第73話 S12 領主カイザーク

「旦那様。メルビン様がお越しになられました」


 領主邸の執務室で一人ソファーに深く腰掛け頭を悩ませていたカイザークの元へ執事長のバイスがやって来てそう報告する。


「…………あぁ、通してくれ」


 顔を上げる事もなく力無く話すカイザークへ頭を下げたバイスが部屋を出て行く。それから僅かの間をおいてメルビンが執務室に入室する。


「失礼します。父上。幾つか報告する事があったので早めに来ました。…………。どうかされましたか?」


 メルビンが入室しても顔を上げないカイザークを不審に思いながらも反対側のソファーへ向かう。そしてメルビンがソファーに座ったタイミングで顔を上げたカイザークには普段の威厳がなく、疲れ切った顔をしていた。


「…………ヒロネがヤマト殿と揉めたようだ。ツバキの殺気を受けヒロネは失神、ゼクートはヒロネを連れて逃げ帰って来たようだ」

「――――、揉めた内容は? 使用人の件ですか?」


 カイザークの弱った姿にそれだけではないと思考を巡らせるメルビンであったが


「使用人として雇う事を拒否されてな。二度目のチャンスに賭けて絶対に雇われよとヒロネに言ったのだが、それも失敗。それどころかヤマト殿の逆鱗に触れたそうだ。「従順な飼い犬でも鎖を引っ張り過ぎると手を噛まれるか逃げ出す事がありますよ」とゼクートが伝言を持ち帰った。こんな事になるのであれば全てをヒロネに伝えるべきであった」


 特一級戦力を有するヤマトが反撃も辞さないと予告、もしくはベアトリーチェを越える存在であるポーション職人が他国へ亡命する可能性を示唆していた。


 万が一ツバキが攻め込んで来た場合に現在の領主邸の私兵団では防ぐ事は到底不可能。領主軍を徴集しようにもその時間を稼ぐ事すら出来ない。


 カイザークはツバキが反逆した場合は犯罪者となり報復を受ける事を理解していると知っていた。その為自分達に歯向かう事はないと考えていた。

 例え優秀な者に与えたとしても危険を冒してまで仕えるはずがない、従える事が出来るわけがない、と思っていた。しかし、現在のツバキは領主の娘だと知って尚、反撃に打って出る覚悟があった。完全に予想外であり、ありえない事であった。


 そして稀代のポーション職人を他国へ亡命させたとなれば王国からどんな罰が下るか考えただけで気が遠くなる思いであった。

 国賊の汚名を受け、お家取り潰し。王国はヤマトへの謝罪に一族郎党の処刑を課す可能性さえ考えられた。


「ヤマトく、殿は竜人二人を気に入ってます。早々他国へ亡命することはないと思います。それに私が集めた情報ですと本日付けで六人の亜人を雇ったそうです。亡命を考えての行動ではないでしょう」


「抜け道ぐらい幾らでもある。竜人達の奴隷解放、ギルドを通して契約の肩代り、別の竜人を用意する事だって可能だ。ヤマト殿の価値を知った他国が自分から鎖に繋がる者を優遇しないわけがない。儂が首脳陣だったとしたらどのような、例え戦争に発展したとしてもヤマト殿を迎える。迎えない国など存在するはずがないだろう!?」


 亜人を下に見るこの国の貴族に亜人が足かせになるという発想は元よりない。ヤマトがツバキ達を気に入っていると言ってもそれは竜人族を気に入っていると解釈する。

 そして使用人として雇った亜人を捨てて亡命する事になんの戸惑いがあるのだと、メルビンを睨むカイザークであった。


「…………。ヤマト殿は元々この国の人間ではありません。彼の価値観と考え方を我々と同じに考えるのは早計でしょう。とはいえ楽観視もできません。本日伺う際に謝罪と事実説明をしましょう。彼は聡明です。我々がヤマト殿の事を思い詳細を伏せていた事を伝えれば理解して頂けるでしょう。もちろん謝罪は必要ですが」

「…………我々が用意出来る謝罪の品か。ヒロネがダメならなんだ? 金になびくとは思えん。女、亜人が好きだと言うなら亜人の娘を集めるか? それとも地位、爵位であれば王に直訴する事も可能だが目立つのが嫌いな者が果たして欲しがるのか? ……我々が後ろ盾になる事を宣言する事は商業ギルドとの約束で出来ん。ヤマト殿が自分から求めてくれるなら別だが…………」


 カイザークが言う金、女、地位。これらにヤマトが食いつくとは思えずメルビンは考える。二人とも心の中で一番は竜人族の女性を送るのが最適なのでは、と思いはするがこれ以上過剰戦力を集めさせるわけにはいかなかった。


「…………。父上、獣魔の卵がありませんでしたか? 恐らくですがヤマト殿はそういった物が好きなのではと思います」


 獣魔は生まれた時から世話をすることで人に懐く魔力を持つ獣である。走竜は獣魔に該当する。

 対して魔獣は決して人に懐かない人間を襲う害獣である。


「確か一つあったな。しかし何の獣魔か分からんから保管していた物だぞ?」

「手に負えないものだった場合は我々を頼ってくれるはずです。竜人がいる以上、危険が及ぶ可能性も皆無でしょう」


 念の為と言う事で走竜の子供も用意する段取りを付けながら話を詰めて行くカイザークとメルビンであった。


 □


「そう言えばメルビン、何やら報告する事があったのではないのか?」


 話し合いがひと段落ついた頃にカイザークはメルビンが来た理由を聞く。メルビンが部屋に入った時と比べて幾分か顔色も良くなっていた。


「はい。先ずは、セルガ殿と同じく謹慎を受けていた受付嬢のリンダが逃走し、ヤマト殿の元に向かっているとの情報があり、それを商業ギルドの職員と追う事態になりました。結果から言うと取り逃がし、行方が分からない状況です。そして取り逃がす際にスラムのハーティアと交戦しました。恐らく何かしら繋がりがあったようです」


