第69話 S11 リンダリンダ
「ふんふん~♪」
リンダは上機嫌でヤマトの屋敷を目指して中央区の大通りを歩いていた。
周囲には商業ギルドの警備員が複数巡回しているが誰もリンダに気付けない。
「クスクス。ほんとーに無能ですねぇ。ちょっとお化粧しただけで気付かないなんてお笑いですよー」
リンダの隣を通り過ぎる警備員はリンダの顔をチラリとも見ない。それもそのはず、現在のリンダの姿は男そのものであった。
独自のメイクと男物の服装で男装をしたリンダは平民の少年といった風貌であった。ギルドでも美人で通っているリンダがそんな恰好をしているとはつゆにも思わず警備員たちは気付くことができない。
セルガを射止める為にギルドでは念入りにメイクをして身だしなみを整えていた事が功をそうしていた。
「でもヤマト君の家にも監視はいるだろうなぁ。着替えをどうしよう。…いっそ警備員を買収しようかしら?」
チロリと舌で唇を舐める姿を偶然にも目撃してしまった通行人の男性はリンダのその仕草を見て胸が高まった。そしてバシバシと頬を叩き「俺は正常だ」と呟き足早にその場を離れていた。
「クスクス、早く会いたいわぁ、ヤマト君。うふふ、待っててね」
「ッ! 見つけました。リンダ! 止まりなさい!」
「…………あら? ミリスさん? 貴女まで駆り出されていたなんて。誤算でした」
振り返ったリンダの視線の先にはメルビンと警備員を四人連れたミリスの姿があった。
警備員達は振り返ったリンダの姿を見てもそれがリンダだとは思えず、狼狽していた。
「……彼、が
「ええ、間違いありません。変装している様ですけど私の目は誤魔化されません」
「誤魔化すもなにも普通に答えたじゃないですかー。私はただ男物の服を着ているだけですよ?」
リンダの言葉にミリスの傍にいた男陣は揃って首を振る。男物の服を着ただけでは決してない、と。
しかしその声を聞くと女性の声であることから変装であると認識できたメルビン達は逃がさない様に包囲を詰めて行く。
「リンダ、貴女は謹慎中のはずよ。今出歩いているだけでも規則違反になっている事を理解していますね?」
「それは違いますよ? 私はセルガ様の指示で行動しています。ヤマト君の情報を集めてヤマト君の家を訪ねる様にセルガ様から命令されたのです。本当は私もやりたくないのですけど、貴族様の命令に逆らえるわけがないじゃないですかー」
「…………それが本当だと言うのなら大人しく私達と来なさい。貴族が相手だろうと貴女を見捨てる事はしないわ」
「そんな言葉が信用できるとでも? ヤマト君に暴行を加えていた貴族を止める事もしなかった癖に」
「――それを貴女が言いますか。……貴女の目的は何ですか? 貴女がヤマト様の元に行っても門前払いされるのが関の山でしょう」
「えぇ、何ですかそれ? この姿でお会いするわけではないですよ? ちゃんとおめかししてお会いしますからヤマト君も私にメロメロですよー」
ミリスと会話をしながらも包囲を躱すように後ろ向きに移動を続けるリンダ。その熟練した動きにミリスとメルビンは疑問を抱くと共に逃がさない様に歩を早める。
「貴女がヤマト様にした行いは聞きました。どうして貴女にヤマト様が好意を抱けるのか是非とも聞きたいですね」
リンダの意識を集める為に会話を続けるミリス。そして反対側から別の警備員が近づいて来た時に振り返る事もせず路地へと入り込むリンダ。
距離を離さず視界から逃さない様に立ち回るミリスとメルビン。その卓越した動きから
「……それはもちろん、私が美人だからですよー。ヤマト君は商業ギルドのせいで亜人を侍らせているみたいですし、私が甘やかして上げればすぐに私になびきますよー」
「…………とんだ戯言ですね。そんな考えの貴女をヤマト様の元に行かせるわけには行きませんね」
「クスクス、私、ヤマト君に恋しているんですよ? ヤマト君も私を愛してくれますから相思相愛ですねぇ」
「妄言もいい加減にしなさい。……これ以上はありません。大人しく私達と来なさい」
路地を少し進んだ所で反対側からミリスの指示を受けていた警備員が四名近づいていた。それに気付いたリンダの足が止まり、リンダは前後を挟まれた状況になる。
「……あらあら、人の恋路を邪魔する人が多い事ですねぇ」
「貴女のは恋路ではありません。ヤマト様にご迷惑をお掛けする前に止めます」
「そんな事だから男の一人も居ないのよ?」
「その程度の器の男などこちらから願い下げです。さぁ、大人しく来なさい」
「――そんなんだからレベッカさんとミリスさんが出来ているって噂が立つのよ?」
警戒しつつも一歩を踏み出したミリスがピタリと止まる。
「――は? そ、そんな噂が?」
「冗談よ。本気にしないでよ。本当の事みたいじゃない。……本当なの?」
「違うに決まっているでしょ!!」
ダンッとミリスが強く踏み出した時、ミリスの意識がリンダに集中してしまう。
「ッ危ない!!」
ミリスの背後から冷静にリンダを観察していたメルビンがミリスを押し退け暗闇から振り下ろされた剣を受け止める。
「っ、え、いつの間に!?」
