第66話 S10 すれ違う想い3
「そう言えばヨウコにゃんはどうしてギルドに来たにゃ?」
ヨウコがレベッカと楽しく雑談していると果実水を飲み終わったメイプルがポロリと零しヨウコはハッとしてレベッカを見た。
レベッカの接待話術によって緊張感を解され楽しく会話をしていたヨウコであったがギルドに来たのは金貨の両替の為であり、それは食材の買い出しという最優先すべき職務の一環であった。決して商業ギルドでレベッカと楽しく会話をする為ではない。
「ッ、レベッカ様、私、実は金貨をご主人様から預かっておりまして、市場での買い物に使うように言われたのですが流石に使えないのでギルドで両替をお願いしたいのです」
「なるほど。分かりました。直ぐに用意させましょう」
ヨウコから有益な情報が得られないかと会話で探りを入れていたレベッカであったがヨウコが詳しい話を知らなかった事とメイプルの絶妙な鳴き声のせいで詳しい情報が得られなかった。
レベッカがヤマトに付いて尋ねた時などヨウコが答えそうになった際に「ふにゃー、美味しいにゃにゃー!!」や「みゃー、みゃ? にゃーにゃ!」などの奇声をメイプルが上げていた。
その度に会話が途切れる為会話を繋げるのにレベッカは苦労していた。
そしてメイプルがレベッカに時折尋ねる事は「ギルドはご主人様をどう思ってるにゃ?」や「レベッカにゃんはご主人様のなんにゃ?」などレベッカが答え辛いことをポンポン投げかけて来ていた。
そんな会話の中でメイプルがヨウコに尋ねた内容はレベッカには渡りに船であった。
ヨウコから金貨を預かったレベッカはすぐさま席を立ち、両替の為の銀貨を持って来ると退出した。
そして二人になった部屋の中でヨウコは項垂れていた。
「ヨウコにゃん? 話に夢中になり過ぎにゃ。買い物もまだなのにこんなところで油を売ってていいにゃか?」
「うぅ、ごめんなさい。レベッカ様とお話する機会が来るなんて夢みたいだったから……」
「言い訳にもならないにゃ。黙ってみていたら何時までも終わらないと思ったにゃ。私もご飯買って帰る仕事が残ってるにゃよ?」
「ごめんなさい」
ヨウコはメイプルに言い返す言葉もなく頭を下げた。結果的にメイプルがホールで騒いだ件は不問となりヨウコ一人が空回りした結果になっていた。
メイプルのことを頭がアレな呼ばわりをした事とメイプルがズバッと要件を突き付けた事で話がスムーズに進んだ事を理解しており、手助けをする為にギルドに来たのは余計なお世話だったのだと思っていた。
「ヨウコにゃんが来てくれたからここに案内されて助かったけど、時間かかり過ぎにゃ。この事は黙っておくから今日の晩御飯はお魚多めでお願いするにゃ」
ヨウコが来るまで窓口で言い合いを続けていたメイプルはヨウコが来てくれたお陰で話が進み、その後の会話もヨウコが主導で話してくれたので楽が出来たと思っていた。
時折話が長くなりそうな時に相槌を入れていたが、基本的に年上で経験も自分より上であるヨウコを先輩と見て丸投げしていた。
そして先輩がいると安心感からレベッカやファルナと向き合っても特別なにも感じず落ち着いて話を聞く事もできた。時折、ヨウコが
「……ご主人様のメニューはお肉と野菜だからお魚は難しいです」
ヤマトに作った食事の残りの食材で賄いを用意するつもりでいたヨウコであったが、そもそも今日の食事に魚がない以上メイプルの要望に応えることは不可能である。
「そうにゃか。じゃあ、明日のご飯は魚にして欲しいにゃ。丸焼きが良いにゃ!」
「…………流石に一匹丸焼きは無理ですよ? ご主人様のお食事を作った残りの食材で用意しますから余り期待しないで欲しいです」
食材の買い出しを任せられているとはいえヤマトの食事に使わない食材を余分に買う事は出来ないとメイプルに伝えるヨウコであったが、当のメイプルは首をコテンと傾けヨウコに疑問を伝える。
「なんでご主人様の食事の残りで作るにゃ?」
