第11話 S1 商業ギルド
「あの客、何も買わずに帰ったし。…………良かったのかな、ミリスさんが販売許可するって言ったけどセルガ様に逆らっていたしなぁ。薬草の知識もないんだから私のせいじゃないよね?」
ヤマトがギルドの扉を出て行くのを見ながら受付嬢のシリカは悩んでいた。本来であれば商品が全部欲しいと言うのはNGだ。商業ギルドのお客には街の商人なども含まれている為、例えば他国からの商人がこのギルドの商人を全て買い付け持ち帰った場合は街の経済が崩壊してしまう恐れがある。
しかし薬師が薬草を全種類欲しいと言うのは問題なかった。高ランク者であれば薬草全てを購入することも可能であるのだ。
シリカが断った理由は薬草の種類も知らない子供が薬師なわけがないという私的な思考に寄るものだった。
そして貴族の子弟でありこの街の有力な薬師であるセルガに反抗した子供に薬草をその様な形で提供したと噂が立つとシリカにも被害が及ぶと考えたのだ。
「シリカ、あの子は何を買っていったかしら?」
「え、ミリスさん……」
「どうしたの? 何か凄い物を要求された? もしかしてCランク相当とかだった? 難しいかも知れないけど、それでも……」
「それが、実は…………」
「――――あなた、研修からやり直しなさい!! それが商業ギルドの受付嬢の対応ですか!!」
ミリスに問い詰められ全てをありのままに話したシリカにミリスは激怒していた。
話を聞いただけで自身の保身の為に行ったであろうやり取りが簡単に理解できたのだ。普通の客ならまだ軽い指導で済ませられた。セルガに目を付けられる恐れも理解できた。
しかし、今回は相手が悪かった。
「何を声を荒げている。ミリス、シリカこちらへ来い。少し頭を冷やせ」
カウンターの奥にある職員用の扉から若く、しかし威厳が籠った女性の声が二人に届く。二人は慌ててその声の主に視線を向け、周囲の視線から自分達の失態に気が付いた。
ミリスが普段は見せない厳しい表情でシリカを叱責していた為、他の受付嬢や周りの客までの視線を集めていた。事体が深刻だと感じた近くの受付嬢が副ギルド長である女性を呼び事態の収拾に乗り出したのだ。
□
「副ギルド長申し訳ありませんでした」
「申し訳ありませんでした!!」
副ギルド長の執務室である一室に入ったミリスとシリカは深々と頭を下げて謝罪をする。理由がどうあれギルド内で声を上げて叱責するは許されることではない。ミリスはその事を正しく理解して如何なる罰も甘んじて受ける心積りだった。
そしてシリカはいつも冷静で優秀な専属受付嬢であるミリスが冷静さを失うほどの失態を自分が犯してしまった事実にただ震えていた。
ミリスは専属受付嬢として何度も副ギルド長であるレベッカと会話や打ち合わせをしたことがあるのでこの執務室にも通いなれている。
しかしシリカはただの窓口受付嬢であり、ギルドを不在がちなギルド長に代わってギルドの運営を行っている副ギルド長は雲の上の存在に近かった。声を掛けられた経験も無ければ執務室に入った経験もない。
そんなシリカが失態を犯し、シリカの目標である専属受付嬢であるミリスが粛々と罰を甘んじる事態に陥っていることにただの受付嬢には途方もない絶望感を感じていた。現在のシリカの心境は断頭台を目の前にした囚人そのものだった。
「ミリスがあのような失態を犯すとは余程の事だろう。何があった?」
ミリスの様子を見て十分に冷静になったと判断したレベッカは早速本題に入る。小言や罰を言うつもりは初めからない。ミリスはその様なことを今さら言わずとも自身で理解していると分かっているからだ。
シリカに関しても指導や罰則を行うのは上司であるミリスの役目でありレベッカから何か指示を出すつもりは毛頭なかった。
「実は、これを」
「これはEランクポーションか――、な! 最高品質!? これをどこで!?」
ミリスが腰バックから取り出したのは一本のポーション瓶。ミリスがただのポーションを渡してくるはずがないと考えたレベッカはそれを受け取り机の引き出しに入れていた品質鑑定の魔導具を使って確認した。
結果は最高品質。最も高い品質であり、これまでに見つかった最高品質は数百年以上前の遺跡などで発掘された物だけだった。最高品質は劣化しない。これは古い遺跡から発掘されたポーションからも間違いないと断言されている。
現在活動しているポーション職人で最高品質を作れる者は存在しない。記録に残っているポーション職人で最高品質を作れた者は一人だけであり、賢者と称えられ薬師の神様とまで言われる存在だけだった。作れる者確かに存在する。しかしその製法は謎に包まれている。全ての薬師が日夜、最高品質を求め研鑽を続けている。
ミリスはヤマトからポーションを買取った後に余りの品質の良さを疑問に思い品質鑑定を試みていた。すると買取った三十本全てのポーションが最高品質だったのだ。
これは一大事だと思い窓口に戻ると既にヤマトはその場におらず、事を広めるわけにはいないので冷静にシリカから報告を受けようとしたのだが、その余りの対応に激怒してしまったのだ。
