第130話 抱きつき、抱かれ、抱きしめられて。

「――う、うん? 朝、か? ……なんか息苦しい」


 何やら柔らかいものに包み込まれている状態で目が覚めた。状況を確認しようと身体を起こそうにも身動きが取れない。――身体を拘束されている?

 上半身はもちろん、両足も何かに締め上げられているように拘束されていて全く動けない。

 ……まさか、誘拐? ツバキの警戒をかいくぐって俺を連れだしたのか?

 

 昨夜は部屋のベッドで寝たはずだ。風呂から上がり、のぼせてフラつく身体をツバキに支えられて部屋まで来たことは覚えている。そしてそのままベッドに倒れこむようにして眠りについたはずだ。

 意識が途切れる前にフィーネが何か騒いでいた気がするけどよく覚えていない。……あれ? なんでフィーネが寝室にいたんだ? ――いや、それより先にこの状況をどうにかしないと。


 むにゅん。

「…………」

 どうにか拘束を解いて状況を確認しようと思い、顔の前にある物体を押し退けようと顔を前に突き出してみた。すると柔らかい感触とともに身体が前に動いた。

 ――イヤな予感をグッと抑え込み、首が動くことが分かった俺は首を後ろに反らして上を見上げる。するとこちらを覗き込んでいたツバキと目が合った。


「おはようございます」

「……おはよう」

 

 ツバキの胸に顔を沈めたまま挨拶をする俺とツバキ。いや多少首を仰け反ってもツバキのビックマウンテンからは逃げられない――じゃなくて!

「……えっと、ツバキさん? その、なにしてるの?」

 俺はどうやら部屋のベッドの上で、ツバキの胸元に顔を押し付けた状態で身体を抱きしめられて寝ていたようだ。

 なにこれ、羞恥プレイ? いや、なんで俺はツバキに抱きしめられているの? というか、なんでツバキは離さないの? 俺は抱き枕じゃないよ? というか腕くらい解放してくれ。マジで身動きの一つもできないんだけど。


「あら? 主様が先に私に抱きついてきたのですよ?」

 ……俺、寝相は悪くないはずなんだけど。いや、しかし現にこうなっているわけで……。グッジョブ俺――じゃなくて。まぁツバキがいたずらでやっている可能性は捨てきれないけど――。


「……ぅーん、うるさい」

「うひゃ! ちょっ! フィーネか!? おま、どこいるんだよ!?」

 突然両足の拘束がもぞもぞと動き、布団の中からフィーネの声が聞こえてきた。ツバキが拘束を解いて布団をめくると俺の両足にしがみつき眠る美女がいた。

「……おはよ、ヤマヤマ。……いい朝?」

「眠気なら吹っ飛んだよ!? というかなんで二人して――いや、フィーネはなんでそんなところで寝てるんだよ!」

 足の拘束もツバキが足で絡めているんだろうと思っていたら、まさかフィーネがしがみついているとは。……心臓に悪い。マジでビビったぞ。


「……ヤマヤマにくっついていると心地良い。……いい夢が見れる?」

 目を擦り乱れた服装のまま起き上がるフィーネ。布団の中にいたのに髪は乱れずサラっとしており、肌艶もいい。どことなくスッキリした様子は満足いく眠りが取れたことの証明なのだろうか。……俺に抱き着いて寝たから? いやいや、それはないだろ。


「――シルフィ? 旦那様に迷惑はかけないと言いませんでした?」


 いつの間にか俺の背後でシオンが起き上がっていた。その表情は笑顔なのになぜか身体が震える。するとツバキが上体を起こし座ったまま、むにゅんと俺を抱きしめて保護してくれた。……いつもと逆だな。


「……シオン、待つ。……話せばわかる。……迷惑はかけてない。……ヤマヤマも喜んでいたはず」

「おい待て。誰が喜んでいたって?」

 フィーネが裏切り者と言わんばかりな視線を向けて来るけど、自業自得だろう。シオンに説教をされているフィーネを尻目にさっさと着替えようと身体を動かすがツバキに抱きしめられていて動けない。――今朝ツバキが抱きしめていたのはフィーネに対抗してじゃないよね? 

 顔を上に向けてツバキを見ると微笑まれた。……起きた時のことを思い出して思わず視線を反らすが、何故かツバキの抱きしめる強さが増し、密着度がパワーアップした。……本当に俺から抱き着いたんだろうか。


「シオン、それくらいにしておきなさいな。それより、ポーションを飲んだのですか?」

 ツバキに言われてシオンを見るとその手に見慣れたポーション瓶が握られていた。中身は空。そもそも寝起きのシオンはポーションの効果が切れて起き上がれないはずだ。俺はまだ今日の分のAランクポーションを作っていないし、瓶の形を見るに昨日渡したCランクポーションだろう。


「はい、旦那様の悲鳴が聞こえたので咄嗟に飲んでしまいました」

 ポーションは連続して飲んでも悪影響はない。しかし、邪神の呪いを受けているシオンは定期的にポーションを摂取しているため、連続で飲むことを控えている。そのため、持続効果がもっとも長いAランクポーションを毎朝渡すようにしていたんだけど……どうしようか。

「今渡しても駄目だよね? というかBランクポーションも渡していたよね? 効果の高い方から飲んでいいのに」

 とりあえず、ポーションの作成制限は解除されているのでBランクポーションを生み出してシオンに渡す。Cランクポーションを渡すのは止めた。予備は常にBランクポーションにしよう。


「あ、ありがとうございます」

「……Bランクポーションは現在の最高峰。……それをポンポン渡すだけでもおかしいけど――ツバキとヤマヤマの反応はBランクポーションを飲まずにCランクポーションを飲んだことに対してじゃない。……もしかして、ヤマヤマ――Aランクポーションを作れる?」

 …………ん? あれ? 言わなかったっけ?