「なに? ヤマト殿に、いや、問題はないか」

「はい。ヤマト殿に危害が及ぶほどの事ではないと思います。屋敷に行った際に軽く伝えようと思います。またリンダですが、ハーティアと繋がりがあるとして指名手配をしております。ですがスラムの奥、または既に街の外に出られた可能性もあります。こちらは引き続き捜索を続けます」


 メルビンは警備隊の部隊を使いリンダの捜索と巡回を指示しているが姿形があれほど変わるリンダを探し出せるとは思っていなかった。

 それでもハーティアに対しても多少の効果を見越してスラムの中の巡回などを強化していた。


「ふむ。ハーティアまで出てきたか。……ヤマト殿に被害が及ぶのであればスラムの一掃も検討せねばならんな」


 スラムの規模は街の一割以上を占めている。悪人の隠れ蓑になっているとしても亜人や難民の受け入れ先になっていることからそのまま放置してあった。

 スラムにはスラムの社会があり街に被害起こる事は稀であった。その為下手に突っつき被害を出すのは得策ではないと数代前の領主の時から目を瞑って来たことだった。


「スラムの一掃となると警備隊の増員が必要です。傭兵を使うにしても秘密裏に招集する必要もあります」

「そこは少し考えがある。ヤマト殿と面談が済んだ後にお前がヤマト殿から頂いたCランクポーションを手土産に王都に向かう予定だ。その際にネイロクラ伯爵とハイロリラ子爵に私兵団を訓練の名目で貸して頂く。交渉のカードは既にあるからな。後は当家の私兵団と警備隊も合わせてスラムの包囲を敢行する。場合によっては一度亜人を街から出す必要もあるかも知れんがスラムの掃討は出来るだろう」


 一度街の外に出せば再度入る為には検問を受ける必要がある。犯罪を犯している者はそこで弾かれる為悪人が街から消える事は確かであった。しかし、街から出た罪人が盗賊に身を堕とす事は確実であり周辺の治安悪化は避けられない。

 スラムの一掃を終えた後は盗賊討伐まで行う必要があり、更に多額の費用が掛かる事は避けられない。


 そしてスラムに住む亜人の数は推定千人を越えている事を知っているメルビンは検問に掛かる時間とスラムを追い出された彼らがどこで生活をするのかに頭を悩ませながら草案を頭の中で描いていた。


「…………かなり大掛かりになりそうですね。近日中に警備隊としての草案を提出させて頂きます。貴族がハーティアと繋がっている可能性もあります。情報が洩れない様に慎重に行動するべきですね」

「うむ。そのため当家傘下の貴族にはギリギリまで伏せておく。あ奴らも包囲が終わった後にスラムに付くはずがないからな」


「了解しました。この事は私の中で留意しておきます。……あとは報告として、商業ギルド側がヤマト殿の身辺警護の為に警護員を複数屋敷の周囲に配置しているようです」

「なに? ならば当家も人員を出そう」


「いえ、お待ちを。既に相当数の人員が商業ギルドから出されています。これは既にツバキに捕捉されているでしょう。ヤマト殿が報告を受けているかは分かりませんが屋敷の周囲を取り囲まれていて良い気分になる者はいません。我々は護衛にツバキを紹介しています。これ以上は過剰でありヤマト殿の不興を買いかねません。スラムの犯罪者が関与している事だけ伝えれば十分かと」


「なるほど。最もだ。……商業ギルドは下手をすれば不興を買いかねんか。……事は既に商業ギルドだけの問題ではない。レベッカ殿に人員を減らすように勧告する」


 商業ギルドの不祥事だとしてもヤマトがこの街に居たくないと思われてしまっては意味がない。カイザークは商業ギルドに対抗するのではなく連携を強化することを決める。これ以上の失態はこの街の領主として見過ごす事は出来ないと。


「メルビン。お前は貴族側の代表だ。この街で最も親密な関係を持っているはずだ。これからはヤマト殿との関係を密にしろ。場合によっては貴族であることを公表しても構わない。第一はヤマト殿との信頼構築だ。商業ギルドとの連携も積極的に取って行く。これはもはや我々だけの問題ではない。国に仕える貴族としての責務だ。やれるな?」


「はっ! お任せを!」

「よし。…………。ふぅ、さて、後はヒロネをどうする、か。ヤマト殿の真意を探る必要があるな。場合によっては本当にリガルンド子爵の元へ送る必要もあるか…………」


「父上、あまり思い詰めない様に。先ずはヤマト殿と話してからで良いと思います。ヒロネの事は私からも許しを乞います」

「…………すまんな。愚かな娘だとしても可愛い我が子だ。幸せになって貰いたい」

「お気になさらずに。私に取っても可愛い妹ですので」


 手の掛かる子ほど可愛いものだと二人は苦笑しながら話を進める。

 それから約束の時間まで久方ぶりの親子の会話が執務室で語られるのであった。

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