レベッカは受け取ったポーションをマジマジと観察する。彼女は職業柄これまでにも最高品質のポーションを目にした経験はあった。しかしそれはどれも遺跡から発掘されたポーションであり、今手元にあるシンプルなポーション瓶とは意匠も異なる。過去に出土したポーション瓶は全て技巧を駆使した瓶単体でも価値があるほどの一品だった。
彼女は今回のこれが未発見の遺跡から発掘されたポーションを偽造の為このポーション瓶に移した可能性を考慮するが、最高品質のポーションをわざわざ隠してまで安売りする必要はない。どの国の王侯貴族でも高くで買い取ってくれるという結論に至った。
幾つかの可能性を考慮しながら再度ポーションを観察し、その様子を黙って見ていたミリスに説明をさせようと改めてミリスを見る。
「先ほどギルド登録をしに来た少年が持って来たので私の方で買取った物です」
「よくやった!! その少年はDランク相当、いや、Cランク相当の扱いで持て成せ! 絶対に逃がすなよ。別のギルドに取られたりしたらギルド長がキレるぞ!」
レベッカはギルド登録がまだだった少年が持って来たと聞いて考えていた幾つかの考察から上客だと判断した。
その少年が盗品を持ち込んでいるなら犯罪者として門で止められている。盗品とは気付かずに持ち込む商人は多いがわざわざ子供に高価なポーションを持たせて買取りに行かせる犯罪者も少ない。
故にレベッカはヤマトの事を師匠であるポーション職人からポーションを売って来るように頼まれた弟子だと推測した。
最高品質のポーションを作れるポーション職人の弟子だ。これはその辺の高ランク者などより余程価値がある存在だ。ポーションを任せるほどの弟子であればその知識は師匠が認めた者であり子供とはいえポーション職人と同等に扱っても問題がない。
最高品質のポーションを作れると言う事は高ランクポーションを作れると言う事と同義であった。
ポーション職人の中には国や貴族に仕えるのが嫌で人里離れた地域で研究をしている変わり者もいる。その中には確かな技術を持つ者もおり、大貴族が三顧の礼を持って専属職人にしたという逸話もある。
しかし中にはその要求が嫌で他国へ逃げる者も存在する。高度な技術を持つ職人を他国に逃がしたりなどすればそれがどれほどの損失となるか。高ランクポーション職人の扱いは非常にデリケートな案件となっていた。
そしてレベッカの上司であるギルド長はポーション職人でもあり、日々最高品質のポーション、高ランクポーションを目指し活動している。ギルドに不在がちなのも新鮮な薬草の方が最高品質に近づけるとの考えから森に籠りがちなせいだ。
そんな職務怠慢なギルド長がギルド長を続けれる理由はその技術の高さにあった。この国で三本の指に入ると目されるほどの腕前でこの街ではなくこの国に召し抱えられている存在であった。
そんなギルド長が自分の管理するギルドに最高品質のカギを握る少年がやって来たと知ったならば絶対に手放さない。例え領主を敵に回してもその身柄を確保するだろう。自身が持つ全てを差し出し、それでも足りなければ国から搾取してでも手に入れる。そんな姿が目に浮かぶようだとレベッカは思った。
「…………それが、問題が発生しております。先ほどの件に繋がるのですが」
ミリスは先ほどの件に至るまでの経緯をヤマトがギルドに入って来た時から詳しく説明した。ミリスが立ち会っていなかったセルガと一番窓口嬢の部分は他の受付嬢や警備員まで呼び出されかなり詳しい話がレベッカに伝わることになった。ミリスも自身が知らなかったセルガとヤマトのやり取りを聞き頭を押さえて呻いていた。
話を聞いている最中にレベッカは何度怒鳴りかけたか分からない。その余りの迫力に警備員でさえ言葉を震わせながら報告をしていた。
「…………。つまり、なんだ。――このギルドには馬鹿しかいないのか?」
「「ひぃ」」
現在、副ギルド長の執務室にいるのはレベッカ、ミリス、シリカ、ヤマトを押さえた警備員、二番窓口の受付嬢の五人だ。一番窓口を担当していた受付嬢はセルガの買取が終わった事で仕事が終了したと既に帰宅していた。
事情を聴く為に呼び出そうとしてその事を聞いたレベッカの怒りも凄まじかったが、すべてを聞き当事者が集まった現在は更に酷いことになっていた。
二番窓口の受付嬢は一番窓口の隣なので全てを見ていたと言う事で集められただけのとばっちりだった。
「ミリス。貴族の横暴を許せと私はお前たちに言ったか?」
「いいえ。我々の勝手な判断でした」
レベッカはギルド全体の運営には携わっているが一業務である窓口にまで出向いて業務をすることはない。窓口の運営は専属受付嬢の幾人かが管理しており、ミリスもその一人であった。
「では、受付の教育はどうなっている? 本日だけで二名の失態を聞いたが? その内一人は身内とは思いたくもないがな」
二番窓口の受付嬢とシリカは俯いて震えていた。二人ともレベッカの怒りの矛先が一番窓口の受付嬢だとは分かっているが、事は既にそういう事態を越えてしまっているとこの現状が嫌でも分からせていた。
