第36話 S6 裏の顔

「何ですか! あの態度は!? それにあの亜人の女! わたくしを殺しそうな目で睨んでいましたよ! 捕らえて罰するべきでしょう!」


ヤマトの屋敷から逃げ出すように馬車に戻ったヒロネは執事のゼクートに不満をぶつけていた。


「お嬢様、旦那様のお話を覚えておられますか? あの少年には礼を尽くし、懐に入り込める様に振舞うようにと厳命されておられたはずですよ」


カイザークはヤマトの事を隠す為に使用人はおろかヒロネにすら詳しい事は話していなかった。ヤマトの事を知っているのはメルビンとザリックだけであった。


カイザークはヒロネにヤマトの事を教え、下手に媚びてヤマトの心象を悪くさせることを恐れ詳しい内容を教えていなかった。ヒロネであれば普段の振舞いでヤマトの心を傾かせることが出来るはずであると親バカな一面が裏目に出てしまった結果であった。


「私はキチンと礼を持って接しました! スラムの下民の様な者に頭を下げ、丁寧な挨拶までしたのですよ!? それをあの亜人は私を殺そうとしましたよ!?」


ゼクートはヒロネの被害妄想を聞き心の中で深いため息をついた。ヒロネの専属執事として一緒にいる事が多いゼクートはヒロネの裏の顔を良く知っていた。

家族や家臣の前では猫を被り真面目で勤勉な淑女を演じ、たまに街中に出ると平民を下賤の者として蔑んでいた。時にはスラムに足を運び施しを求める子供や亜人の子を足蹴にして悦に入っていた。


幾度となく諫めようとゼクートが苦言を説くが自身の考えを変えることをヒロネはしない。彼女はスラムの子供や亜人の子を足蹴にすることでその悔しさをバネに子供達の向上心を高めさせようとしているとゼクートに話していた。


しかしゼクートは知っている、彼女が足蹴にするのは自身や護衛のゼクートに歯向かう事が出来ない者だけだと。足蹴にしながら頬を赤く染め高揚している様を幾度と見て来ていた。


「……あの亜人は旦那様がヤマト様の護衛に用意した奴隷です。その筋では有名な竜人ですが、無益な争いは好まないと聞きます。ただし明確な敵意を持って接すれば相応の代償を支払わせられると言われております。あの二人には決して敵意を持って近づいてはなりません。私の一命では刹那の時すら稼ぐことは叶いません」


カイザークとレベッカの共同隠蔽でツバキとシオンは優秀なポーション職人であるヤマトの為にわざわざ用意された奴隷であると周辺に噂が流されていた。

領主の使用人達もその噂を教えられヤマトがカイザークに呼ばれやって来た優秀なポーション職人であると認識され初めているところであった。


ゼクートはカイザークが語った言葉からヤマトの事を重要視していると認識しており、ヒロネにも再三無礼の無いようにと伝えていた。しかしヤマトの風貌までは知らなかったゼクートはヤマトを見た時は出迎えの使用人であると思いヒロネを止めることが間に合わなかった。

ヤマトを抱きしめてゼクート達を警戒するツバキを見てくだんの竜人であると分かり、ツバキが守っている人物こそヤマトであると理解したのだった。


「それでは私の怒りが治まりません! お父様に言ってあの亜人を私の奴隷にします! そして身の程を分からせてあげます!!」

「お止め下さい。まず許可はおりませんし、旦那様の不審を買う行為です」


「それではどうしろと言うのですか!? そもそもあの汚らわしい下民が本当にお父様の言っていたポーション職人なのですか! 私はCランクポーション職人と聞いたからセルガ様がようやくランクアップしたのだと思ったのですよ! それがFランク薬師を名乗る下民とはどうい事ですか! 夢はDランクなどと向上心の欠片もない者が優秀なポーション職人だというのですか!? あれならセルガ様の元に出向いた方が当家の為になります! そうです、お父様の指示が間違っていたのです! きっと私にセルガ様の元に行くように言われたのですよ!」 


ゼクートは頭を抱えながら何度目になるか分からないため息を心の中でついた。

ヒロネがセルガに懸想していることはゼクートは当然知っていた。

貴族の子弟でありながら薬師として優秀な成果を出していたセルガはこの街の貴族達の中では有名であった。この街で初となる貴族のポーション職人として期待されており、ヒロネは英雄に思いをはせるような気持ちでセルガの事を見ていた


セルガはそのことを知っており、幾度か交際の打診をしていたが全てゼクートが止めていた。セルガの下心を見抜いていた事とこの二人を合わせることで起こる凄惨な結末を予想してのことだった。


「お嬢様。旦那様は間違いなくヤマト様の元へ行くようにお言いになりました。……少し時間を置いて再度訪問しましょう。彼も旦那様を接待する為にお嬢様の助けが必要だと思っているはずです。普段の猫を被ったお嬢様であれば問題なく雇っていただけるはずです」


「ゼクートも言いますね。……お父様のご命令とは言えこの私があのような下民と亜人の住む屋敷で生活をする羽目になるなんて。それも生活の世話をするのでしょう? あんな女に飢えたような下民が私と一緒に生活して手を出さないはずがないと思うのですけど。お父様は分かっておられるのかしら」


「………………」


第一印象があんな形でなければその未来もあったかも知れないとゼクートは自身の行動が遅れたことを悔やんでいた。

ヤマトの対応からまだ女や地位に興味がない年齢なのかも知れないと考えていたゼクートはヒロネの裏の顔をヤマトに見られたのは痛恨のミスであり、ヒロネの採用は絶望的かも知れないと思っていた。


ゼクートはカイザークからヒロネとヤマトを夫婦にするべく動くように密命を受けていた。

ヒロネを宥め、どうにかヤマトに愛想良く振舞う様に誘導し、ヤマトにヒロネの魅力を上手く伝え興味を持って貰う必要がある。


「(上手く誘導出来たとしても竜人にあれほど密着している少年だ。変な趣味を持っている可能性もある。…………案外話して見るとお嬢様と気が合うのかも知れないな)」


達成不可能なミッションに現実逃避を始めるゼクートを他所に、ヒロネはツバキに仕返しをする方法を考え笑みを浮かべていた。


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