第65話 S10 すれ違う想い2

 サイガス商業ギルド、副ギルド長レベッカの名前はサイガスの街には広く知れ渡っていた。

 レベッカが就任してからの街の景気は一般の平民でも理解できるほど良くなり、貴族の横暴が激減したと街でも噂されていた。


 商業ギルドの敵対者には貴族であっても一歩も引かない姿勢と街の至る所に目を行き届かせる行動力は町人からも好印象であり、貴族からも一目を置かれる存在であった。まさに平民からすれば身近でありながら雲の上の人物であった。


 その事はこの街で生活しているヨウコの耳にも当然入っており、スラムの人間でさえ商業ギルドと揉めてはならないと語るほどであった。

 ヨウコは目の前に座る威風堂々たる姿をしたレベッカに畏敬の念を覚えると同時にレベッカが出向いて来るほどの失態を犯していたのかと途方もない絶望感に浸っていた。


「――――ッ申し訳ありませんでした!! この子は頭が少しアレでして、先ほどの件に私達の主人が関わっていると言う事は一切ありません! 商業ギルド様には常々大変にお世話になっていると申されております! 先ほどのこの子の発言は頭がアレなこの子の戯言であると思っていただきたく存じる次第でありますコンです!!」


 ヨウコの早口に呆気に取られたレベッカとファルナを他所にアレなメイプルはぷくぅっと頬を膨らませヨウコに抗議をしようとするが、ヨウコの「イマヨケイナコトヲイッタラユルサナイ」と呪言の籠った眼差しを受け猫耳をぺたりと下げて借りてきた猫の様に大人しくなっていた。


「――はっは。いや、すまない。……どうやら何か勘違いをさせてしまった様ですね。我々は貴女方を糾弾するつもりは一切ありません。今回私が来たのはミリスの代役をただの専属受付嬢に任せるには荷が重いと思っただけです」


 ヨウコはエリート職員である専属受付嬢では荷が重いとされる案件を取り仕切るミリスとは一体何者なのだろうと思うと同時に副ギルド長が出向くほどの要件をヤマトからは聞いていないと冷や汗を流していた。


 ヤマトがメイプルに伝えたのは米が食べたいからミリスさんに手配が出来るか問合せする事と普段飲み用のお茶を手配して欲しいと言う事だった。

 隣で聞いていたヨウコはヤマトが米を食べたいと言った事で米を用いた料理法を必死に考えていたのでハッキリと覚え居ていた。


 いくら薬師とはいえ副ギルド長に直接伝えるほどの要件では決してないとヨウコは心の中で叫んでいた。


 そして副ギルド長が直々に出向くほどの要件だと思わせるヤマトの存在に戦慄していた。


「(ただの子供ではないと思っていたけど、――薬師だって聞いては居たけど一体どうなっているの!? 貴族が相手でも人によっては対応しないって噂の副ギルド長が直々にご主人様の要件を聞きに来た? それもご主人様自身じゃなく亜人の使用人が来ただけで? ホールで商業ギルド批判をやらかしていた亜人を罰することもなく下手に出て会話してくれている? ……ありえない。…………ヤマト様、貴方は一体…………?)」


 ヨウコ達はザルクに声を掛けられるに当たって聞かされたのは竜人族を従えた人間族が家事の出来る人物を探している。と言った簡単なものだった。

 しかし竜人族を従えているとザルクが発言したことからその人間が只者ではないとヨウコは思っていた。

 そしてヤマトからの自己紹介で薬師をしていると聞き、良い人に雇われたと喜んでいた。薬師であれば職に困る事はなく使用人として長く仕える事も可能であるからだ。


 しかし、レベッカの対応は竜人を従えた薬師に対してだとしても過剰であるとヨウコは思っていた。まして対応を受けているのは平民の亜人である自分達なのだ。


「…………。本日参ったのは私共の主人であるヤマト様より商業ギルドへご依頼があり、その事前問合せの為です」

「なるほど。そしてその内容とは?」


「お米とお茶にゃ!」


「っ! メイプルさん!?」

「話が周りくどいにゃ。ご主人様はギルドにお米とお茶を集めて欲しいって言ってたにゃ。量はとりあえず九人家族が毎日食べた時の月に消費する量を毎月お願いしたいそうにゃ」