 ツバキとシオンを見ると首を横に振っていた。教えていなかったか。まぁAランクポーションを出すのは朝一番にシオンに飲ませる時だからね。……ま、フィーネになら教えてもいいか。


「一日に一本だけね。あ、これはシオン用だから売ったりしないからね?」

「……はぁ。……売れるわけない。……可能性としては考えていたけど、本当に作れるなんて」

 フィーネが頭を抱えてしまった。……売れないのか。いや、売ったら色々と問題があるから売れないって感じかな。ただでさえ最高ランクが更新されるのにそのうえ、最高品質だからね。この世界なら不老長寿の薬くらいに価値があるかもしれないな。万能薬エリクサーか。

「……でもシオンに飲ませているんだよね? ……それなのに治らないということは邪神の呪いは完全に不治の病」

 伝説のAランクポーションはどんな病でも癒せるとされており、更には若返りの効果もあると噂されているらしい。

 シオンに視線を向け、その顔をよく観察してみる。すでに二回飲んでいるけど、若返ってはいないと思う。でも肌は白くツヤツヤしているし、髪はサラサラ。ほんのり頬に赤みがかかっているけど、それは逆に健康な証だろう。大きな水色の瞳はどこまでも澄んでいてその微笑みは見ているだけで癒される。――恥ずかしそうに俯き顔を赤く染めてこちらをチラチラと見てくる表情もまた格別に――って、違うだろう! 


「ふふふ。主様、シオンに見惚れていますわね。羨ましいですわ。私も若返りのポーションを飲んでみたいですわね」

「はうぅ」

「……ヤマヤマ、ハイエルフの基準でいうと私は若い。……あと数十年は容姿が変化することもない。……お買い得」

 なにがお買い得なんだよ!? いや、そうじゃなくて。っく、シオンが恥ずかしがって顔を両手で抑えてる。可愛いなチックショー!


「……まぁ、それは置いておいて。……ヤマヤマとツバキ、シオンが邪神の呪いが治らないことに悲観しないところを見るに、まだなにかある?」

 ……鋭いな。この世界にSランクのポーションは存在しないはずだ。伝説上でもAランクポーションが最高ランクだと聞いた。

 ……ツバキ達には万が一の時にはどうにかすると言ったけど、これはまだ伏せておくべきだよね。まだメリリの使徒になっているわけでもないし。

「今はまだ何も言えないかな。現状俺にできるのはAランクポーションまでだよ」

「……ん。……理解した。……ヤマヤマ、Aランクポーションのことは秘密にした方がいい」

「もちろん。今のところAランクポーションはシオン専用だし、どの道余裕はないよ。それにCランクポーションまででも十分稼げるからね」

 Aランクポーションはないものとして考えないとね。Cランクポーションでもこの世界の最高峰のポーション職人を超えるって言われているんだから、Aランクポーションを世に出す気はこれっぽっちもない。たとえシオンの病が治って余ることになっても売ることはないよ。


「……伝説級のAランクポーションが専用。……それも毎日……シオン、ずるい」

「いや、ズルくはないだろ。病が原因なんだから。それにAランクポーションを渡しているのは俺が決めたことだからね」

「旦那様、私はCランクポーションでも大丈夫ですよ」

 ほら、シオンがまた控えめなことを言い出した。……今からでもAランクポーションを口に突っ込んだ方がいいか――。

「……シオン、たぶんヤマヤマと一緒にいて感覚がおかしくなっているんだろうけど、Cランクポーションでも破格の待遇。……商業ギルドで交渉した時の内容覚えてる?」

 フィーネから言われたことでシオンがハッとして何やら考え込んだ。そして少し困ったような笑みを浮かべて俺を見た。――たぶんそれ以上ランクを落とすと一緒に過ごせる時間が減ると思い、それ以上ランクを下げる提案ができなかったのかな。

 ――いや、毎日作れるからね!? というか俺はAランクポーションをシオン専用だと言ってるよね!?


「ふふふ、最初はEランクでもいいと言いましたのに。主様はシオンと初めて出会った時にDランクポーションを無償で提供し、翌朝にはAランクポーションをくださいましたわ。シオンは愛されていますわね」

「お、お姉さまっ!?」

「……ヤマヤマ? ヤマヤマのポーションはすべて特別だと認識した方がいいよ?」

「……いまはちゃんと分かっているよ」

 ――でも、あの時はたとえ分かっていたとしても同じ選択をしたと思う。後悔はしてないし、するつもりもない。ツバキやシオンが怪我をしたなら最善を尽くす。

 ……あとはまぁ、フィーネも、ね。調子に乗るから言わないけど。

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