第70話 心の在り様


ダダンガさんを見送り子供達を裏井戸に案内する。もちろんメルメルとリクも一緒だ。

そしてなぜがザルクさんまで付いてくる。護衛は必要ないよ?


「子供達が敷地内で作業をしている間は私かダリオが監視に付きます」


護衛ではなく監視者だった。子供達が悪さをするとは思えないけど、万が一の事に備えるそうだ。

それと同時に子供達の安全と要らぬ誤解を生まない為の措置らしい。屋敷の物品が無くなったりした時に疑われるのを未然に防ぐ意味があるそうだ。


屋敷の井戸は滑車付きの釣瓶式だ。ひも付きのバケツを落として汲み上げる旧タイプなら滑車を用意して喝采を浴びたかったんだけどね。…………。手押しポンプでも作るか……。


街中には釣瓶式じゃない井戸もあるそうだけど、子供達はお手伝いで水汲みをする事があるらしいので手慣れていた。

二人で汲み上げ、一人が受け取り、二人はリレー方式で水を運ぶ。今は風呂用の水を汲んでるからそれで問題ないみたいだ。生活用水の時は皆で運ぶそうだ。

…………バケツを用意する様にスンスンにお願いしとこうかな。


「問題ないみたいね。それじゃおにーさん、私達はこれで帰るわね」

「うん? 一緒に帰らないのか?」

「ええ、他の子達の様子も見て来ないといけないからね」


孤児院の年長組十二人は街で屋台の手伝いやら店の清掃やらの仕事をしているそうだ。メルメルは子供達でも出来る仕事を探して適材適所に子供達を送り出しているらしい。…………派遣会社か。


「リクは働かないの? 兄妹に働かせて」

「普段は俺も働いているよ!? 今日はッ」

「リク、ダメよ。ここはスラムじゃないんだから」


メルメルに止められたリクが恨みがましく見てくる。……すまん。そう言えば事情があったな。

今日は悪役令嬢を懲らしめる為に休んだのか。……そして人違いの上、返り討ちにあったと。


「普段は冒険者ギルドで冒険者が持ち帰った魔物の解体を手伝ったり、薬草の仕分けをやってるんだよ」

「リクは今年で成人だからね。孤児院に居られるのもあと少しなのよ。冒険者を目指すのは本当は止めて欲しいんだけどね」


――――、なんだと? 


「俺はちゃんと冒険者に戦い方の手解きも受けているし問題ないよ! メルも認めてくれたじゃん!」

「認めるのと心配するのは違うのよ。…………ママリエだって本当は反対しているんだから」


――――、冒険者?


「俺は冒険者になって孤児院の皆に美味しい物をたくさん食べさせてあげたいんだ。それにあんちゃん達みたいに俺も一人前になって孤児院の運営に協力したいんだ!」


――――、成人?


「それは何度も聞いたわよ。でも冒険者の失業率は高いのよ。ザルクとダリオだって怪我のせいで職を失ったんだからね」

「……それも覚悟の上だよ。でも孤児の俺が大金を稼ぐにはこれしか方法がないんだ」


「――――、リクって15歳、なのか?」

「え、う、うん。そうだけど?」


…………。まだ12歳ぐらいだと思ってた。今水汲みしている少年達と全然変わらないからね? …………え、ならシオンより年上? いや女性の方が早熟って言うけどさ。なら俺が成人の儀式に通らなかったら俺はリクより年下って事か!? 通っても同い年か!?


