第34話 譲れない想い3


「ここがお屋敷になります。どうぞ中へ」


オルガノさんに連れて来られたのは中央区にある市場からほど近い住宅通りにある一つの屋敷だった。

周りの家と比べて倍以上大きな屋敷は通りから見ても一目瞭然で目立っていた。

俺が日本で住んでいた十室あるボロアパートより大きい気がするのは気のせいだろう。


敷地面積は周りと比べると三倍ほど広く、敷地の周りは鉄柵で覆われていて正面には大きな門がある。

屋敷の周りには庭があり屋敷は二階建てで見た目は綺麗だ。何年前に引き払ったのか知らないけどキチンと整備されいるようだ。


門を抜けると綺麗な石畳が屋敷の入り口まで真っ直ぐ続いていて周りの庭には芝が植えられていた。


貴族の屋敷にしては小さいらしいが、最初に見せられた貴族街の屋敷より小さく俺としては問題なかった。

………。これだけ大きな屋敷が小さく見えるって最初の屋敷で感覚が狂ってしまってるな。


扉を開けて中に入ると綺麗に清掃されているようで埃一つ舞っていなかった。

高級そうな絨毯や家具はそのまま残っているみたいだ。


「四年前に元の持ち主が手放してからは貴族家の使用人が持ち回りで清掃しておりましたから直ぐにでも住めますよ」


この屋敷の所有者は今は領主になっているそうだ。貴族家の使用人が見習いの指導を行うのに使ったりしていたらしくベッドのシーツも常に清潔に保たれているそうだ。


「部屋数は十二部屋と少ないですが台所と食堂、お風呂が別にあります。一階の奥に大広間があり、そこが三部屋分の広さがあるので工房に改装すると宜しいのではと思います」


オルガノさんの説明を受けながら屋敷の中を見て回る。家具は大半が残っていて貴重な家具や高価な置物以外は残っているらしい。


この世界での引っ越しは馬車になるだろうから大きな荷物を遠くまで運ぶのは大変だろうからな。引っ越した先で買った方が安上がりになる場合もあるみたいだ。


台所も広く調理器具も食器も残っているみたいだ。

流石に食材はないけどね。


そして一番気になっていたお風呂は想像以上だった。


「これは凄いですね」


二部屋分の広さの浴室に黒いまだら色の石造りの床に四角に加工された白っぽい石で組まれた浴槽。六人ぐらいは一緒に入れそうな大きさだ。


「黒水石を使った床に大理石を使った浴槽です。元の持ち主がお金に糸目を付けなかったようで上級貴族の屋敷レベルの浴室に仕上がっておりますよ」


黒水石は水捌けの良い石らしく浴室にピッタリらしい。ただ値段が高く庶民どころか下級貴族ではこれほどの浴室は中々用意出来ないそうだ。

領主がこの屋敷を手元に置いているのもこの浴室があるからだとオルガノさんが言っていた。


「これだけの浴槽でしたら水を溜めるのも一苦労ですわね」


うん? 


…………。もしかして水道ないの?


「オルガノさん? 水道ってありますよね?」

「この辺りで上水道が使われている地域は少ないですよ。下水道は配備されてますので排水は問題ありません。この辺りでは水は井戸の汲み上げになります。もしくは水の魔石ですね」


中央区の住宅地は数十軒に一か所井戸が用意されているらしく、生活水はそこから汲み上げるそうだ。一部の国には上下水道が通っている所もあるそうだけどこの国では王都の一部以外は貯水池の関係でほとんどないそうだ。


水の魔石は魔石が周囲の水分を集めて水を生み出すらしい。魔石に込められている魔力量分の水が出るそうだ。お値段は高めで貴族や大商人しか使わないそうだけど。


ただ魔石を通って水が出る事で浄水されるそうで綺麗な水が出て来るらしい。飲料水や料理水として取り扱っている高級店もあるそうだ。


「元の持ち主は使用人を雇って水を溜めさせていたようです。この屋敷の敷地には井戸がありますから他の家に比べると楽だとは思いますよ」


この家は本当にお金が掛けてあるようでこの家専用の井戸が掘ってあるらしい。以前は数人の使用人が協力して水を溜めていたみたいだな。浴室の壁に浴槽へ繋がった水を入れる管がある。