 メイプルの鬼をも恐れない度胸にヨウコは胃痛が酷くなるのを感じながらレベッカの様子を盗み見ていた。

 レベッカは口元に手を当て目を閉じていた。その様子に怒りを押さえ付けていると感じたヨウコは血の気が引くのを感じ頭がふら付いていた。


「…………。わかりました。至急手配を開始します。――ファルナ、ここは良いから今すぐ手配に入ってくれ」

「はい、最優先で事に当たらせて頂きます。それではヨウコ様、メイプル様、会談の最中ではありますが私はここで失礼させて頂きます。今後ともよろしくお願い致します」


 ヨウコの心労に気付かないレベッカとファルナは簡単な打ち合わせをして直ぐに行動に移っていた。


 レベッカはメイプルの言葉を聞いてヤマトからの依頼は、それが最高品質のポーション作成に欠かせない素材であるのだと推察した。


 米とお茶は貴族であれば食する事もあるが庶民には中々口にする機会がない。その理由としてまず値段である。九人分の量の米を買おうと思えば平民の数日分の稼ぎが消える。とても普段食べる食事に回す食材ではない。

 そしてヤマト達の食卓人数である。使用人を数人雇ったという話は既にレベッカの耳にも届いていた。しかしヤマトと一緒に食事をする者はツバキとシオンの二人だけであるとレベッカは知っている。使用人と共に食事をする者はいないと。その事から米の量が多過ぎることが推測され食事の為ではなくポーション作りに関係していると判断したのだ。


 最高品質のポーションを作る為に必要な材料であれば何を置いても早急に用意する必要がある。が、米とお茶の二つはこのレイゴリット地方では作られていなかった。

 至急近隣地方に手配をするにしても先ずは商業ギルド内の在庫を押さえ、街の市場や商店にある物も全て押さえ時間稼ぎをする必要があった。


「ヤマト様は他には何か言っておられましたか? 用意する期限などは?」

「え、あ、えっと、後日改めてご主人様が伺うとおっしゃってました」

「…………わかりました。明日までに先ずは用意出来るだけの材料を用意してお待ちしておりますとお伝えください」

「…………」


 ヨウコはレベッカの見せた難題に挑むかのような険しい表情を見て意味が分からなかった。


 ヤマトが食べる為の米やお茶を集める為にエリート受付嬢が即座に行動を起こし、副ギルド長が可能な限りの量を用意すると宣言しただけではなく、大した量を用意できず面目次第もないと表情を曇らせているのだ。


 ヨウコは「ありえない」と無意識に顔を横に振っていた。


「ッ、……今の発言は無かった事にしてください。本日中に先ずは当ギルドが保有している分をお屋敷へ届けさせて頂きます。それとは別に明日までに用意できるだけの量をギルド総出で確保致します。ヤマト様には納品が遅れる事をお許し下さいとお伝えください」


 レベッカはヨウコとメイプルに対して深々と頭を下げた。これにはヨウコだけではなくメイプルも驚き尻尾をピンと立てヨウコとレベッカを交互に見ていた。


「っ、あ、頭をお上げください! 十分です! 大丈夫です! 全然問題ありません!! 私がどうにかしますから!!」


 ヨウコはレベッカの謝罪を受けパニックになっていた。何はともあれ雲の上の存在に頭を下げられて生きた心地はしない。ヤマトの要望を満たせなかったとしても自分が謝罪をする方がマシであった。


 商業ギルドが保有している米の量を知らないヨウコであったが、それがどれだけ少量だったとしても上手く回してヤマトを満足させる。そう決意するのであった。


 そんな決意の表情を浮かべるヨウコを見たレベッカは目を見開いて深く観察していた。

 ただの亜人の使用人であると思っていたヨウコが最高品質のポーションを作り出すヤマトに対して自分がどうにかすると言ったのだ。


 レベッカはヨウコがヤマトの師匠、もしくは兄弟子に当たるのでは? と、観察するが薬師特有の匂いがなく立ち姿からもその気配を感じれなかった。

 次の線としてヤマトの想い人、愛人など恋愛対象としての立ち位置からヤマトに進言をするのではと思考する。

 ツバキとシオンに対してのヤマトの対応から亜人に並々ならぬ想いがあると推測していたレベッカはその線からヨウコの価値を数段階ほど上方修正する事にした。


「ありがとうございます。私も可能な限り努力をしますが力及ばない時はどうか手助けをお願い致します」

「ッは、はい! 任せてください!」


 レベッカに微笑まれて顔を赤くしたヨウコが何度も首を縦に振っていた。そしてそれを黙って見ていたメイプルの手にはいつの間にかヨウコの分の果実水が握られているのであった。

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