「……ヤマヤマ、大切なのは年齢じゃない、心の在り様」


…………。流石は160歳。街での生活も四十年って事はフィーネからしたら俺達はみんな子供みたいなもんか。


「……私は年寄りではない。心はいつでも15歳」

「まぁ見た目はシオンとそう変わらないけどね」

「旦那様、私の方が若いですからね?」

「……私は老けていない。シオンより肌もぴちぴち」


ここで言い合いを始めるのは止めてくれ。二人とも十二分に綺麗だから心配しないで良いから。


「主様、ここは若い者に任せて私達は屋敷に戻りましょうか」

「そだねぇ。二人もひと段落着いたら帰って来てね」


お風呂の水汲みが終わった子供達が生活用水の分のバケツを抱えて待っていたので子供達を案内して屋敷の中へ。

ザルクさんも付いて来るなら水抱えて上げたらいいのに。……子供達の仕事を奪うわけにはいかないか。



「にゃー! ご主人様にゃ!」

「お帰りなさいませー。…………駄猫メイプルさん? 行儀よくしないと没収しますよー?」


メルメルとリクを見送ってから屋敷に入るとメイプルが木箱を抱えて走り寄って来た。その後ろをスンスンが付いて来ている。


「見るにゃ! 魚にゃ! 新鮮にゃ!」

「……そうだね。魚だね。…………スンスン、これどうしたの?」

「なんでスンにゃんに聞くにゃ!?」


いや、メイプルに聞いても話が進まない気がするからさ。俺には魚が新鮮なのか分からないからね? 

ヨウコが持って来ないって事は夕食用の食材じゃないんだろう。そもそも今日は肉って言ったわけだし。


「これはー、猫さんとヨウコさんが商業ギルドで貰ったそうですー。まだヨウコさんが帰って居ないので詳しい事は分かりませんがー」

「にゃにゃ!? さっき説明したにゃ! レベッカにゃんが皆で食べてってくれたにゃ! 丸焼きにゃ!!」


…………。ふむ、商業ギルドで賄賂を貰って来たか。結構重そうな木箱だけどがっしり抱き締めて離さない。…………今日は魚か。


「……ヤマヤマ、これ氷の魔石。魚よりこっちの方が価値がある。……直ぐに冷所で保管するべき。このままじゃ使い切る」


フィーネは木箱の中の魔石に目が行っているみたいだ。冷気が出ているけど氷の魔石とかあるんだな。氷自体はないのか?


魔石には幾つか種類があって内包してある魔力が切れると壊れるそうだ。小粒のクズ魔石や小魔石などは使い切りにしか使えないそうだけど、三センチを超える小魔石や五センチを超える中魔石になると内包してある魔力が多くなるので複数回使い回せるそうだ。

そしてこの地方には氷の魔石が出るダンジョンが無いので高額で取引されているらしい。

…………メイプルさん? 問題起こしていないだろうな? ヨウコに聞くか…………。


「それとは別にー、お酒と果物も頂いたみたいですー。そちらは保管していますので後でご確認下さいー」


…………。それなら魚も持ち歩かず保管しようよ。フィーネが少し怒り気味だぞ。お金の恨みは恐ろしいぞー。フィーネが貰ったわけじゃないけど。


「――お酒ですか?」

「お姉さま、主様が頂いた物ですよ」


お酒と聞きツバキが少し前のめりになり抱き締め方が強くなった。それと同時に頭に掛かる圧が高まる。うむ。極楽。


「主様はまだ飲めないのでしょう? でしたら捨て置くのも勿体ないと思うので私が飲んでも良いと思いますわ。ダメでしょうか?」


ぷにぷに


「…………。まぁ俺は飲まないから良いよ」


向こうの世界でもお酒はあまり飲んでいなかったから特別飲みたいと思う気持ちはないんだよね。…………。こっちに来てストレスも減ったしね。


「旦那様、後悔しても知りませんよ?」

「…………そんなに酒癖悪いの?」

「私は酔いませんわよ?」

「そうですね。数本程度なら問題ないかも知れません」


…………。え、数本程度って以前はどれだけ飲んでいたんだ? 


「スンスン、お酒ってどれくらいあるの?」

「銘酒が二本ですー。一本は秘蔵しておいた方が良いと思いますよー?」

「……二本とも秘蔵して安酒を買って来るべき。……銘酒なら価値が高まるかも知れない」


フィーネはブレないな。ツバキの視線が怖いから一本は出そうね。っと、子供達を忘れていた。


「スンスン、悪いけど子供達を台所に案内してくれる? 今日から朝と夕方に数人の子供達が水汲みに来るようになったから対応お願いね」

「わかりましたー。では皆さんこちらへどうぞー」


スンスンが子供達を連れて奥に行くのを見ていると服が引っ張られる感覚が…………。


「メイプル、どうしたの?」

「丸焼きダメにゃ?」

「ヨウコに相談しようね。……メイプルの分は魚でいいよ」

「やったにゃ! ご主人様大好きにゃ!」


喜ぶのは良いから木箱を抱えたまま突撃してくるんじゃない。ツバキが押さえなかったら潰れていたぞ。


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