裏庭から井戸で水を汲み上げてこの管を通って浴槽に水が溜まるようになっているのか。まぁそうしないと汲んだ水を玄関からここまで運んで来るのは難しいものがあるだろうな。


「大きな樽かタライを用意して頂ければ私が数回通うだけで溜まりますわ。主様はご心配しなくても大丈夫ですわよ」


両手をいっぱいに広げ樽の大きさを伝えて来るツバキだけど、そんな大きな物を持ってどうやってここまで来るつもりだろうか。それ以前にそんな大きな樽に水を入れて持ちあがるのか?


………。いや、そんなことよりツバキに水汲みをお願いすると流石に申し訳なくなって毎日利用出来なくなってしまう。

水汲み専用で使用人を雇うか。俺の愛の巣に他人を入れたくはないけど裏庭から水を流し込むだけならギリギリ妥協ラインだろう。


「水に関しては考えがあるから置いておこう。水を温めるのは熱の魔石ですか?」

「そうなります。この広さでしたら小魔石で十分だと思います」


熱の魔石は宿屋で買ったから知っている。タライに入れたのは小指の先ぐらいのクズ魔石だったけど、この浴槽なら親指ぐらいの小魔石で良いみたいだ。


この世界の生活に欠かせない色々な種類の魔石だが、ダンジョンで採掘されているそうだ。

この街から迎えるダンジョンにも魔石が発生するポイントがあるそうでこの街の特産になっているのが熱の魔石と火の魔石らしい。火山系のダンジョンなのかな?


そう言った理由からこの街で熱の魔石は結構お買い得なのでお風呂を温めるのは問題ないだろう。これでお風呂に関しては問題なしだな。


「台所も問題ありませんし、お風呂も完璧。市場にも近いですし屋敷の広さも大きすぎるぐらいだから問題ありません。オルガノさん、この屋敷に決めて良いですか?」


問題があるとすればこの屋敷の持ち主が領主であることか。借り家になると思うけどまた俺をこの街に縛る為に変な条件を付けてきそうだな。


「はい。大丈夫ですよ。領主様からは私の権限で貸せる物件であればどこでも構わないとのお言葉を頂いておりますので。家賃に関しても領主様の持ち家ですから特別に無料になります。屋敷の改築をする場合は私かメルビンさんに一言お願いします」


……あれ? いやらしい条件は無しですか? 月に百万Gとか、毎日この家に帰ることとか、領主の指定する使用人スパイを住まわせるとか、どこぞの貴族の娘を嫁に娶れとか。そんなのないの?


「……この家に住む条件はないんですか?」

「ええ。ありませんよ。本当は別の屋敷だった場合は幾つか条件もあったのですが、この屋敷であれば無条件で構いません。……ただこれは条件ではありませんが、一点お願いがあります」


やっぱり来たか。条件ではないけど断るなら話が変わってきますって言う事実上の条件なんだろ?


「なんですか? 内容によってはこの屋敷を諦めて商業ギルドに空き家を紹介して貰いに行く必要があるかも知れませんが」

「いえいえ、これはヤマト様が判断してくれていい内容ですのでここに住むのは決定事項で構いませんよ。それでお願いですが、領主様のご要望で領主様の娘であられるベルモンド家三女ヒロネ様をメイドとしてお傍に置いてくれないかと仰られておられます。花嫁修業で一通りの家事仕事は完璧に熟されるのでメイドとしての技能は問題はありません」


…………どっからどう聞いても領主家からのスパイだろッ!? 貴族の娘がメイド? 俺は王族か!? ここは王城か!?

