第129話 S20 女神アルテミリナ

「もー、あの子は何をしているのよぉ。早くその子達をワタシの信者にしなさいよー」

 神域――神が住まう領域に一柱の女神がうずくまり熱心に手元をみていた。女神――メリリサートは両手で輪っかを作りその中に映し出される映像を見ている。

 下界の様子を確認するための魔法であり、信者が見ているもの、また信者を俯瞰してみることができる。

 現在メリリサートが見ている映像はヤマトの視界を映し出したものだった。湯船に浸かった様子でツバキ達の身体にチラチラと視線が移ろう様子にメリリサートはため息を零していた。


「どうせ見ているのバレているんだからもっと堂々と見たらいいのに。あ、ほら! エルフ君にからかわれている! ガン見して視線反らしても遅いでしょ」

 ヤマトの様子を俯瞰しながら眺め、その一連の様子に笑い転げる女神様。

 ヤマトを転生させてから暇があればヤマトの様子を眺め、アルテミリナの気配を感じては雲隠れを続けてきた。

 女神が下界に深く干渉することは禁じられており、大勢の人々が死ぬような天災以外では神託を告げることすら許されていない。

 しかし、メリリサートはここ数日の間に数回の私的な神託を告げ、更にはタライを落とすという暴挙に出ていた。そのことからアルテミリナが世界の揺らぎを感じとり、原因と思しきメリリサートを探し回っていた。


【――――メリリ師匠がいなかったら今の俺はいなかったからね】

「~~もう! なに言ってるのよ! 本当のことだけど! 慈愛の女神様に感謝したいっていうのはわかるけど! ん~、もう、もう! 普段は照れてひねくれたことばっかり言ってるくせに、しょうがないんだから♪」

 ヤマトが本心で言っていることが分かるメリリサートは普段の意地悪な発言と違い親しみを込めたヤマトの発言に恥ずかしさが芽生える。そして恥ずかしさを紛らわせるためにゴロゴロと右に左にと転がり、足をばたつかせて喜んでいた。

 神託が降りないように神威を抑えてはいるがそれでも気持ちを抑えきれず、ヤマトにメリリサートの感情が流れ込み、天井を見上げるヤマトの姿が映し出されていた。


「……ずいぶんと嬉しそうね?」

「べっつにー? 当然のことを言われただけだしー? これくらいのことでワタシは喜ばないんもーん♪」

 メリリサートは笑みを殺しきれずにだらしない表情で映像を見ながら答えた。――背後から聞こえる女性の声に。

「そうなの? 貴女がそんなに喜んでいるところを見るのは久しぶりだと思ったのだけどね。……今回の転生者とは上手くいったみたいね?」

「ふふふ。それほどでもー? ワタシにかかればみんなメリリ様、メリリ様ってワタシのことを讃え――――ッ! アルテッ!?!?」

 ニヤニヤとした表情がピキっと固まったメリリサートがバッと立ち上がり背後を見ると、頬に手を添えて微笑む女神アルテミリナの姿があった。


「久しぶりねぇ、メリリ。最近ぜんぜん会えなくて心配したのよ?」

「あ、アハハー。そ、そうなんだぁ♪ ワタシはぜんぜん元気だよ? ぜんぜん心配ないよ? ぜんぜん寂しくないよ?」

「そうなの? それってやっぱり新しい転生者のおかげかしら? あら? でも変ねぇ。私は新しい転生者のこと何も聞いてないのだけど? どうしてかしら?」

「あ、新しい転生者? な、なんのことだろー? そんな子いたかなぁ? あはは、アルテ、前の子と勘違いしてないかなぁ? 最近は転生者来てないヨー?」

 メリリサートは優しく微笑むアルテミリナに向けて手と首をブンブン振りながら後ろに下がっていく。少しでも距離を取ろうと後ずさるメリリサートと、優しい微笑みを浮かべたまま視線はメリリサートから反らさないアルテミリナが優雅に、そして逃がさないように歩を進めていく。


「あら、でもさっき新しい転生者と上手くいったと言っていたでしょ? 私が覚えている子とは、まったく上手くいかなかったわよね? それに最近の世界の揺らぎからして貴女、なにかやっているでしょ? ――貴女がさっき見ていた「神の窓」は信者の視界を借りたものでしょ? いつの間に信者を獲得したの? 転生者が貴女の信者になってくれたの?」

