第114話 ハーティア10


「ヤマト様、挽回の機会を頂き感謝します。――殺してはいないっすよ?」


 黒幕の男を騎士達の方に転がしたナルムさんが丁寧に頭を下げたかと思うとニヤリと笑い、陽気な雰囲気に戻った。

 俺達は全員無事だったから文句を言うつもりはない。フィーネでも避けられたのに騎士達が防げないのが悪い。


 しかしツバキだけでも過剰戦力なのにナルムさんとアルクスさんも控えていた状況で人質の価値がない人を人質に取っても意味ないだろ。……貴族令嬢ではあったけど。


「気にしないでください。お二人のおかげで色々と助かりましたし。――シオン、ポーションまだあるよね?」


 ヒロネ嬢は救出の際に糸で斬れたのか頬から血が流れており、それを見た騎士達が俺達を睨んでいた。……恨むくらいなら自分達で助けろよ。ポーション渡すんだから問題もないだろ。


「はい。あ、シルフィ、バッグをください」


 シオンがフィーネに預けていたポーション鞄を受け取り、中からEランクポーションを取り出した。初日にまとめて渡したものの、翌日からはAランクポーションやBランクポーションを飲ませていたから使う機会がなかったポーションだ。こんな機会じゃないと使わないからね。


「ヤマト様、ツバキ様、お助けいただき感謝致します」


 シオンからポーションを受け取りヒロネ嬢に近づくと、よほど深いのか赤く染まったハンカチで傷口を抑えたヒロネ嬢が穏やかな笑みを浮かべ俺の前に膝を付いて感謝を述べた。良くも顔に傷を付けたな、などと言われることもない。むしろ騎士達がそう思っていそうだけど。


「ヒロネ様、これを使ってください」


 万が一傷が残るようであればCランクポーションを使おう。こんなことで恨まれたくはない。そう思い渡そうとしたEランクポーションだったがヒロネ嬢は首を横に振り受け取ってくれなかった。…………傷モノになったから責任取れとか言わないだろうな。


「ヤマト様からこれ以上いただくことはできません。そして先日のご無礼、ヤマト様、ツバキ様、シオン様、並びに使用人の方々に深く謝罪申し上げます。すべてこの身が至らぬ故のこと。すべての罪はわたくしにあります。この身を捧げ罪を償いたく存じます」


 俺の警戒をよそに神妙な表情を浮かべたヒロネ嬢がそう言って赤いチョーカーと羊皮紙を差し出してきた。それを見た騎士達が慌てて止めに入っている。しかしヒロネ嬢は一切引き下がらず、俺に代わってフィーネが受け取った。……なにそれ。


「……奴隷契約書。……ヒロネ嬢のサイン入り」


 ……昨日の謝罪に奴隷? 馬鹿なの? というか俺に関しては昨夜の会合で水に流したはずだが。 


「いらない。ムカついただけでそんなもの持って来られても迷惑でしかない。昨日領主とメルビンさんと話はした。謝罪も受け取った。それで終わりだ」


 思わず素の言葉になった俺の発言にヒロネ嬢は俯き、騎士達はほっと息を吐いた。騎士達が聞いていなかったくらいだし領主とメルビンさんも知らないことじゃないのか?


「……領主のサインもある。……あとはヤマヤマがサイン書いたら使える」


 フィーネの呟きに騎士達がギョっとしている。俺も驚いているけど。まさか領主はこういった重要書類もサインして置いているのか? これにはすでにヒロネ嬢の名前が書いてある。もし俺以外でも誰かが名前を書いたら奴隷契約が成立するんじゃないのか? 


「これ破いたらどうなる?」

「……まだ契約前だから問題ない。……重要書類だから怒られるかも知れないけど」


 それくらいならいいや。こんなものを用意している領主が悪い。フィーネから羊皮紙を受け取り、固唾を飲んでいる騎士達を尻目に羊皮紙の側面を握って力を入れる――力を入れる、が破けない。特別な契約には魔獣の皮が使われるため強度があるらしい。

 ツバキがそっと俺の手に自分の手を合わせて一緒に破ってくれる。それを見て騎士達は安堵しヒロネ嬢は絶望していた。

 奴隷を回避して絶望するっておかしいよね? 刑罰の意味合いがあるって言ってたし、罪を償う機会が失われた? ……俺の奴隷になる必要はないよね? 罪を償いたいなら勝手になってください。俺を巻き込まないで。


「これは領主様に返します。すでに効力は失われていると思いますけど、心配ならついて来てもいいし、あとから領主様に問い合わせても構いません」

「ヤマト様、現在領主様は王都に向かっておられるので不在です。領主様のご長男のザリック様が領主代行をされておられます」

「なるほど。では領主家の関係者に渡すことにします。……ヒロネ様以外の」


 メルビンさんに渡せばいいかな。長男とは会ったことないし。ただ領主一家であることを隠しているんだよね。…………あれ? そういえばさっきメルビンさんヒロネ嬢にも普通に兄として接していたような? 一介の兵士がヒロネ嬢を呼び捨てにしたらおかしいよね? 設定変えたのか?