「え? それはもちろん私達が使用人だからですよ? ご主人様は私達の食事も用意して構わないと言われていますから使用人の分の賄いも用意するつもりです。ですがこれはご主人様のお食事を用意した後に準備します。基本的にご主人様のお食事に沿ったメニューになりますけど、同じメニューにはなりませんよ?」
使用人は通常屋敷で食事を摂る事はない。
高待遇の住み込み使用人や従者に限り、主人が自宅で食事を用意する場合などに主人の食事を用意して余った食材を料理人が工夫して賄いを用意することはある。
しかし基本的に外食が主なこの国において使用人の為に食事を用意する主人は稀であった。
ヤマトから使用人の分の食事も用意するように言われていたヨウコはこれまでに経験の無い分野であり頭を悩ませていた。
料理屋で作っていた料理は元から大人数を想定して作る物だったので従業員の賄いも同じだった。しかしヤマト、ツバキ、シオンの三人分を用意して別に使用人の賄いを用意するのは初めての事になる。
「にゃ? なんで私達だけ違うメニューにする必要があるにゃ?」
「……ですから私達が使用人だからですよ。同じ食事が頂けるわけないでしょう」
「にゃ? 一緒に食べるのに違うメニューになるにゃ?」
「えぇぇ? 一緒に食べるわけないでしょう?」
「ふにゃ? ご主人様はみんな一緒に食べるって言ってたにゃよ?」
「それはツバキさんとシオンさんと一緒にって意味でしょう。…………もしかしたらシルフィさんも一緒かも知れませんけど、私達が一緒に頂くわけではありませんよ」
街中でのヤマトとシルフィーネの姿を思い出しシルフィーネも追加するヨウコであったが、そこに自分達も入ると言うメイプルの考えに世間知らずであると頭を抱えていた。
「でも米は九人分って言ってたにゃ」
「…………それは、そうですけど」
「お茶の入れ物も人数分買って来てたにゃ!」
「…………」
メイプルの指摘にまさか、と在り得ない事を考え頭を振るヨウコであったが、受付嬢やレベッカの対応にツバキ達の存在がヤマトの特殊性を裏付けていた。
メイプルの指摘が正しかったとしたらヤマト達の食事だけを用意するのは間違いになる。しかしヨウコの考えが正しかった時に人数分の食材を買ってしまうと完全に予算の無駄遣いになってしまう。ヨウコは答えの出ない難問に判断を付けられないでいた。
コンコン
「失礼します」
「お待たせして申し訳ありません」
ヨウコが頭を悩ませているとトレーを持った専属受付嬢とレベッカが入室してきた。専属受付嬢はファルナではなく別の専属受付嬢であった。
「私はロロナと申します。よろしくお願いします」
「ファルナとロロナにはお二人や他の使用人方の対応を任せようと思っています。他の使用人の方が来る際には受付窓口で二人を呼ぶか、ヤマト様の遣いで来たと言付けをお願いします」
「は、はい。必ず伝えます」
「お願いします。こちらが先ほどの金貨の両替分になります。ご確認ください」
ロロナがテーブルに置いたトレーには銀貨が十枚ずつ十列に並んでいた。そしてその横には花の刺繡がされた革袋も置いてある。
「……えっと、手数料は…………?」
手数料を差し引かれた残りの金額が持って来られると思っていたヨウコは銀貨百枚を前にして落ち着きが無くなっていた。
恐る恐る上目遣いでレベッカを覗き見ながら聞くとレベッカは安心させるように笑みを浮かべ首を横に振った。
「不要です。ヤマト様の使用人から代金を頂くわけには参りません。こちらの革袋はサービスです」
レベッカはヨウコがポケットから直接金貨を取り出した所を見ていたので銀貨を入れる袋を持っていないだろうと思い女性向けの革袋を用意していた。
しかしヨウコは手数料が無料な上にサービスで革袋が貰える何ておかしいと手を伸ばせずにいた。花の刺繡がされた上質な革袋なら市場で大銅貨数枚以上はする品物であった。
何か裏があるのでは? とヨウコが革袋を見つめていると隣からスッと手が伸び革袋を手にして銀貨を詰め出した。