リンダの周囲には五人の黒ずくめの男達が立っていた。メルビンが剣を受けている男も暗闇に紛れ殺気が洩れるまでミリスもメルビンも気付くことが出来なかった。
そしてリンダの背後から近づいていた警備員達の元にも同数の男たちが襲い掛かっていた。
「クスクス、ミリスさん? 詰めが甘いですよー。……でも今回は私が引きますね。流石に今の状況じゃヤマト君を堕とすのは難しいですからねぇ。じゃ皆さん後は宜しくね。あ、そっちのイケメンさんは殺さない様にしてくださいねー」
警備員と黒ずくめ達が交戦を始めるのを確認してリンダは歩き出す。
「っ待ちなさい! リンダ!」
「またね。今度はもっと楽しみましょうね」
「待ちなさい! 貴女、ハーティアと関りが!?」
ミリスの問いに答える事なくリンダは戦線を離れて行く。その後ろ姿を見つめることしか出来ないミリスは唇を噛み拳を握り絞める。
そしてすぐさま警備員の指揮を取るべく立ち上がり指示を出し始めるのだった。
□
「……逃がしたか」
「申し訳ありません。私の判断ミスでした」
リンダが離れた後、ミリスの指揮で黒ずくめの男達を撃退したメルビン達であったが、負傷者が数名出た事とリンダの姿を完全に見失った事で追跡を諦めるしかなかった。
「――いや、あれは仕方がないですよ。まさかハーティアが出て来るとは誰も想像できませんよ」
ハーティアとはスラムの最奥に拠点を持つとされている犯罪者集団の名称であった。詳しい詳細は商業ギルドでも掴めていないこの街の暗部である。
メルビン達警備隊が定期的にスラムの中を巡回しているがその存在を確認できたことはなかった。しかし大きな事件が起こる時は必ずハーティアの名前が囁かれて来た。
「…………メルビンさん、さっきは危ない所をありがとうございました」
「気にしないでください。市民を守るのは私の役目ですから。……ただリンダを逃がしたのは痛いな。ハーティアとも繋がりがあったのなら確実に捕まえておきたかった。……いや、よそう。それより今後の事です。リンダはヤマト君を諦めたと思いますか?」
「…………恐らくは。ハーティアと繋がりがあると分かった以上、商業ギルドとしてもこれまで以上にヤマト様に目を光らせます。そんな中にのこのこやって来るほど愚かではないでしょう」
「そうですね。私も同意見です。ヤマト君に危害を加える事は出来ないとは思うけど、私の方からもスラム方面も含めて巡回を強化するように掛け合います」
「はい。……ただ余り大袈裟にするとヤマト様から反感を買いそうですよね」
「……そこまで短慮な子ではないと思いますよ? 今日は私も屋敷に行きますから一応犯罪組織が関与しているって事を軽く伝えておきます。まぁ屋敷内と外出中のヤマト君に手を出せる者は居ないと思うけどね……」
メルビンは人伝に聞いたヤマトの外出中の様子を思い浮かべて苦笑していた。
最強の種族として語られる竜人族二人と森の賢人と名高いハイエルフに囲まれている少年。
メルビンが受けた報告では悪意を持って近づく者はその場で倒れ、敵意を向けるとそれ以上の殺意を持って返礼されると聞き及んでいた。
近づく事すら許されない護衛の力量に脱帽するばかりであった。
「それは中でも外でも安全だと言う意味ですか?」
「ええ。竜人族の戦士を抜ける者がいるなら是非とも会ってみたいものです」
「…………先ほど襲って来た黒ずくめの男達が束になって襲い掛かったのなら数の差で負けるのでは?」
「ッぷ、ははは! いや、失礼。ミリスさんはツバキ殿に会った事がないのですね? いや、彼女の戦いを知らないのですね。彼女を抑えるなら一個師団は必要ですよ。それも決死隊だ。信念が無ければ彼女の前に立つ事さえできない。あの程度の輩ではヤマト君に近づく事も出来ないでしょう」
商業ギルドの警備員は戦闘訓練も受けており、兵士と遜色のない実力の持ち主であった。その警備員達が負傷し相手を捕まえる事も出来ず取り逃がしていた。その事からミリスは黒ずくめの男達が兵士以上の実力の持ち主ばかりであると考えていた。
幾ら竜人族であっても数の暴力の前には屈するであろうと考えるミリスをメルビンは一蹴する。
「……商業ギルドは万が一を考え警備員をヤマト様の屋敷の傍に配置します。怪我人もいますので一旦ギルドに戻ります」
メルビンの楽観的過ぎる意見を聞き眉を顰めるミリスだったが、その事には触れず警備強化をすることだけ伝え怪我人の元に向かう。
「了解です。私もこれからヤマト君の屋敷に向かう用意があるので失礼します。何かあったら部下に連絡をしてください」
「分かりました。ご協力感謝致します」
ミリスとメルビンはそれぞれの目的地を目指して別れる。
メルビンは門の検問を強化する様に指示を出すが、あの変装技術の前には無駄な足掻きであろうと頭を振る。
ミリスはレベッカに報告する内容をまとめながら叱責を受ける覚悟をしつつ巡回中の警備員にヤマトの屋敷を遠巻きで警戒するように伝達を出した。
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