「…………ヤマト様、お願いがございます。わたくしをどうかメイド――ただの下働きでも構いません。お屋敷に置いてくださいませ。一通りの家事は出来ます。誠心誠意お仕えします。どうか贖罪の機会をお与えください――お願いします」


 ……。何がなんでも俺の秘密を暴きたいのか? 奴隷契約を持ち出してまで。……領主の指示か?


「――理由を聞いても?」

「わたくしが生きる道は他にありません。ヤマト様にお仕えし、この身を捧げることこそが私の生きる意味だと気づきました」

「……えっと。ん? 言っている意味が分かっていないのは俺だけかな?」


 フィーネとシオンに視線を向けると二人とも困った表情をしていた。だよね? 何言っているのか分かんないよね?

 

「ヤマト様がわたくしを罰して下さらないのであれば、この身を持って償いたいのです。わたくしが信用できないのであれば終身奴隷契約でも構いません。どうかこの身をお傍に置いてはくださいませんか」


 ……視線が真っ直ぐに俺を見つめている。何が狙いなのかわからないけど、奴隷になってでも俺に仕えたい? いや、気持ち悪いのだが。なんでそんなことになったんだよ。

 昨日の件でイラっとはしたけど、奴隷にして罪を償わせたいとか、人生をぶち壊してやりたいとまでは思っていない。

 孤児院やスラムの子供達には謝罪や賠償をさせたいとは思っているけど、それは領主も検討している。――ヒロネ嬢自身にも謝罪と賠償をさせるのは賛成だけど。

 ちなみに終身奴隷契約とは有益な凶悪犯に使われる奴隷契約の一種で、一生を奴隷として過ごし、命令の強制権まであるらしい。……ヒロネ嬢の全ての罪状は分からないけど、流石にそれは重すぎでしょ。


「ツバキはどう? 一番怒っているのはツバキでしょ? 一発で許すって言ってたけど」

「私は先ほどの一石で許すことにしましたわ。――ポーションを使っても構いませんわよ」

「これはわたくしの罰です。ポーションを使うことは許されません」


 ……ヒロネ嬢の頬を切ったのはツバキの石弾だったみたい。ツバキがそんな失敗をするとは思えなかったけど、フィーネによるとヒロネ嬢の顔にも糸が搦めてあったからそれを切るためだったらしい。……ツバキがそれで許すっていうなら何も言わないけど、結局はヒロネ嬢を助けるためじゃん。


「シオンとフィーネはどう? 他の皆のことも考えた上でお願い」

「昨日の件であれば、お姉さまが許すのでしたら私は何も。あとはザルクさんとダリオさんに謝罪をすればいいと思います」

「……シオンに同意。……私達だけでいえば、だけど」


 ザルクさんとダリオさんが罵られたりしていたからね。俺達に関しては別にそれほどのことはない。一番の問題は孤児達だろう。……謝罪をするつもりはあるみたいだけど、それは俺達に対してだけだよな。手元に置いて働いて返させるか。俺達が監視していれば悪さもできないだろうし。


「では、正式なお話は領主様を交えてするとして――僕が今思っていることを伝えます。まず、孤児院やスラムの子供達に謝罪。そして僕の元で使用人をするに当たって得る給金を全て孤児院へ寄付すること。貴族令嬢ですからお金には困っていないでしょう? 期限は領主と孤児院長を交えて話し合いをしたいと思います。ただし僕が使用人として相応しくないと思った場合はいつでも追い出します。この条件であれば使用人として雇いましょう」


 どうせ他にも使用人はいるんだ。二階でのポーション作業を見られない限り問題はないだろ。一番の課題はヒロネ嬢が他の使用人達を見下さないことだな。見下した時点で俺の使用人としては不適切だ。即刻追い出す。もちろん、その際は期間内にヒロネ嬢が渡すはずだった寄付金を領主に賠償金として孤児院に払ってもらおう。

 あれだけ必死に使用人になりたがっている理由があるなら、早々に問題を起こしたりはしないと思うけど。……とりあえずミーシアの部下にして様子をみるか。


「寛大なご配慮、感謝の言葉もありません。そのように領主に伝え、必ずやお仕えさせていただきます。もちろんお仕えするまでに各地で謝罪を済ませておきます」


 俺が出した条件に一切の否定もイヤな顔もしなかった。むしろ贖罪の機会を得たことで本当に感謝しているようだ。……まさか別人ではないのか?

 ツバキ達も眉をひそめているんだが。

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