょうか、お嬢様にご領主様のご意向を詳しく説明して参りますので」


ツバキの圧が緩んだのか執事さんが汗を拭きながら釈明しているけど、もう遅いよね。口にした言葉は戻りませんよ? 下民は物覚えがいいのです。

 

「いえ結構です。オルガノさんと約束した通り面談は行い、既に面談は終わりました。結果は今回はご縁が無かったと言う事で。それでは僕は仕事がありますので失礼します」


有無を言わせず中に入り扉を閉めた。扉の向こうから女性の苛立った声が聞こえてきたけど気にするだけ無駄だな。


あんな女を雇うわけないだろう。メルビンさんは何を考えているんだ? スパイとして送り込むならもう少しマシなのがいないのか? 

せめてツバキ達レベルの美女とか料理や家事が神憑ったスーパーメイドとかお淑やかで清楚なお嬢様とかさ。


だいたい俺が商業ギルドでセルガに……。そうか、貴族の子弟にやられたってワザと言わなかったんだったな。でもだからってあんな横暴な態度を取る女を俺が使うと? 鎖が付いているから断らないと思ったのか? 断りますよ? 心の中でボロクソ文句を言いながら何でもハイハイ言うのは社畜時代だけで十分だ。


この世界では思っても言わない日本人じゃなく、思いもするけど適度に言いたいことは言える者になる。貴族相手でもノー! と言える男になりたい。

……見極めと節度は必要だけど。


「追い返しましたけど、執事の様子を見るにアレはまた来ますわよ? 次は本気で追い返しましょうか?」


ツバキの本気はなんか怖いから止めようね? でもまた来られても嫌だな。スパイ志望なら何度でも来そうだよねぇ。明確な理由があったら諦めるかな。

…………ポーションを作るのに邪魔って理由があれば無理は言ってこれないだろう。


「次も俺が対応するよ。ツバキが本気出すのは明確に敵対した時だけね? 犯罪者にならない様に注意してくれよ?」

「大丈夫ですわ。死人に口は利けませんから」


…………。ツバキさん? 怒ってます? ……ヒロネ嬢は何かツバキの逆鱗に触れたようです。 


……次はシオンと一緒に対応するかな? 

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