第112話 ハーティア8


 広場の視線を集めたプセリアさんが満足したように頷くとアルクスさんとナルムさんが窓から飛び降りた。……この状況で護衛と離れるのか? ――いや、プセリアさんの後ろにまだ誰かいるみたいだ。メイドのネリサさんか? ……メイドは護衛と言えるのだろうか。 


「……なんとかと煙は高いところに昇る?」

「意味としてはその通りだろうけど、あの人は違うでしょ。……護衛二人から離れるから防衛の為に上ったんだろ。それにあそこからなら広場が良く見えそうだ」

「ヤマト様は彼女達のことをご存知なのでしょうか?」

「はい。ヒロネ様は知らないのですか? なら僕からは言えませんのでメルビンさんにでも聞いて欲しいです。一応味方だと思いますよ」


 人が邪魔で全然見えないけど、盛大に暴れているみたいだ。ハーティアの連中もいきなり現れた二人に戸惑っているみたいだ。なんにせよツバキとシオンの負担が減るならありがたい。……でも、二人が参入してもツバキに向かう数が減っていない。

 それでもアルクスさんとナルムさんが暴れているおかげで広場の人数自体は減っている気がするけど。


「いやー、やっぱしウチら強いよね? あれ見たら自信なくしたけど十分強いよね?」

「この程度で浮かれるな。ポーション分の働きはやらねば示しがつかん」

「ポーション使ったのアルクスじゃん、アルクスが頑張ってよー」

「分かっている。――ここからは本気で行く! ナルムはヤマト殿を守れ!」


 二人の会話が途切れるとアルクスさんの雄叫びが聞こえ、周囲がざわめき出した。そして中央に集まっていたハーティアをナルムさんがシオンと共に倒していく。周囲のハーティアがなぎ倒されたことでチラりとアルクスさんの姿が見える。……男の首を掴み武器のように振り回しているアルクスさんの姿が。すぐに人が流れて見えなくなったけど人垣の向こう側で大活躍のようだ。……ちょっとツバキの殺気とは違った恐ろしさを垣間見た。


「どもです! プセリア様の命令と先ほどのお返しに手伝いに来ました!」


 ツバキ並みに素早い動きでハーティアを蹴散らしていたナルムさんが俺の前に来た。フィーネが一応前に出て警戒するけど、敵意はなさそうだ。シオンもすぐ傍にいるしね。


「あ。危ないっすよ?」


 ヒロネ嬢の護衛をしていた騎士の一人が、ナルムさんに気を取られていると背後から攻撃を受けそうになり、ナルムさんの蹴りが武器ごとハーティアの男の顔面を捉えて吹き飛ばす。……蹴りで武器まで破壊している。

 プセリアさんの護衛なだけあって、この人も強いみたいだ。シオンとどっちが強いんだろう。


「ありがとうございます。おかげで助かりました」

「またまたー、竜人が二人もいて問題なんてないでしょう? プセリア様に恩を売ってこいって言われて来ましたけど、向こうのお姉さんは本気で戦っていないですよね? 殺さないように手加減しているみたいですけど、訳ありですか?」

「僕も良く分かっていませんけど、ここに集まっている人達が訳ありみたいですね。なぜかツバキを執拗に攻めていますし」

「ですよねー、上から見てても思いましたよ。絶対に勝てるわけないのに次から次へと向かって行くから蟻地獄みたいでした。何人か腕の立ちそうな獣人も混じっていましたけど、他との違いが全くないように倒されていくからプセリア様が爆笑してましたよ。ウチらがあそこに参戦しても同じ目に合いそうで自信失くしましたよ」


 アレツバキは反則だ。とナルムさんが口を尖らせてツバキに視線を向けていた。ツバキの周囲にはいまだかなりの数が集まっている。たまたま視界が開けてツバキの姿が見えたけど、ツバキに焦りも恐れもない。俺の視線に気付いて笑みを浮かべる余裕すらあるようだ。

 広場にいるハーティアの数は大分減って来た。まだ路地から出て来るけど、勢いが弱まっているのは間違いない。アルクスさんが頑張っているのもあるだろうけど、ツバキの勢いが増している気がする。……たしかに面白いくらい人が飲み込まれていくな。