「な、なんのことかなぁ? あ、あはは♪ し、信者くらい、下界にいる子達の中からも一人や二人なってくれる子がいるよー」

「え?」

「え?」


 メリリサートの発言にアルテミリナが驚きを露わにした表情を浮かべ、可哀そうな子を見るような視線をメリリサートに向ける。そんなアルテミリナの予想外な反応にメリリサートもまた驚き首をかしげる。


「……ごめんなさい。この話はいったん置いておきましょう」

「……そうだね」


 反論したいメリリサートだったが、これっぽっちも反論材料がなかったこととヤマトの件を置いておいてくれるならとアルテミリナの言葉に従う。――ヤマトが周りにいる数人だけでも信者にしておいてくれたなら、と目の端に涙を溜めながら。


「それじゃ話を戻すけど、新しい転生者の子を紹介してくれる?」

「いま置いておこうって言ったよねっ!?」

 せっかく零さずに溜めていた涙をまき散らしながらアルテミリナに食って掛かるメリリサート。頬を膨らませて恨みがましくアルテミリナをにらむが、アルテミリナは変わらず笑みを浮かべたままメリリサートの頭を撫でる。そして幼子をあやすように優しく語り掛ける。


「それは信者のことよ。新しい転生者のことは私だって把握しておかないと色々まずいでしょう。ゼウス様の星から来た転生者ならスキルかアイテムを授けたのでしょ? 前回みたいに大陸を破壊し兼ねない武器を渡して送り出されていても困るのよ。まだ天災は起こっていないみたいだけど、どういった子なのか、どういった能力を与えたのか、それに伴って大陸にどのような影響を及ぼすのか、ちゃんと把握しておかないといざという時に困るでしょ?」

「う、うぅ。だ、だい、大丈夫。今回は破壊とは無縁なスキルだし、アルテに迷惑をかけることはないよ?」

「ということは新しい転生者はいるのね? はぁ、転生者がきたならちゃんと報告してって言っているでしょ?」

「うぐ、で、でも転生者の案内はワタシの担当、だし……」

 アルテミリナに誘導されたと分かったメリリサートは消えるような声で反論するが、アルテミリナは困ったような表情でメリリサートを見つめる。


「貴女の様子から察するに破壊ではないだけで、問題のあるスキルを与えたのではないの? ――無限魔力とか、時空魔法とか、隷属魔術とか、星や大勢の人に影響を及ぼすものじゃないでしょうね?」

「だ、だいじょうぶじゃないかなぁ? 回数制限付けたし」

「回数制限? ……メリリ、正直に話してごらんなさい。いったい何を授けたの? 今なら私がどうにかしてくるから」

「だ、ダメェッ! アルテが行ったら、私の信者取っちゃうでしょ!? 絶対ダメだからねっ!?」

「私が貴女の信者を取り上げているわけじゃないわよ? とりあえず何を与えたのか教えて。それから一緒に様子を見ましょう。私が問題ないと判断できたら関わらないようにするから」

「う、うぅぅ、ダメ、アルテには教えない」

「……え?」

 普段のメリリサートであればアルテミリナがここまで言えば渋々納得して協力するはずであった。しかし今回は頑なに拒み、さらに強い意志を宿した瞳でアルテミリナを真っすぐに見つめた。

 そのメリリサートの様子にアルテミリナは驚き――――喜んだ。

 自分の信者を守ろうと奮戦するメリリサートの様子に、子供の成長を目の当たりにした母親のような気持ちが沸き上がり顔を輝かせる。


「――分かったわ。しばらくは貴女の好きにしなさい。でも何か起こりそうな時はすぐに私に教えるのよ?」

 ここでメリリサートを押さえつけることは成長を阻害する行為であると判断したアルテミリナはメリリサートとその信者であるヤマトを見守ることを決めた。

「え? いいの? わふ!」

 問題が起きたらその時どうにかすればいい。メリリサートを抱きしめながらそんなことを考えるアルテミリナであった。


「(……でも一応は信者を通して私もメリリの信者を探しておきましょうか)」

 大陸全土に信者がいるアルテミリナではあるが、どこにいるのか見当もつかない転生者をしらみつぶしに探し出すのは容易なことではない。それでも万が一天災が発生すればすぐにわかるので、喜ぶメリリサートを尻目にいい暇つぶしができたと微笑むのだった。

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