レベッカはヤマトが持ち込んだ最高品質ポーションのことをミリスとシリカに口外することを禁じた。その上でヤマトがどのような扱いを受けたのか受付嬢や警備員の各員を呼び詳しく聞いた。
レベッカの怒気を感じヤマトがただの少年ではなかったことを全ての職員が理解することになった。
ミリスとヤマトを押さえ付けた警備員はヤマトがポンっと出したポーションをみており初めから只者ではないとは感じていた。しかしその他の職員は事情聴取にしてもセルガに反抗した少年についての事情を聞かれると思っていたら貴族のクズの事などどうでも良い、と明らかに少年に配慮していた。その時点で殆どの者が自分達の失態を知った。
しかし、その少年の事をまるで知らなかった時点では貴族を相手に立ち向かうなど無理な話であったのだが。
「教育はマニュアル通りに。ただ、最近はマニュアル通りに対応出来ない職員が多くなっていたことは理解していました。専属受付嬢の中で話し合いをしており、近い内に再教育をする段取りでした」
「遅すぎたな。商人は拙速を尊ぶ。今回の一件は明らかに受付に立たせたらダメなモノを立たせた事で起きた事体だろ? 他の受付嬢への指導も必要かもしれないが、まず何を置いてもその汚物を排除することを優先させるべきではなかったのか?」
「返す言葉もありません。貴族の後ろ盾を得てしまった彼女への対応が遅くなり過ぎました。我々で判断せず、副ギルド長にご報告するべきでした」
「ああ。そんな汚物が紛れ混んでいたと知っていればすぐにでも掃除したものを…………」
レベッカの言葉に嘘はない。彼女は間違いなく後腐れないように処理していたはずだ。しかしそれを知っていたからこそミリスを含む専属受付嬢達は全員をまとめて再教育することで規律を正そうとしていた。
ミリスや専属受付嬢達からすれば全ての受付嬢達が自分達の弟子であり後輩であった。簡単に投げ捨てることはできなかったのだ。
「事態の確認はできた。ミリスの見立てではその少年はまたギルドに来ると思っているわけだな?」
「はい。ポーションを売るにはギルドを通す必要があると理解されておりました。またどうやら他国から来たようでこの国の事を詳しくは把握しておられないようでした。この街を出るにしてもあと数回は買取に伺われると思います」
ミリスの意見を聞き師匠と弟子が最低でも二人以上で旅をするなら銀貨三十枚は少ないとレベッカも頷く。それと同時に最高品質のポーションを銀貨三十枚で買取ったことに深く申し訳なく思っていた。
遺跡から発掘されたポーションの中身だけだったとしてもオークションに出品すれば一本で金貨三枚は下らないだろう。研究に使いたい薬師は数知れず、劣化しないポーションを傍に置いておきたい王侯貴族も数多い。
それ故にレベッカには不安があった。少年が師匠の元に銀貨三十枚を持って帰った時の師匠の反応だ。人類の最高傑作とも言える神秘の秘薬が僅か銀貨三十枚。普通の者なら二度とこのギルドに足を踏み入れないし、ギルド長なら発狂してこの街を荒野にするまで暴れそうだと思っていた。
「ギルドに来たならCランク相当で持て成せ。代金の過不足金を金貨十枚で補填しろ。再度ポーションを出して来たらもう間違いない。私が直接相手をする。ミリスはこれから街に出向いて本人を探せ。査定に誤りがあったと伝えてギルドに呼べ。他の者は通常通り営業しろ。正し先ほどの通達を職員全員で共有しろ。聞いていませんでした、何て言わせるなよ?」
「「は、はい!」」
レベッカとミリスを残して他の者は執務室を退出する。後に残ったミリスにレベッカは金貨三十枚を持たせる。
「もし先ほどのポーションで全てだったのなら補填額は金貨十枚だ。しかし今後も提供が可能だとお前が判断したなら補填額は金貨三十枚だ。ただし今後の買取金額は私との話し合いで決定する。奇跡のポーションが幾らでも生産可能なら流石に値崩れするからな。ただ高ランクポーションなら幾らでも値上げに応じるつもりだ」
ヤマトが持ち込んだポーションは二種類。FランクポーションとEランクポーション。これは低ランクポーションに属するものだ。最も市場に出回っているもので、買取価格はFランクで大銅貨一枚、Eランクで銀貨二枚。
これが劣化しない希少な最高品質のポーションと言う事で値段が爆発的に上がっているが、数が多くなれば所詮は低ランクポーション。通常よりかなり高い金額にはなるが毎回この金額で取引がされることはありえない。
今後も提供されるようであれば迷惑料も込めて金貨三十枚。今回限りの拾い物であれば勉強料を加味した金貨十枚。これがレベッカの出した査定結果だった。
「了解しました。見つけ次第謝罪と補填を済ませ、ギルドへ案内します」
「任せたぞ。ただし無理強いはするな。この街から出て行かれたら目も当てられん」
「はい。では言って参ります」
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