第131話 慈善準備 1

 朝食を終え、昨日行けなかった革職人の店に行くことにした。今日はシオンがCランクポーションを飲んでいるのでいつもより効果が切れるのが早くなる。そのため、商業ギルドに行くのは止めて、昼頃までには屋敷に戻るつもりだ。

 どうせ明日にはコニウムさんとの約束もあるので行くことになるからね。

 初日はDランクポーションを昼前に飲んで夕食まで効果が持続した。Aランクポーションなら朝から夜まで。Cランクポーションでも夕方前くらいまでは持つと思う。

 とはいえ、余裕をもって戻りたいので、革職人のところに行ったら今日は屋敷に帰ってポーション作りでもしようかと思っている。シオンを一人にするのも可哀そうだからね。


「旦那様、私は一人でも留守番できますよ? それに屋敷にはスンスン達もいますし、一人ではありませんから」

 今日の予定を伝えると何を基準に行動を決めたのかを察したシオンが留守番を申し出た。でも表情は笑顔なのに、どこか我慢したような、無理に納得したような諦めを感じる。

 ポーションの効果が切れるまでは普通に動けるんだ。それなのに効果が切れることを警戒して屋敷に閉じ込めるのは違うと思う。

「シオンがどうしても屋敷に残りたいならそれでもいいけど――俺はシオンと一緒に買い物にいきたいな。ダメかな?」

「旦那様、それはズルいですよ? ……私もご一緒させてください」

 はにかんだ笑みを浮かべるシオン。……ちょっと照れくさいな。

 そして俺とシオンの様子を黙って見ていたフィーネがそっと近づいてきた。

「……ヤマヤマ、それ、私も言われてみたい」

「フィーネは留守番するって? 了解。それじゃスンスンの指示に従って掃除をお願いね」

 シオンの手を取り、ツバキに抱きしめられて玄関に向かって歩き出すと、フィーネが追いかけてきて俺の左手を握る。

「……私もご一緒させてください」

 唇をツンと尖らせたジト目のメイドが腕を絡める。一緒に来るのはいいんだけど、フィーネは家事をするつもりはないよね? もうメイド服着なくてもいいんじゃないかな?


 ◇


「あ、やっと出てきた」


 完全防御態勢で屋敷を出て、門の方に向かうとザルクさんとダリオさんがすでに警備をしていた。そして二人と一緒に一人の少女が待ち構えていた。


「おはよう。……朝からどうかした? ママリエさんが金貨食べてしまったっていうクレームなら聞かないよ?」

「違うわよ! それにちゃんと食べられる前に両替したわ」

 いや、食べられる前にって。……冗談だよね? 

 ザルクさん達と一緒に待ち構えていたメルメルに訝しげな視線を送ると「冗談よ。……半分は」と小さく零していた。

 マジでこの世界の金貨はヤバい薬が使ってあるんじゃないよね? 


「……それで、どうしたの?」

「あ、うん。情報を集めて教えるって約束でしょ? 今日は確認もあったから私が来たの。ズバリ聞くけど、昨日のスラムの事件、おにーさん達でしょ?」

 ずいっと顔を寄せて下から覗き込むように俺を見るメルメル。……ツバキに迎撃されないくらいには親密度が上がったみたいだね。……じゃなくて。

「近いから。……まぁ、誤魔化すまでもなく、俺達が関係しているけど――俺達は襲われた方だからね?」

「やっぱりね。もう、街中その話題で持ちきりよ? スラムの撤去を領主様が慣行したってね。でも実際にはスラムに立ち入りが出来なくなったりしたわけじゃないし、犯罪者がいなくなったから治安も良くなったみたい。……ただ怪我人が大量。動けないほどの怪我人は警備隊が治療に協力しているみたいだけど、軽症者はあっちこっちで呻いているから別の意味でスラムに立ち入れなくなっているわね」

 ……まぁ自業自得だろう。むしろ領主の娘まで襲ってその程度で済んでいるんだから感謝してもらわないとね。


「メルメルには言っておくけど、ミーシアやスラムの子供達を襲った犯人は俺が監視することになったから。これ以上被害が出ることはないと思うよ」

 領主に任せていてもどうなるか分からないけど、うちで面倒を見るならそんな馬鹿な真似はさせない。そんな元気が出ないように24時間、馬車馬のように働かせよう。


「え? それって領主様の令嬢がこの屋敷に来るってこと? ……そんな人、入れて大丈夫なの?」

 目元を引くつかせるメルメルの視線が美人なら誰でもいいの? と語っているようで不愉快極まりない。俺は監視のために受け入れただけだ。ツバキ達と一緒にいる俺が容姿で判断するわけがない。それに猫をかぶっていないヒロネ嬢を見てるからね。


「大丈夫かどうかは相手次第だけど、少なくとも心配されるのは俺じゃなくて向こうだね」

 お胸越しにツバキを見上げメルメルに言うと、メルメルも納得したのか、頷いている。

「でも、事件の当事者がおにーさん達なら、事件に関しては私より詳しいでしょうね。そうなると、商業ギルドが傭兵や冒険者に手当たり次第に声をかけているのも、おにーさんに関係しているの?」

「うん? いや、それは知らないよ」

 ミリスさんからも特に何も言われていない。……スラムの騒動を聞きつけてじゃないよね? 暴動を抑えるために人数を集めたとか。ミリスさんは俺達が暴れたことを知っているけど、行き違いになっていたりしてね。

「……ヤマヤマ、それはコニウムの件だと思うよ」

「コニウムさんの? ポーションのこと?」

「……うん、各地に派遣しようと思っているんじゃないかな。……でもヤマヤマが冒険者ギルドを酔いつぶしたから、動ける人材を手当たり次第に集めていたんじゃない?」

 ……ん? んん? 俺が冒険者ギルドを酔い潰した? ……酒は奢ったけど、金貨一枚だよ? 酔い潰すほどじゃないだろ。人数もそれなりにいたし。

「冒険者ギルドもおにーさんが関わっていたのね……。昨日の昼頃から冒険者ギルドが機能していないって護衛依頼を出そうとしていた商人達が困っているらしいよ。それに加えてスラムで大暴動が起こったから暴動を止められないようにスラムが画策したんだろうって噂になっていたよ」

 ……俺は酒を奢っただけで酔い潰れたのは吞兵衛達のせいだ。スラムの騒動も元を正せばセルガのせいだし、俺は被害者だろう。

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