 

――あからさまに送り込んで来たな。使用人は雇うつもりなかったけど、断ると角が立つか。…………。面談をしてから決めるか。ポーションの秘密さえバレないなら問題はないだろう。

ツバキの監視を掻い潜って秘密を暴けるなら潔く負けを認めよう。


「一応面談をしてから判断すると言う事で良いですか? 相性が悪いと感じたら断るかも知れませんけど?」

「はい。大丈夫です。ヒロネ様は勤勉で真面目な女性です。まだ婚約者も決まっておりませんから機会があればお二人で街を散策されるのもいいかも知れませんね」


…………。それはデートか? 領主の娘を娶れと言うつもりか? ヤダよ? 絶対面倒だろうそれ。貴族社会に関わりなんて持ちたくない。例え絶世の美女だったとしても天使のような可憐さだったとしても、ウチの二人に敵うわけないし。


例え同レベルだったとしても貴族の娘って時点でマイナス評価ですよ。というかツバキ達レベルになるともうね、どっちが綺麗でどっちが可愛いとか俺には判断できませんから。

大人数で踊って歌う女の人とか全部同じ顔に見えるからね。


「会ってから考えますね。面談は後日で構いませんか?」

「可能であれば本日お願い出来ますか? この屋敷に決めたと領主様に報告すれば本日中にご訪問されると思います。その際に使用人が居ないのは失礼になりますので」


…………貴族を迎えるのに使用人が居ないのが失礼? なら来るなよ。引っ越し当日に訪問するヤツは失礼じゃないのか? まだお茶の一つも用意していないぞ? 

生活用品の買い出しもあるし、部屋決めや設備の点検とかすることは多いんだぞ? それにツバキ達は俺の従者だぞ。使用人と呼ぶのは嫌だけど真似事ぐらい出来るだろう。


…………。高位の者を招待する時に他種族の使用人を使うのは失礼なんだと。ふざけんな! 招待してねぇよ!? 勝手に来るんだろうが!


この国に他種族差別があるのは分かっていたけど思ったより根深そうだな。街中でツバキ達の美貌を見ても誰も羨ましがらないのはそういう理由か。…………ふざけんなよ? そんな理由でツバキ達は蔑まれていたのか…………?


「主様? 私達は大丈夫ですわよ?」

「はい。いますから」


は、ハッハッハ。慣れている、そうか。…………。…………上等だ。やってやろうじゃねぇか。


「オルガノさん、ヒロネ様はいつお越しになりますか?」


「良ければすぐにお呼び致します。ですが、その前にこちらの契約書にサインをお願いします。屋敷の使用依頼書になります。領主様には許可を頂いていますのでサインを頂いた時点でこの屋敷はヤマト様に使用が許可されます」


オルガノさんが案内した物件であればどれでもすぐに許可が下りる手筈になっていたみたいだ。契約書には既に領主のサインが入っていた。

契約書の内容にも不審な点は見受けられない。一応ツバキも背後から覗いているけど何も言って来ないから大丈夫そうだ。


俺がサインをするとそれをしっかり確認してから屋敷のカギを渡してくれた。


「はい。間違いなく。これでこの屋敷はヤマト様に使用権があります。工房の用意も必要でしょうし奥の広間を改装するのであれば大工職人を手配しますが如何致しましょうか?」

「……そうですね。ヒロネ様の後に呼んで貰えますか? 内装や費用の話もありますし」

「工房の作成費用は領主様がお支払いになるそうです。ヤマト様は大工に要望を伝えて頂ければ最優先で作業に取り掛かってくれるはずです」


随分と気前がいいもんだな。三十億Gがあるからか? ポーション職人は優遇されるって言ってたからなのか? ま、用意して貰えるものは有難く頂戴しますけど。


「ありがとうございます。それじゃヒロネ様が来るまで屋敷の設備の確認をしてますね」

「分かりました。それではすぐにお呼び致します。大工職人も手配しておきますのでご活用ください。それではまた何かございましたら「オリビン商会」までお知らせください」


オリビン商会ってもしかして商業ギルドに属していないのか? 領主様直属の臣下が経営している奴隷商、その他の業務も一任しているみたいだし、貴族側の商会って感じなのかも知れないな。

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