「って!? メイプルさん!?」
「にゃ? さっさと詰めて帰るにゃ。見てても意味ないにゃよ?」
メイプルの言はもっともであるが釈然としないヨウコは恨みがましい視線をメイプルに向けていた。
「まぁまぁ。そちらは私からヨウコさんへのお近づきの印です。ヤマト様に送る品ではないのでご自由にお使いください」
「え、本当ですか!? メイプルさん! それは私の物なので私が入れます!」
使用人としてではなくヨウコ個人へ送られた物だと言われメイプルから革袋を奪うヨウコであった。そしてレベッカをジトっと見つめるメイプル。
「……メイプルさんにもありますよ。どうぞ」
レベッカはヨウコが銀貨を入れ終わったタイミングでもう一つの革袋を取り出しメイプルに渡す。革袋には猫の刺繡がされておりメイプルは大喜びで受け取り昼食代としてヤマトから渡されていた銀貨五枚をポケットから取り出し入れていた。
ヨウコはその様子を見てなぜ自分には金貨を渡してメイプルには銀貨なのだと不満に思う。
金貨を渡されたお陰で手数料や失態の事を考え苦悩した事を思い不満そうにメイプルを見つめていると、ふとツバキの言葉を思い出した。
『信頼の証だと思いなさい』
ヨウコはメイプルを再度見て不敵な笑みを零した。そこにはもう不満そうな想いは皆無であった。
「それでは我々はヤマト様のご依頼の品を用意しますので今回はこれで終了とさせて頂きますが宜しいでしょうか?」
「――ぁ、はいッ! 大丈夫です!」
「はいにゃ。私も急いで戻らないといけないにゃ」
すたっと立ち上がるメイプルに釣られヨウコも立ち上がりそのままレベッカに誘導される形で部屋を出る。
「本日は有意義な時間を過ごせました。ヤマト様にも宜しくお伝えください」
「は、はい。素敵な贈り物を頂きありがとうございます」
「にゃ! ご主人様にもしっかり伝えるにゃ。窓口で話が通じないで時間が掛かって、案内された部屋でご主人様の事を色々聞かれて、最後に高そうな革袋を個人的な贈り物として貰ったって、ちゃんと伝えるにゃ!」
「「…………」」
ヨウコたちの先を歩いていたレベッカとロロナの足がピタリと止まった。
そして突然動かなくなった二人を見て「にゃ?」と無邪気な表情をしているメイプルをヨウコは信じられないモノを見るような瞳で見つめていた。
「――――。――――忘れるところでした、お二人の貴重なお時間を使わせてしまった埋め合わせに、ヤマト様へのお土産を用意していたのでした。ロロナ、分かってますね?」
「はい! 直ちに!」
ダッと駆けて行くロロナの後ろ姿を見つめる三人。
信頼の瞳と無邪気な瞳と罪悪感で伏せられた瞳であった。
ホールから専属窓口へ向かう通路で長く短い時間立ち止まっているとロロナが一抱えある箱を持って走って来る。
「はぁ、はぁ、はぁ。お、遅くなり、申し訳ありませんでした。こちらを、どうぞ」
箱の中には珍しい果物と希少なお酒、そして貴重な氷の魔石に囲まれた生魚が入っていた。
「にゃにゃ! 魚にゃ! ヨウコにゃん! 生魚だから今日食べるべきにゃ! 新鮮にゃ!」
「…………ご主人様にお伺いしてからね……」
明らかにメイプル狙いの品物が入っている事に頬を引きつらせるヨウコであったが、当の本人は魚を見て大喜びであった。
「ヤマト様にはくれぐれもよろしくお伝えください。当ギルドはヤマト様の素性を探ったりなどはしておらず、共に歩んで行きたいと切に願っていると」
「分かりました。必ずお伝えします。メイプルさんもいいですね?」
「分かったにゃ! ギルドに来たら果実水を出されて少しお話しただけにゃ! 帰りにお土産も貰ったにゃ!」
「「「…………」」」
メイプル以外の女性三人と護衛の為に近くにいた警備員達は複雑な表情でメイプルを見つめるのであった。
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