「そういえばプセリア様はどうしてここに?」

「あはは、メルビン様が慌ててどっかに行くからつけて来ましたー」


 ナルムさんによると俺達と別れてしばらくした頃に兵士が伝言を持って来て、それを聞いたメルビンさんがすぐに宿に戻るようにプセリアさん達に言ったあと慌てて兵士と立ち去ったらしい。それを見たプセリアさんが嬉々として後を追っていたらしい。クマトンが吹き飛んで来たところもバッチリ見ていたそうだ。


「いやー、そっちのお嬢様を追い掛けるヤマト様達の後を付いて行っていたんですけど、竜人姉妹に担がれて走られたら見失いましたよ。あ、私一人なら追い付けたんですよ?」


 ツバキとシオンのスピードにプセリアさんが追い付けず、しばらくスラムを彷徨っていたらしい。そこに殺気だったスラムの住人らしき人達が大勢で移動しているところを見つけ、その先を目指したとのこと。そして広場を一望するためにあの建物に入ったそうだ。

 ……なんか思っていた以上に自由に活動しているんだな。というか、そういうことをペラペラ喋っていいのか? ここって一応立ち入り禁止区域だよね? 他国の貴族がいいの?


「旦那様、少しよろしいでしょうか?」

「もちろん、どうかした?」


 ナルムさんが来て中央に集まっていた連中を蹴散らしたおかげで中央に集まってくる者がいなくなった。シオンとツバキは大怪我をしないように手加減しているみたいだけど、ナルムさんとアルクスさんは手加減なしだ。

 ナルムさんに蹴られた人は足や腕を折られて運び出されている。襲ってきた以上仕方がないことだけど容赦がない。

 まぁ、おかげで中央に集まってくる輩がいなくなったのでシオンに余裕ができたみたいだけど。


「はい、あちらで戦っている時に聞こえたのですが、どうやらこの人達は私達がスラムを解体する為に領主様に言われて来たと思っているみたいです。お姉さまの事もちゃんと知っていて、全員で襲い掛かって疲れさせて倒すつもりみたいです。こちらに向かって来ていた者達は住人とは違うみたいでしたからハーティアの一員で旦那様を狙っていたようです」

「……ただのスラムの住人がツバキに勝てると思っている? ……ヤマヤマを狙えって聞こえたし、ハーティアが裏で扇動している?」


 スラムを守るためにスラムの住人がハーティアと一緒に襲って来たのか? ……ヒロネ嬢と騎士達がいるし、そう思い込ませたのか? でもだからって襲い掛かってきたら完全に領主を敵に回すだろ。いくらスラムがなくなるかも知れないとはいえ、今後この街に居られないだろ。本気なのか? いや、スラムがなくなれば生活できない者もいるのか。……とはいえ、短絡的すぎる気がするけど。


「そういえば上から見ていた時に指揮をしているヤツ見ましたよ。ウチがぴゅっと行ってバッと捕まえてきますよ! それで終わりですよ!」

「え、あ、ちょっと!」


 ……ナルムさんが一人で走り去ってしまった。足が速いというか行動が早いな。

「……スラムの住人はヤマヤマとヒロネ嬢を狙っていない。……ツバキを倒せば引くと思っている?」

「本当に領主がスラムを解体するつもりだったなら、そんなことで終わりになるわけないと思うけどね。俺達が引いても第二第三の兵が来るだろ」

「それら全てからスラムを守るつもりなのでしょうか」


 だいぶ数が減ったけど、それでもツバキに向かう男達の顔からは必死さが伝わってくる。襲い来る敵を何としても倒すという気概がある。……襲われているのは俺達なのだが。


「……ツバキも攻撃を変えたみたい。……ケガさせないようにしている。……あっちは大惨事だけど」


 ツバキにも話が聞こえたのか、攻撃が意識を刈り取るものに変わっているそうだ。……最初に盛大に吹っ飛んでいた人達は骨折くらいはしてそうだけど、襲ってきたんだから仕方ないよね。

 そしてアルクスさんとナルムさんは手加減無しだから一部はちょっと悲惨。そのかいもあって終わりが見えてきたけどね。


「なんにしてもプセリアさんに借りができたね。たとえ押し売りだったとしても」

「…………ヤマト様、申し訳ございません。わたくし達のせいで……」

「気にしなくていいですよ。助けると決めたのは僕ですから。ただお礼をしてくれるって言うなら領主様の秘蔵のお酒でも貰ってきてください。ツバキが喜びますから」

「はい、――必ずや」

 瞳に並々ならぬ決意を宿してヒロネ嬢が頷いていた。そこまで強く決意しなくてもいいんだけど……。

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